十六話 フィルネリアさんが来た
「トネリコトネリコ...」
自室でパソコンと向かい合っている俺は、今日植えたあの苗木について調べようとしていた。
フィルネリアさんが言うにはトネリコという品種らしいが聞いたことはない。
まあ今はネットでなんでも調べられる時代で、手入れも気をつけることも素人でも知ることができる。
名前さえわかれば、いや名前すら分からなくとも写真で検索できるような時代に生まれたことに感謝だな。
キーボードで打ち込んでいるとコンコンとドアがノックされる。
「水野さん、居ますか?」
「はい。」
ドアを開けるとフィルネリアさんと精霊が立っていた。
「今お時間いいですか?」
「大丈夫ですよ。」
丁度いい、彼女たちも交えて調べた方が二度手間にもならずに済む。
部屋の中に招き入れると彼女はベッドの上に腰掛ける。
「どうしたんですか?」
自分のチェアに座ると、開いたままのパソコンの画面に気づいた精霊が飛んでくる。
食いついた精霊が興味深そうに見ているので適当に動画を流してあげた。
「いえ、もしかしたら余計なお世話だったかなと思いまして。」
「余計なお世話...ああ!いえいえ、むしろお気遣いいただきありがとうございました!」
半ば強引に感謝の言葉を言わせたことを気に病んでいるようだが、こちらからすればいい機会だった。
こんなことでもないと言えなかった可能性が高いし気にするようなことではない。
そう伝えるとホッとしたように肩を下ろした。
「それなら良かったです。」
ところで、と切り返して朗らかに笑う。
「うまくいったみたいですね。」
「聞いてたんですか!?」
あの時彼女は先に部屋を出ていたし、その後に廊下に出た時も彼女の姿はなかったはずだ。
聞ける場所はどこにもなかったと思うが。
怪しむ目線を向けて胸を張って言い返す。
「いえいえ、立ち聞きなんてしていませんよ。」
「じゃあどうやって。」
そう聞き返すと、彼女は自分の耳にそっと手を当てる。
「私は耳がいいですから。」
ピコピコと耳が動いて主張する。
そういえばエルフって耳がいいんだっけ?
いや、そんな話があるのかは知らないけど、現に彼女が聞こえたと言うのであれば少なくとも彼女はそれだけ耳がいいのだ。
しかしそうなると、あの会話も部屋での独り言も全部聴かれていたってこと?
そうであれば恥ずかしいどころの騒ぎでは無い。
だがそれは同時に聞きたく無い音まで聞こえてくると言うことで、耳が痛くなったりしそうなものだが。
「今までも全部聞こえてたんですか?」
「いえ、普段は聴力を制限するための道具を...あ。」
「フィルネリアさん?」
うっかりと口を滑らした彼女はてへっと笑って誤魔化そうとする。
「いや誤魔化されませんから。」
「誤魔化されませんでしたか。」
真面目な性格だと思っていただけにお茶目な部分が見えたのは意外だった。
ましてやそれを慌てて誤魔化そうとするとは。
驚いた反面、少しは仲が深まったと見てもいいのだろうか。
項垂れた彼女は白状するように語り出す。
「きちんと自分の気持ちを伝えられたのかなって思いまして...」
彼女が言うには焚き付けた手前もしうまくいかなかったら申し訳ないと思い、いつでも助けに行けるように話を聞いていたらしい。
「じゃあ単に聞きたかったから聞いてたとかではないんですね?」
「はい、それは決して。」
しっかりと目を合わせる堂々とした佇まいからは嘘をついている様子は感じられない。
まあなんと言うか、どこまでも真面目すぎる性格が故にやってしまったという感じはするな。
「まあ、今回はフィルネリアさんのお陰でもありましたからいいですけど。」
雰囲気が変わったのを察してか少しだけ顔をあげる。
既にキラキラとした目になっているがまだ何も言ってないよ。
「次はないですからね!」
「はい!」
ぱあっと明るい笑顔になって元気に返事を返す。
甘い気もするがこれ以上彼女のしょんぼりとした顔を見ていられなかったのだ。
「というか、そんなに隠し事下手なんだったらすぐにバレてたと思いますけど。」
あんなに簡単にポロッとこぼしてしまったぐらいなのだから、いつかはバレていたと思う。
「うっ。で、でも水野さんが誘導尋問かけてきたから...」
「いやいやいや、え俺のせいですか!?」
単純にどうしているのか気になったから聞いただけだというのに。
全く、と睨んでいると突然破顔して笑い始める。
「あはははは!水野さんが睨む顔全然怖くないですよ!」
「ええ?」
お腹を抱えて笑っている彼女に釣られて笑いが込み上げてくる。
しばらくそうやってお互いの足を引っ張って笑い合っていた。
「...ふう...水野さんのせいで酷い目に遭いました。」
「いやフィルネリアさんのせいでしたよ?」
またもや何故かなすりつけれたが流石に今のは彼女の責任だった。
なんだろう、今日だけでフィルネリアさんのことたくさん知れた気がする。
まだまだ知らないことはたくさんあるけれど少しずつ知っていけばいいのだから、今日だけでとても前に進めたと思う。
あと知らないことといえば精霊のこととか魔法のこととか...あ。
「そういえばあの木なんですけど。」
くるりと椅子を回してモニターに向かうとべっとりと画面に張り付く精霊しか見えなかった。
「ちょっとどいてくれる?」
「精霊様、トネリコの木についての話を知りたいみたいですよ。」
彼女の援護もあって偉そうに離れると精霊が見ていた動画が画面いっぱいに広がる。
それは高く高く伸びたトネリコの木に関するニュースで、森の中に生えるそれは周りの木を遥かに凌駕する高さだ。
「でか。」
「確かに、ここまで育つのは珍しいかもしれませんね。」
屋久杉のように伐採されずに守られているらしいが、それでもまさかこんなに伸びるとは。
というか珍しいって、これより伸びることもあるのか。
「これ以上高くなることもあるんですか?」
「私が見たことあるものは一本だけですけど、他にもいくつかとても大きい樹があるみたいですよ?」
そこまで成長するのにいったいどれだけの時間がかかるのだろう。
人間一人が生きる長さでは到底足りないような時間を過ごしていると思うと途端に不気味なものにも見えてくる。
...まあ、だからといって人間に何かできるわけでもない。
さしあたっては植えてしまった苗木がどうなるかだ。
「あの木はそこまで大きくならないですよね...?」
「さあ...」
あくまでも彼女は見たことがあるというだけで木を育てることに関しては精霊の方が適性がある。
それは知識や技術という枠には収まらない差であり、彼女自身隣に精霊がいるからかあまり理解はしていないらしい。
「なあ、あの苗木ってこの木みたいに大きくなるのか?」
話を聞いているのかいないのか、一緒になって顔を突き合わせる精霊に画面に映る樹を指差しながら聞くと元気よく首を縦に振る。
縦に振った。
それはつまり同意したということだ。
「ど、どれぐらいで成長する?」
慌てて続けた質問には首を捻って考え込む。
「まさかあの苗木があんなに大きくなるなんて。植物って不思議ですね!」
「そ、そうですね。」
それは確かに不思議だと思うがどこかズレている。
画面に映るこの木は森の中に生えているが、森の木も当然低いわけではない。
その中で頭何個分なんて小さな物差しでは測れないほど差があるのだからそこまで成長してしまえば裏山に入らなくたって見えるはずだ。
いや、今の時代3Dで地図を見ることだってできる。
こんな島まで見る人がそういるとも思えないがもし気づかれれば誰かが観にくるかもしれない。
「せめて何百年とか言う単位なら誤差みたいなもんなんだけど。」
期待を込めて続けた言葉にも反応せず、結局答えは分からずじまいにニコッと笑いかけてくる。
「あの、フィルネリアさん?」
「まあまあ、多分大丈夫ですよ。」
ニコニコと毒気の抜かれる笑顔で言われると考えるのが無駄な気がしてくるから不思議だ。
どのみち精霊が関わっている時点で普通に育つかは分からないのだから、せめていい結果になることを祈っておこう。
...精霊のこの自由な性格は絶対にフィルネリアさんが影響しているんだろうなあ。




