十八話 友達が来た
「おー、あれですあれ。」
前方に見える明かりの漏れた平家が目的地の柏原商店だ。
まだ太陽は低く、軒並み電気の消えた通りで唯一光っているもんだからすごく目立っている。
あれだけ電気が点いていればまさか閉まっているということはあるまい。
「なんというか、小さいですね?」
「でしょう?」
元が普通の民家を改装したものということもあり駐車場も小さい上、何故かそもそも周りの家よりも一回り小さい。
どう考えてもこの近所の人間はここに買い物に来る以外選択肢が無いのだからもう少し大きい建物にしても良かったと思うが、今更立て替えたところでそれだけの資金は賄えない。
これから先人間が減っていけば、当然売り上げも右肩下がりになるだろう。
そんな苦しい中でも必死にやっているのだからただ島を出て働いていただけの身分としては尊敬する。
「...誰も停まってないし。」
砂利の駐車場には他には一台も止まっていない。
時間が故かそれとも誰も来ないのか。
両方なんだろうなあと在りし日の姿を懐かしみつつも車を降りて灯油を買う準備だけ済ませてしまう。
店へと向かう途中で露出している古い壁は、相変わらず殴ったら壊れるんじゃ無いかと心配になる程のボロさだが心配すぎて試せていない。
多分昔からずっと皆んな思っているが、もし壊れたらと思って誰もやっていないのだ。
知らぬは店主だけである。
いや、今の店主はノリノリで「石ぶつけてみよーぜ!」と言っていた元悪ガキなのでビクビクしながら暮らしているに違いない。
透明の引き戸を開けて重いプラスチックの暖簾をくぐれば中は暖房の効いた古めかしい匂いの店内だ。
「やってるかー?」
暖房もついているし商品も並んでいるのだからやっていないということはないだろうが、一応儀礼として聞いておいた。
「おう、やってんぞ!...って夏樹!」
奥の部屋から出てきた大柄な男は知っている男ではなかった。
「誰だよ!」
「いや俺だよ!拓斗!」
「俺の知ってる拓斗はそんな、そんなロン毛のマッキーみたいな奴じゃねーよ!」
この数年の間に知らない人になっていた。
伸ばした金髪はマンバンになり、髭も整えてはいるがかなり伸びている。
本当に知らない。
少なくとも街中ですれ違って気づけるかどうかはかなり怪しいところだ。
「どんな例えだよ。...それで言うとお前は全然変わって無いな。」
「仕事してんだからそんな奇抜なことできないんだよ。」
場合によっちゃ先方と直接会って話すこともあるのに変に尖った髪型にすると余計な印象を与えてしまう。
別に髪型ぐらい好きにしていいだろうとも思うが、かといってこだわりがあるわけでも無いので変わらないまま時が過ぎていた。
「...ところで、いや、聞きたく無いんだけどな?一応聞いておいた方がいいのかと思ってな?」
そう話す拓斗の目線はフィルネリアさんをがっちりと捉えていた。
今の拓斗の見た目だとかなりの恐怖体験になるのでやめてほしい。
しれっと視線に入って切ったが、ただ絶望的な表情をしているのはなんなんだ。
途切れ途切れの話し方といいなぜか聞くのを躊躇っている。
意を決して口を開くと、返事を怖がるかのように表情が身構えた。
「そちらの方はお前の彼女か何か?」
「は?...ああ、そういうことか。」
いきなりトンチンカンな質問をされて驚いたがすぐに納得がいった。
この島の問題点として、若者が数えられるほどしかいない、つまり出会いがないことが挙げられる。
現に拓斗の指には指輪がないし、この反応から見て彼女もいないんだろう。
そこに久々に島に帰って顔を出した俺が綺麗な女性を連れているから先を越されたと絶望したと。
「違うわ。この人はうちの実家でバイトしてくれることになったから紹介しようと思ってたんだよ。」
そういう意味では、今回の買い出しにフィルネリアさんが着いてきてくれたおかげで別で紹介する手間が省けて良かった。
「ええ!?紹介してくれんの?」
「冬の瀬戸内海は寒いと思うけど大丈夫か?」
するわけがない。
もしちょっかいかけてきたら裏山か海かぐらいは選ばせてやる。
「こんな奴なんで自己紹介しなくてもいいですよ?」
「いえ、礼儀ですから。」
まあ別に本気で余計なことをしてくるとも思っていないが、変に縁を作っても面倒だと思うのは少々都会に毒され過ぎていたか。
冷静に考えたら彼女の言う通り挨拶はしておいた方がいい。
特に彼女は両親の代わりにここに買い物に来ることもあるかもしれないし、そうなるとある程度関係がある方が融通も聞きやすいだろう。
この島で余計なことをしたら俺がしなくとも田舎ネットワークで爪弾きにされて一瞬で村八分なのでできるわけがない。
ただでさえ貴重な若者が馬鹿によっていなくなったとか、許されざる行いである。
「だから気をつけてな?」
「いやしないって。俺のことなんだと思ってんだよ。」
十分に牽制はしたのでこれで大丈夫なはずだ。
しかし何か忘れているなと思っていたら、棒立ちで待っているフィルネリアさんが視界に入った。
「って自己紹介の途中でしたよね。」
せっかくフィルネリアさんが礼儀を重んじていると言うのに、拓斗が変なことを言っていたのでつい口を挟んでしまった。
「はい。改めまして、フィルネリア・レグナシエルと申します。水野さんの御実家で働かせていただいています。よろしくお願いします。」
「これはどうも。柏原拓斗と申します。夏樹とは同級生だから昔の話が聞きたかったらなんでも聞いてな。」
どこまでも丁寧なフィルネリアさんの挨拶と違って拓斗の挨拶は軽いというか、余計なことまで言っている。
軽く睨みはするがどう考えても体格で負けているので無意味だ。
「変なこと言うなよ。」
「こっちは別に止められるようなことでもないからなあ。」
からかえるチャンスが来たとでも思っているのか顎を摩りながらニヤニヤしている。
しかし生憎今日はそんな時間はない。
「じゃあ早速注文なんだけど、灯油五缶、タンクは持ってきてるからよろしくな。」
流石に五缶ともなるとまあまあの重労働だ。
露骨に嫌そうな顔をしてとぼとぼと外に出ていく。
「よろしくなって...手伝えよ。」
「やだよ。その間店のもん見てなんか買うから。」
しっしと手で追っ払って店内を見て回ると雑貨屋という言葉が見事に似合うほど雑多なものが置かれている。
文房具からトンカチまで、この狭い店内に大型ホームセンター並みの品揃えだ。
「この辺が食料品かな。」
「みたいですね。」
流石に分類はされているようで棚ごとにある程度商品は決まっている。
食料品の棚からさらにお菓子の方へと進むと懐かしいものが色々置かれていた。
「うわー!これ昔好きだった!」
笛になるラムネやチョコなど、ちょっとしたお菓子だけでどれだけ過ごせるかが毎日を楽しむ鍵だったのだ。
拓斗は大抵初日に全部食べ切って後々泣いていたが、そういう子もそれはそれで勉強になったんだろう。
「これはなんですか?」
彼女が手に取ったのは粉末と水でお菓子を作る知育菓子で、値段の割にすぐに食べ終わってしまうのであまり買うことはなかったが味はとても好きだった。
パッケージも面白そうだし、子供心を取り戻すために買ってもいいな。
「あー、それはなんか自分でお菓子を作る感じ?買って帰ってみようか。」
あの独特の味は他のお菓子ではなかなか味わえない。
思い出したらどんな味だったか確かめたくなってくる。
「いえ、悪いですよ。」
「いやいや俺も久しぶりに食べてみたいしさ。」
断る彼女と買おうとする俺とで押したり引いたり駆け引きをしていると、ドアが開けられ一気に冷たい空気が入ってきた。
「終わったぞ。」
「おー、お疲れ。」
鼻先を真っ赤にして帰ってきた拓斗を労う。
「どうだ、何買うか決まったか?」
「まだ昔を懐かしんでる途中。」
お菓子コーナーにいる俺たちを見てうっすらと昔のことを思い出しているのか視線が中空に行っている。
その後、お菓子コーナー、日用品、文房具と動いたところではたと一点で視線が止まる。
「ところで俺の見間違えじゃなきゃなんだけど、」
それはかなり大きな声で、自分自身に言い聞かせるように感じられた。
言葉と同時に指差した先にはアイスを売っている業務用冷蔵庫があった。
いや、それだけではない。
冷蔵庫ともう一ついる。
「そこのアイスのケースにへばりついてるちっこいのはなんだ?」




