二十六話 夢のようだった計画が来た
「はあ?」
思わず怪訝な顔をしてしまったのも仕方のないことだろう。
しまなみ海道と言えば"誰もが知る"本州四国連絡橋の一つであり、サイクリストの聖地としても名高い。
長い長い道のりを海の上で潮風に吹かれながら進めるとなればその評判にも頷ける。
しかし実際のところ交通量が多いとは言えど、ゴールデンウィークや帰省のシーズンでもなければ渋滞を見ることはほとんどない。
にもかかわらず莫大な建築費をかけてもう一本造る理由はないように思える。
葵は二人の視線をものともせず、堂々とした佇まいのままに尋ねた。
「しまなみ海道はどこを通ってるか分かるかい?」
「そりゃ、尾道から今治だろ。」
瀬戸内海の住人としては考えるよりも先に答えが出てくる。
他地方の人間からしたら似たような橋が三本もかかっているとか、特にテストで出てくる小学生にとっては恐怖でしかないと思うが。
それを四本に増やそうと言うのだからこいつは全国の小学生に狙われてもおかしくない。
何を今更と答えると、憤慨したようにいきり立った。
「夏樹クン、尾道だぞ?広島でも岡山でもない、尾道なんだよ!」
両手を振り上げて嘆くように言い張っている。
地名しか出てこなかったが、言いたいことはなんとなく理解できた。
確かに地図で見ると、尾道は広島と岡山のちょうど中間あたりにある。
つまり用事でもなければわざわざ通ろうとしない場所でもあるわけで、利用者数を増やすにはいささか不便な立地である。
「これがもししまなみ海道が先にできていたならまだ良かったさ。岡山と広島のちょうど中間に置くことで、どちらからもアクセスを良くしたんだろうと思えた。」
ところが実際には、三つのルートのうち一番初めに完成したのは岡山と香川を結ぶ瀬戸大橋の児島・坂出ルートだ。
神戸・鳴門ルートと、しまなみ海道の尾道・今治ルートはそれぞれ十年後、十一年後に完成している。
つまり岡山には既に瀬戸大橋という素晴らしい連絡橋があったにもかかわらず、広島との中間の尾道を通ることが選択されたわけだ。
「瀬戸大橋を見てごらんよ、瀬戸の名を冠して岡山から香川に直通だ。明石海峡大橋と大鳴門橋だって、神戸の真隣の明石から繋がってる。」
まあ、神戸・鳴門ルートで淡路島を通じて関西と繋がっているために東半分だけ連絡橋が多い上、西側には関西と対になる目玉が乏しいので盛り上がりが若干東寄りに偏っている気はする。
四国の中ではうどん県として知名度の高い香川が東寄りというのもなんだかその影響を感じなくもない。
「西に位置する中では広島と愛媛を繋ぐのが観光客を増やすには一番いいんだよ!...いや、大分と愛媛を繋げられたらもっといいんだけど流石にそれは難しいからね。」
大分と愛媛を結べば九州からのアクセスが良くなり四国、特に愛媛と高知では観光客の増加が見込めるようになる。
しかしこの案は度々話題には上がるものの、あまりにも深い海底や潮流と利用者数の見込みの問題などさまざまな障壁があり実現はかなり厳しい。
「広島と結べたら外国人観光客も呼べそうな感じはするよな。」
「そうだろう!?」
広島といえばインバウンドの各種ランキングでは比較的高い順位についている。
そこと四国が直につながれば、橋自体を観にくる人も含めてそこそこ利用者が見込めそうだ。
「しかしそれと汐乃島に何の関係が...?」
意気投合する夏樹と葵だがフィルネリアの質問で一気に引き戻される。
そういえば汐乃島に活気を取り戻すという話だった。
本州と四国の間で人の往来が盛んになり観光客が増えれば汐乃島に足を運ぶ人も現れるかもしれないが、それでは流石に迂遠すぎる。
再び頭にハテナを浮かべた二人の視線にさも当然というように言い放つ。
「そりゃあ、その橋に汐乃島を経由させるからだよ。」
「おいおいちょっと待て。それじゃ結局しまなみ海道みたくあちこち島を横断させる気か?」
いくら広島から直接橋に乗れると言っても蛇行させればそれだけ通行に時間がかかるし、何より建設費がとてもペイできないほどに膨らむ。
はっきり言って現実的な案とは言えず、それは当然許可されないだろうとしか思えなかった。
「うーん、実際には国道三十一号線を使って呉市に向かうことになるかな。」
葵の答えに顔を歪ませる。
まさか広島から直接四国に橋をかけられると思ってはいなかったが、海岸を走るならしまなみ街道へ向かうのと変わらない。
「...それで広島から直接四国に行けますってのは詐欺に近くないか?」
広島市は海には面しているものの少し窪んだ場所にあり、四国と直線上で結んだ時にはその南東の呉市が間に入る。
広島市から決して遠くはないが、直接、という表現には無理がある。
「そうかもね。」
「かもねって...」
無責任にも聞こえたその言葉はこの計画が頓挫したことに対する諦めがあったのかもしれない。
「それでもしまなみ海道に向かうのと比べれば所要時間は半分に抑えられるはずなんだ。それに、しまなみ海道と違って松山市に繋げれば四国側でも移動時間が減らせるはず。」
偶然というべきか必然というべきか、瀬戸内海に浮かぶ島々は決して完全に離れ離れなわけではない。
その島の成り立ちからして大抵は近くに別の島がある。
そこをうまく繋げれば、確かに現在のルートよりも遥かに短く早く、車での移動を実現できるようになるかもしれない。
「そこに汐乃島もいっちょ噛みできれば、と思ってたんだけどね。」
肩でため息を吐いた葵はやれやれと首を振る。
「...で、負けたと。」
「そうなんだよねえ。流石にボク一人で実現させるのは無理があるよコレ。」
ぼやくように言っているが当たり前の話である。
「国会議員が人生賭けてやるレベルの事業だもんな。」
ただでさえ十分だと思われる橋が既に建っているのだ。
財政に大きな負荷を与えてまで本州と四国をつなぐ全長七十キロを越えようかという巨大な連絡橋は常識的に考えれば必要ない。
「だけどただ手をこまねいているよりは遥かにマシなんだよ。たとえ橋を通るうちの一パーセントに満たなくとも、汐乃島に来てくれれば盛り上がる契機になり得る。」
しまなみ海道を通る年間五百万台以上の車両のうち半分、そこから更に一パーセントでも二万五千台。
ゆうに汐乃島の住民の数を超えている。
それだけの観光客が訪れてくれればきっかけ作りには十分すぎるくらいだ。
「汐乃島を通ることについては分かった。だけど汐乃島に来る動機はどう作るつもりだったんだ?」
結局のところ、この計画は実現されなかった。
実現されていれば今頃ここにもたくさんの人が...いや、あと何十年かは工事してるから関係ないか。
あくまでも机上の空論として、葵の話を掘り下げる。
「そこはまあ、オレンジの収穫体験やら釣りやら筍取りやらを添えて...と思ってたんだけど。」
「ちょっと弱いな。」
仮に厳島と汐乃島のどちらにいくか選択できるのなら百人が百人全員厳島に行くことを選ぶだろう。
面白い体験とはいえ、それを目当てにわざわざ観光しに来るには厳しいものがある。
「それでも橋さえかかってしまえば多少は来たと思うけどね。」
「...まあ、流石に無茶だったな。」
汐乃島はこれからも緩やかに衰退していく運命を辿るしかない。
しんみりとした空気が流れる中を、突然顔を上げた葵が笑顔でフィルネリアさんの方を向いた。
「ボクの話はこれくらいにして、それよりそこの、夏樹クンの連れてきた彼女の紹介がまだだけど?」




