十五話 後片付けが来た
「あ、水野さん。ありがとうございます。」
手作りカレーを食べ終えた後、下げた皿を洗っていたところにフィルネリアさんもお皿を持ってきてくれる。
洗い物はお皿にコップにまな板に...数えるのも嫌になる程ある。
作る量が四倍なら、洗う量も四倍になるのは当然の帰結だ。
とはいえ必ず生まれる洗い物までこなしてこそ料理である。
「いえいえ、料理は片付けまでですから。」
「ふふ、そうですよね。」
そう言うと炊飯ジャーを開けて内釜を取り出す。
「これもお願いしますね。」
「はい...」
見えないところにあるので完全に忘れていた。
流石というか、こういう細かなところまで気づくのは一日の長というやつか。
いや、俺が気づかなすぎるだけか?
精霊と一緒になって中を覗くとかぴかぴになったご飯がくっついている。
ともかくこれも水に沈めてこびりついた米を剥がれやすくしておかねば。
「じゃあ私は拭いていきますね。」
「ありがとうございます。」
タオルを持って濡れたまま水切りに置いていた食器を拭いていってくれる。
うちには食器乾燥機はないので自分でやらないといけないのだが、洗い終わったと思ったらまだロスタイムがあるとか気分が沈む。
丁度面倒だなあと思っていただけにとてもありがたい。
ふわふわ浮いている精霊は応援係だ。
しかしこうなると食器乾燥機も買ってあげた方がいいかもしれない。
暮らしてみて...というか生活に参加してみて思うが案外昔のままになっているものが多い。
炊飯器にしても今ならもっといいやつが売っているはずだ。
とはいえ乾燥機は場所をとるから相談は必要だけど。
「明日の昼もカレーかな。」
「そうかもしれませんね。」
四人分とは言ったが本当にそれだけを作ったわけではない。
カレーなんて一晩おいた方が美味しいと言われるぐらいなんだから、多めに作って次の日も食べるのが醍醐味である。
そうなると明日の朝か昼か、どこかしらでカレーが出てくることになるだろう。
「カレーって色々アレンジもできますよね。ドリアとかカレーパンとか。」
「カレーだけでも美味しいのにアレンジしても美味しいなんてずるいですよね!」
カレードリア、カレーパン、カレーうどんにカレーコロッケと思いつく限りでも四つもあった。
「まあけど、カレー作ってさらにそれも作る気にはなれないですよねえ。」
「ですね。」
一度作ったらストックの分は料理をしないでいいところもメリットの一つだ。
それをアレンジなんてしてしまったらカレーを作るのとほとんど変わらないどころか下手したらそれ以上の労力がかかってしまう。
「お店の人には感謝しかないですよ。」
毎日毎日カレーを作ってはアレンジして売ってくれているお店の人には本当に頭が上がらない。
そのおかげで好きな時に食べれるのだから。
近頃はスーパーやコンビニで買って帰るばかりだったが、新人の頃に行っていたうどん屋の店主はまだ元気にしているんだろうか。
うどん屋なのにカレーが美味しくてカレーうどんが人気とかいう、それでいいのかと思う店だったが個人経営でかなり安く提供してもらっていた。
思えばあの店主もうどんを仕込みカレーを仕込み、毎日大変だろうにそれでも客に笑顔で提供していたんだから尊敬できる人物だ。
「それで言うと、料理をしてくれる人にもですけど。」
いくら火を起こすのが簡単とか、包丁がいいものだとか、圧力鍋や電子レンジで時短とか、昔と比べればそりゃあ文明の利器で楽になっている部分はあるだろうがそれは楽であることとイコールではない。
日本一周をするのに自転車は貸してあげますよ、ぐらいの感じだ。
実際にはそこまで極端ではないにしろやってみれば料理は楽だなんて口が裂けても言えない。
めんどくさい時もあっただろうに家族のために料理をしてくれていた母さんにも感謝でいっぱいだ。
「そう思ってくれるだけで嬉しいですよ。」
相変わらずこちらのことを全て見透かしているかのような眼差しで見つめられる。
なぜかその目で見られると言葉が出ない。
そこには思春期のこととか、全然帰ってこれてないこととか、思い過ごしかもしれないけれど、そういうことまで全て許してくれるような優しさがあった。
「もちろん言ってくれた方がもっと嬉しいですけどね?」
「努力します。」
そして締めるとこは締める。
実際、思うだけよりも行動に移した方が何倍も伝わる。
親に旅行をプレゼントとは言わなくとも言葉ぐらいは今すぐにでも伝えられるのだから。
「今はまず、日頃の感謝を込めて洗い物ですけど。」
「早く終わらせてしまいましょう!」
今日のカレーにしたって感謝の気持ちの一つだが、やっぱり感謝の気持ちを込めて食洗機を買おうかな。
洗い物めんどくさくなってきた。
一つ水切りに置くと、置いた側からフィルネリアさんに持っていかれる。
もう一つ置くと、今度は少し遅れて持って行かれた。
「...」
隣で水気を拭いてくれる彼女と、どちらが早いか少しずつ競争が始まっていく。
置いてはすぐさま持って行かれ、勝ち誇る顔をする彼女がもう一つ置くと絶望の表情に変わる。
精霊も両者を応援するかのように八の字に飛んでお互いの手元をよく見ている。
そうやって餅つきのように阿吽の呼吸でやっているとあれだけあった洗い物もすぐに終わった。
「ふう。疲れた。」
疲労に襲われつつも、空になったシンクを見ると達成感が湧いてくる。
まるで大掃除をした後みたいな気分だがこんなのを毎日やるんだよな。
「お疲れ様です。」
「フィルネリアさんもありがとうございました。」
タオルをかけている彼女に感謝を伝える。
一人でやったらここから更に水拭きがあったわけだから、一緒にやってくれてとても助かった。
「精霊もありがとう。」
この時間ずっと見て応援してくれたのだから当然感謝しますとも。
ちょっとぐらい手伝ってくれないかなとか、そんなことは思っていない。
「それじゃあ、先に戻ってますから。」
「わかりました。」
そう言うと一人部屋を出て部屋に戻ってしまう。
後ろから精霊が追いかけていき、台所に一人になった。
とたんに静かになった台所には居間で流れるテレビの音が響く。
「これは気を遣われたかな?」
感謝を伝えるとか言う話をしたせいで気を遣って早めに上がって行ったんだろう。
そんなことしなくてもよかったのにと思う反面、照れくさいことをやるのに居てくれなくてありがとうという思いもある。
「終わったよ。」
「お、お疲れ様。」
テレビを見ていた父さんが首だけを向けて居間に入ってきた俺を労う。
「あれ食洗機とか買わんでいいの?」
台所を指差してそう言うと、父さんが伺うように母さんを見る。
尻に敷かれるいうほどでもないがお金のことは主に母さんが管理していたので勝手に買うわけには行かないからだ。
昔電子レンジが家になかった頃安かったからと買ってきて怒られていたのが相当効いたらしい。
安いといってもそこそこの値段で、とはいえ色々便利に使ったのだが以来大きい買い物は母さんの許可が必要になった。
視線を向けられた母さんは首を振って答える。
「いらんいらん。」
「大変じゃない?買おっか?」
「今更やきもういらんわ。慣れてしもうたがや。」
「そう。」
遠慮しているというわけでもなく極々普通にそう言った。
まあこれまでルーティーンとしてこなしていたんだから急に変わるのを嫌がるのもわかる。
本人がいらないと言うなら無理やり押し付けても仕方ない。
「なんかやってみて改めて大変だなって...ありがとう。」
「なんよ急に。」
怪訝そうに見てくる母さんに居間の戸に手をかけながら言葉を返す。
「なんでもないけど。ずっと言えんかったき。」
言うだけ言って逃げるように部屋を出たので、母さんがどんな顔をしていたかは分からなかった。




