二十二話 ウルトラ銭湯に来た
「おいおいおいおい、なんじゃありゃ。」
例えるならそう、まさにウルトラ銭湯という言葉がピッタリと似合うほどに進化を遂げている。
「あの、古いはずでは?」
「そのはずだったんですが知らないものになってました。」
前の田舎の使われていない集会所のような佇まいはどこへやら、今はどこに行っても恥ずかしくないキラキラと輝いた容姿をしている。
キラキラというのは比喩ではなく、これまでに通ってきた道路の暗さが信じられないほどに電飾を使った正面が眩しいほどに明るいのだ。
「ちょっと父さん、これどうなってんの?」
「知らん。」
事情を知っていそうな父さんに投げた質問は一言で一蹴される。
思わず聞き返そうとしたところで、続けて口を開く。
「知っちょったら話せるがなんでこうなったがかは知らん。こうなったのはもう十年ぐらい前のことやき今更覚えてもないけ。」
それは父さんもなぜこうなったかは知らないということと、建物が新しくなったのは約十年前であること。
それから誰も知ろうとしなかったのであればもう他の島民も忘れていそうなところである。
「...とりあえず中に入りませんか?」
「確かにそれもそうですね。」
ずっとこうして外で突っ立っていても寒いだけだ。
そもそも銭湯に入りにきたのだから、それが新しくなっていることは歓迎こそしても否定する理由はない。
怪しすぎるという問題はあれど十年問題になっていないことが今更問題になるとは思えない。
そうなると、案外真っ当な手段で立て直したのかもしれない。
銭湯の経営も建物自体も。
「...寒くなってきたので早く行きましょう。」
しかし、よくよく観察すると努力の後がそこかしらに見える。
例えば電飾は建物の正面にはあったが電光掲示板やカラフルな電飾もなく、ただライトが足元を照らしているのが相対的に明るすぎるように見えただけだ。
他にも、普通であれば作るであろう看板がない。この島にほかに競合する企業もないし、島民なら絶対に知っているので看板を作るメリットがないのだ。
「暖かいですね。」
「中はちゃんと暖房効いてますね。...というか人多くないか?」
中に入るとワックスのかけられた木の床が光を反射して清潔な印象を受けた。
スーパー銭湯よろしく左手には休憩所があり、マッサージ機や椅子、ガラガラの子供用スペースまで作られている。
そして何より、休憩スペースにいる島民のなんと多いことか。
もう爺さん婆さんは寝ていてもおかしくないこの時間だというのに全島民の三割はここにいるに違いない。
ご丁寧に発券機の横には大きな文字のマニュアルが貼り出され、年間パスポートの宣伝まで行われている。
そうやって入り口で観察していると後ろで自動ドアが開く。
新しい客が来たらしい。
「おー!水野さん!なんじゃきたんか!」
「家の給湯器が壊れてしもうたがや。」
「水野さん家のオレンジ今年も美味しかったにゃ。」
「あら、今日は持ってきちょらんきまた今度。」
知り合いだったのか両親は連れ立って老人たちの集まりに顔を出しに行く。
スーパー銭湯のくせに集会所の役割も果たしている。
「...とりあえず二人分買おうか。」
券売機で大人二人を選択すると、選択したものから金額、どこにお金を挿入するかまで全て事細かに音声でガイドされる。
「便利ですね?」
フィルネリアさんは気楽にそう言うが、明らかに昔の銭湯とは違いすぎる。
古い建物を建て直さなかったのはお金がなかったからなのだ。
ことあるごとに番頭の爺さんは「金さえあれば」とぼやいていた。
それが今ではこうして無駄にスペースを広く使ったスーパー銭湯を作っている。
決して採算が取れないこの事業にどこの誰が金を投じたのか。
「いらっしゃいませ、チケットの確認を...って夏樹クンじゃないか。」
聞き覚えのある声に思わず顔を凝視する。
「いやだな、そんなに見ないでおくれよ。」
「いや、お前...こんなところで何してんだ?」
それは島を出て公務員になったと聞いていた幼馴染だった。
あの頃と全く変わらない姿は拓斗と比べると安心感しかないが、なぜここにいるのかは疑問である。
「何ってここの支配人だよ。」
「はあ?」
支配人のくせに受付として立つなよとか、あの銭湯がどうしてこんなことになったんだよとか、色々と聞きたいことはある。
しかし一番にはこれを聞かざるを得ない。
きちんと目を合わせて逃げれないようにして尋ねた。
「公務員はどうしたんだよ。」
「そんなに冷たい声ださないでくれよ。まあ、色々あったってことさ。」
なんとなく島の外に出て会社勤めをしている俺とは違って、目的があって公務員として働いていたはずだ。
それが出戻りしてスーパー銭湯の支配人ってちょっとルートがわからなすぎる。
同じことをやろうとしても実現できる気がしない。
「ところでそっちこそ、そこの彼女は誰なのかな?」
目線を逸らして斜め後ろに立つ彼女について聞いてくる。
「...フィルネリア・レグナシエルと申します。貴方のお名前は?」
「ボクは雨宮葵だよ。そこの夏樹クンとは幼馴染だね。」
逃げるように聞かれた質問ではあったが、彼女の紹介自体はしなければならない。
「フィルネリアさんはうちの果樹園で従業員として働いてくれてるからよろしくな。」
「まあボクに何かできることがあるとも思えないけど、一応覚えておくよ。」
全体に顔が効き物流にも関わる拓斗と違って、葵の仕事はここに来る人を待つことである。
フィルネリアさんと関わることもそうないだろうが、何かあった時に頼れる人間は多い方がいい。
「ところでさあ、そこにいるおチビちゃんは誰かな?」
底冷えするような低い声で尋ねてきたが、精霊についてはあまり人に知られたくない。
ただの人にしか見えないフィルネリアさんと違い精霊は見ただけで明らかにおかしいことが分かる。
近くに他の人間はいないが、聞こえることのないよう耳を引っ張って小さな声で伝える。
「ちょ、痛い痛いって。」
「信じられんと思うが精霊ってやつだ。言いふらすなよ?」
言い終わるが否やぱっと耳を離して周囲を確認すると今の動きに反応している人間はいない。
強いて言うならフィルネリアさんが無言で見ているだけだ。
恐らくこの胡散臭い奴に話すことに不安を感じているのだろうが、こんな奴でも数少ない幼馴染であり信用できる奴でもある。
少なくとも今まで拙いことをしでかしたことはない。
ただ胡散臭いだけなんだ、信じることは難しいかもしれないが信じてやって欲しい。
「...ふーん。なるほどね。何やら隠し事があるみたいだね?」
「お前こそ此処に来た理由隠しておいてよく言えたな。」
早速俺の願いを無駄にするような勿体ぶった言い方をしてくるが、隠し事については葵にだけは言われたくない。
自分は色々あったと誤魔化しておいて人にはマウントを取ろうとしてくるのは流石に狡い。
「まあボクも忙しいからね、一度銭湯に入ってもらってる間に仕事は片付けておくから上がったら声をかけておくれ。ボクの部屋でゆっくりと話し合おうじゃないか。」
「...分かった。そうしよう。」
誰にも聞かれない空間を向こうが用意してくれるなら精霊について共有できる。
話し合う、という口ぶりからして向こうの事情も話す気があるなら聞いておきたい。
「フィルネリアさんも大丈夫ですか?」
「...はい。」
葵と会ったからフィルネリアさんの反応が薄い。
まあかなり怪しい話し方ではあるが信用できない奴ではないんだが。
「...彼女と仲がいいんですか?」
「彼女?」
彼女と呼ばれるような人間には心当たりが...あっ。
「君ねえ、ボクは男だよ?」




