十四話 カレーが来た
「やけにおそかったにゃ。」
帰ってくると両親は居間でテレビを見ているところだった。
机の上には今日収穫したものなのか籠の中にオレンジが入っている。
壁掛け時計を確認すると、時間は予定の三時をすぎていた。
「あー、そう?まあすぐ作るよ。」
「楽しみにしちょるぞ。」
まさか精霊が苗木を取り出したんで植えていたなんて言えるわけがない。
とぼける声が上擦っていないかが不安だったが、父さんは特に反応せずに夜ご飯についての期待を述べるだけだった。
そわそわと両親の目を気にしながら居間を抜けて台所に立つ。
「ひゃ、じゃあ、頑張りましょう水野さん!」
良かった、俺よりも挙動不審な人がいた。
顔を赤くして生暖かい視線を受け止めている。
しかしそれでもこれから 料理を教えてもらうのだから最低限の礼節は守りたい。
「よろしくお願いしますフィルネリア先生。」
「先生ですか!?」
まさかの先生呼びに驚き大きな声を出す。
危ない、うちの両親の耳が遠くなかったら何事かと飛んできていたぞ。
「そりゃあ、教える側と教わる側なんですから。」
料理のりの字も知らない男に教えるとか、逆の立場だったら絶対にやりたくない。
一応大学での寮生活で一通りのことはやっているので正確には正しい料理を知らないということになるか。
とりあえずキャベツと肉と適当な野菜を焼肉のタレで炒めたら美味しくなる。
これがあそこでの生活で身につけた真理である。
一人暮らしの今でも料理するのが面倒な時は大体コレで解決できる。
「その理屈だと私は皆さんのことを先生と呼ばないといけないのですが。」
「まあ、それはそれこれはこれです。」
果樹園での仕事に関してはフィルネリアさんが生徒ではあるが、別に先生と呼ばれたいわけではないので気にする必要はない。
それに俺が教えていられるのも今だけなんじゃないかと思っている。
「フィルネリアさんならすぐ先生になれますよ。分からないことがあったら教えて下さいね。」
「無理ですよ!」
今の所俺とフィルネリアさんでは流れを知っているだけ多少優勢ではあるが、そこの生まれでありながらちょっとしかないことの方がどう考えても問題だ。
実は昔やったことがあるんじゃなかろうか。
だったら何の気兼ねもなく尋ねに行けるのだが。
「そんな目で見られても無理ですから!」
じろじろ見ていたら怒られた。
仕方ない、明日こそは島人としての威厳を見せなければ。
「もう、料理始めますからね!」
「はい先生。」
今日の料理はカレー。
至ってオーソドックスな、初心者にも優しい料理である。
「じゃあまずは水野さん。何を使うかを取り出してもらえますか。」
「分かりました。」
材料から自分で選ばなくてはならないとは、まさかのスパルタである。
冷蔵庫を開けると思ったよりも手前まで食材が入っていて隙間もない。
家族四人暮らしの名残で両親が二人で生活するには少し大きすぎた冷蔵庫はようやく本領を発揮できていた。
「カレーといえば人参、じゃがいも、玉ねぎは必要ですよね。」
カレーでなくともこの三つがあれば大抵うまくいく。
「あとはまあ、ナスとかも入れてもいいですけど...今回は無しにしますか。」
ごちゃごちゃしてくると何が何だか混乱してしまう。
切った材料を置いておくのもそうだし、あんまり種類を増やすとどのタイミングで入れればいいのか分からなくなる。
「お肉とルーは使うときに出せばいいとして、これでいいですか?」
「はい、いいと思いますよ。」
これでひとまず前提条件をクリアできた。
材料から間違っていたらもう目も当てられなかっただろう。
フィルネリアさんの料理講座は基本的にはスパルタで進んで行った。
全部自分で洗い、全部自分で切り、全部自分で炒めた。
彼女は横で眺めて指示を出してくれるだけでなにも手伝ってはくれない。
だがだからこそ、この量の調理というのをこの上なく体験できた。
材料一つとっても一人前の四倍。
洗浄も皮剥きもなにもかも四倍。
それはもはや家事などと言う生優しい言葉ではなく労働という言葉が相応しい。
ちなみに趣旨としては料理を教えてくれるという話だったのが、興が乗ったのかいつの間にかイケイケドンドンで四人前の料理を教えることになっていた。
おかしい。
本当はもっとこう、横で一緒に作業する様子をイメージしていたのに。
「水野さん、そろそろルーを入れてもいいですよ。」
「了解です。」
煮立った中にルーを投下する。
じんわりと茶色が広がっていくと、見慣れたカレーのできあがり。
「ふう。できましたね。」
ひとまず致命的な失敗もなく無事に完成させられて一安心だ。
すると途端にどっと疲れが押し寄せてきた。
あとは配膳だけだが、その前に一休みさせてほしい。
「おっ、完成したんか。」
時たま用事で立ち上がった父さんはついでとばかりに台所に寄っては茶々を入れてきていた。
だがそれもこれで終わりだ。
鍋の中を覗き込み「おー」と感嘆の声を上げる。
「うまいことできちょんがや。」
「大変やったわ。」
何が大変かって、絶対に失敗できないプレッシャーが大変だった。
まあ後ろから見てくるフィルネリアさんの鋭い眼光もそうだが、それ以上に四人分作るということが存外効いた。
一人暮らしであれば料理に失敗しても食べるのは自分だけだし、出来上がる量もそれほど多くない。
しかし四人分だとそれだけ失敗のリスクが高まる。
「水野さん、お疲れ様でした!」
「あ、ありがとうございます。配膳の方も。」
休んで父さんと話している間に彼女は皿にご飯をよそいでカレーを注いでいた。
顔だけをこちらに向けて苦労を労ってくれる様子からは百パーセントの善意しか感じられない。
信じられない。
善意だけであのスパルタお料理教室を開いていたのだ。
「いえいえ、これぐらいはやりますよ。」
聖母のような微笑みでそう言ってくれる。
いや、そうだ、彼女は善意で教えてくれていたのだ。
もっと料理が上手くなれば彼女の期待に添えるようになるはずだ。
「そしたらサーブは自分でやろうかな。」
今日は副菜などなくカレーライス単品なので持っていくのはお皿四枚だけだ。
彼女が継ぎ終わったお皿を順番に運んでいくと、机に座って待っていた両親が歓声を上げる。
「おお、きたきた。」
「えらい美味しそうやわ。」
ただのカレーだっていうのに大袈裟に反応されるとこちらが恥ずかしい。
こんなもん、母さんが作った方がよっぽど上手く作れるというのに。
「ただのカレーじゃないですから。」
賞賛の声から逃げるように台所に駆け込んだところを受け止められる。
ただのカレーじゃないって、材料も何もかも家にあったものを使ってる上なんなら普段のカレーより材料が少ないぐらいだ。
「なんも特別なもんははいっちょらん。フィルネリアさんの方が色々アレンジもできるろう。」
「私が作っても違いますよ。水野さんが作ったからああして喜んでいるんです。」
エプロンを畳みながら机の上のカレーを囲む両親を見ている。
「...なんでもいいき、はよう食べましょ。冷めたら勿体無い。」
「...そうですね!」
引き出しからスプーンを四つ取り出して皿の横に並べていく。
カレーの匂いが家中を包み込んでいた。
「さあ、夏樹。挨拶せい。」
待ちくたびれたと文句を言っているがその表情には笑顔が浮かんでいる。
「はいはい。それじゃあ...いただきます!」
「いただきます!」




