三話 家にアルバイトが来た
父さんが開け放ったままの戸をくぐり玄関に入ると、一面に並んだフレームが目に飛び込んでくる。
「写真がいっぱい飾ってありますね!」
昔からこうだからあまり気にした事がなかったが、確かに珍しいかもしれない。
というか写真は普通に受け入れられるということは、単にこの写真の量にびっくりしたということになる。
そんな膨大な量の写真たちに精霊も興味津々とあっちへこっちへ飛び回っては写真を眺めている。
「母が写真が趣味なもんで。素人の趣味ですからすごい機材とかはないですけど。」
「いえいえ、とても綺麗だと思います!」
玄関の壁には母の撮った写真が所狭しと飾られている。
小さい頃の写真なんかはほとんど記憶がないが、家族で旅行に行った写真や島の景色なんかは撮った瞬間のことまで思い出せる。
「あー、これとかは家の裏にある山で撮ったやつですね。」
ちょうど精霊の見ていた写真が目に止まった。
その写真は子供の頃、十何年も前に裏山で撮ったもので、おあつらえ向きに開けた空間で父さんや妹と一緒に秘密基地を作って遊んでいた。
「楽しそうですね。」
写真の中の三人は満面の笑みでこちらを向いている。
秘密基地を背景に、ピースをしている写真だ。
確か泊まったこともあるからその時の写真も探せばあるだろう。
「今度行ってみます?」
秘密基地に飽きてからは父さんが物置として使っていたから、まだそこまでの道も残ってるはずだ。
まだ父さんが使っていればだが。
「行ってみたいです!」
目を輝かせてフィルネリアさんが頷く。
まじまじと写真を見ていたので興味があるんだろうとは思っていたが、予想以上に食いつきがいい。
「行っても物置がある程度ですけど...」
「いえ、素晴らしい場所だと思います!」
あんまり興味を持たれるとそれはそれで困る。
本当に何もないのだ。
あそこに作った秘密基地は昔は寝泊まりもしたのでいらなくなった家具を置いていたが、今は流石に使えないだろう。
「じゃあ、明日の業務後ということで。」
「はい!」
そんなことはつゆ知らず意気揚々と返事する。
散歩のついでぐらいに思ってくれるといいんだけど。
「なんしよるんか?」
がらがらと居間の扉が開けられると父さんが顔を覗かせる。
二人して玄関でたむろしていたので気になったらしい。
写真を見ていたことに気づくと破顔して口を開いた。
「あーそれか。今はなんもおいちょらんど。」
「秘密基地はどうしたん?」
懐かしむように写真を眺めながらとんでもないことを言い放つ。
思い出の場所がいつの間にかただの空き地になっていたとは。
それだけ時間が経ったのだと思うとなんとも言えない寂しさがある。
「あらまだ残っとるけんど、もーボロボロぞ。」
「まあ、そりゃそうか。」
あの頃ですら雨が入り込んできてビニールシートで防いでいたぐらいだったからなあ。
防腐なんて微塵も考えられてないからボロボロでも残っているだけ奇跡だろう。
「見たいんか?」
「いや、フィルネリアさんが行ってみたいって。」
彼女の方を見ると、ボロボロだという話をしてもなおワクワクした表情を崩さない。
なんにもないんだけどと思いつつも、自分の思い出で喜ばれるとこちらも嬉しい。
それは父さんも同じだったようで、気分を良くして勢いよく背中を叩いてくる。
「ちょ痛いって。」
「ええ?」
「わかったわかった行くから。」
まだ写真を見たがっている雰囲気のフィルネリアさんを連れて居間に入る。
そんなに見たがらなくてもこれから嫌と言うほど写真を見ることになるはずだから、喜んでいられるのは今のうちだけだと、どういう立場かよくわからないことを考えていた。
ちらりと誰もいないテレビの前の机を見て、右に視線を移すと台所で立っている母さんが見えた。
「ただいま。」
「おー、おかえり。」
洗い物でもしていたのか手をタオルで拭き、ばたばたとスリッパの音を鳴らしながら近づいてくる。
目の前までやってきて、ちょうど陰になっていたフィルネリアさんの存在に気づいた。
「あら!もしかして夏樹の言ってた手伝いの子?」
「そうそう。」
頭のてっぺんからつま先までを一瞥して、驚いた表情で言う。
「こげん綺麗か子がうちに来るとはねえ!こりゃ大事に扱わんといかん。」
「あの、頑張りますので...よろしくお願いします!」
殊勝にそう挨拶するフィルネリアさんの姿は両親にしてみれば余計に田舎心をくすぐられたようで、挨拶もそこそこにさっさと机に案内してしまう。
そんなことはないだろうとは思っていたが、ひとまず悪いように扱われることはなさそうでよかった。
もっと寒く慣ればこたつにしてしまう机にフィルネリアさんと二人で座ると、次から次へと料理が運ばれてくる。
「あ、手伝いま...」
「よかよか、座っとき。」
まさかただ待つだけではいられず立とうとしても、今日ぐらいはと座らされるだけである。
困った顔でこちらを見てくる彼女だが、そんな目で見られても既にせめて飲み物ぐらいと立っても邪魔やきと戻されるので、もうその言葉に甘えることにしている。
フィルネリアさんはどこになにがあるかも分からないわけで、ホストが全員動いている中を一人で待つのは気まずいんじゃないかという考えが頭をよぎったのもある。
「おー、美味しそう。」
「今日のために用意したき、全部食べてしまえ。」
そう言って鯛やらきんぴらやらが小皿の置く場所のないほどに並べられる。
四人分とはいえどう考えても食べ切れるはずがない。
相当精を出して作ったらしく、食卓の様子を見て満足げに頷いている。
確かにこんなに作ろうと思ったらそれこそ俺たちが船に乗るはるか前から作り始めていないと無理だろう。
「すごいですね。」
「全部この島で取れたもんよ。大根も葱もレタスも、みんな知り合いがやっちゅう畑からもらったもん。」
この小さな島で娯楽はそう多くない。
特にスマホやパソコンを流暢に扱えるわけでない世代においては、外に出ること自体が娯楽になる。
その点家庭菜園は、仕事としてやっていたその延長線上にあるためにこの島のほとんどの世帯がやっている。
うちだと仕事としてやってる果樹園しかないが、規格外なんかで物々交換をしているはずだ。
「さ、冷めんうちに食べり。」
一人最後に椅子に座った母さんがそう言う。
少し前に腰を悪くしてから地面に座らずこうしているらしいが、普通の食卓を買うよと言っても今更慣れた机を変えるのは嫌だと断られている。
「いただきます。」
ぱちんと手を合わせ、目の前の塩焼きから手をつける。
一人暮らしで料理、それも魚料理はほとんどやらないのでかなり久々に食べるがやっぱり美味しい。
「んー!美味しいです!」
「そらよかった。」
同じように食べ始めたフィルネリアさんも満面の笑みで喜んでくれている。
これまでどんな食生活で過ごしてきたのか聞きそびれていたが、口にあったようなら何よりだ。
「どれが一番美味しいがや。」
茶碗を持ったままに身を乗り出して父さんが聞く。
別に本当に知りたい質問というわけではなく、気に入ったものがあったら今度も出そうとかそれぐらいのつもりだろうが、フィルネリアさんは食べる手を止めて真剣に考えこむ。
それを見てキッと母さんに睨まれているが、どこ吹く風に自分はお酒を飲んでいる。
「うーん...」
「どれも美味しい?」
「あ、はい、そうで、決めかねてました。」
見かねて助け舟を出すと案の定悩んでいた。
「なんでもいいんですよ。これが一番食べたいなってやつとか。」
そう言うと、手に持っていたお茶碗をじっと眺める。
かつては妹が使っていた茶碗なだけに他のものに比べると少し小さい。
先に島を出たので知らなかったが、いなくなった後は俺のを使っていたらしい。
これでお替わりしたら太る!とメールが来ていたのを思い出す。
「だったら、この赤飯が一番好きです。」
おかずが選ばれるかなとおもっていたところで赤飯が来て三人して驚くが、すぐさまにこっと笑って返事をする。
「そうかそうか。したら明日も作っとくか。」
「明日の分は残っとるき。いくらでも食べてええ。」
「はい!食べます!」
ぱくぱくと食べる姿を見ると確かにもっと食べさせてあげたくなる気持ちは分かる。
とはいえそんな様子を眺めていると横からもっと食えとせっつかれるが。
それをやりすごしているのを見て、更に彼女が笑う。
初日の最初のご飯だが、もうメンバーの一員としてフィルネリアさんは馴染んでいた。
家族とエルフとのファーストコンタクトはうまくいったようだ。




