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Oh! My リトルマーメイド  作者: 大城まこ豊
第三章

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視線

 あ、世海(シーハイ) くんだ。

 街頭広告に知っている顔が大画面で映し出されているのを見て、海帆(みほ) は足を止めた。

 大写しされた世海が洗練されたデザインのパレットを片手に持ち、こちらに向かって爽やかに微笑みかけている。

 手に持っているのは、台湾の人気コスメブランドのアイシャドウパレットだ。

 そういえば、男性でも手に取りやすいジェンダーレスなラインナップが発売されることになり、その新商品の広告塔に世海が抜擢された、と言っていたな。

 海帆はまじまじと広告を見た。

 ジェンダーレスコスメということもあり、世海のメイクに違和感は感じられない。

 身に着けている衣装やヘアセットは、ナチュラルな風合いでまとめられ、自然体のままの世海はリラックスした表情で微笑んでおり、それがコスメ効果を存分にイメージアップさせているようだ。

(世海くんがつけているリップいいなぁ。カラーナンバーいくつだろう)

 海帆はついついモデル使用カラーのチェックをしてしまったが、それは道行く人達も同じのようで、何人か海帆のように立ち止まって、完璧に整えられた世海の広告に見入っていた。

 海帆の後ろに立ち、覗き込もうとしている人がいたので、そっと脇に避けて場所を譲る。

 なんだか真剣に見入ってしまった自分が居たたまれず、意味もなく早歩きでその場を後にした。

 海帆は今、台湾が世界に誇る超高層ビルに併設されているショッピングモールに来ている。

 出勤停止期間の最終日、明日からグロンブル台湾での通常勤務に戻るため、今日は今まであまりできなかった台湾観光を決行することにしたのである。

 無駄遣いはあまりできないのだが、気苦労が絶えない日々を送っていたので、のんびりと一人で出かけたいなと思ったからだ。

 朝から張り切って出かけて有名な台湾朝ごはんを満喫し、MRTに乗って観光客にも人気な朝市を訪れ、果物や生鮮食品、衣料品などなんでも揃う活気に溢れたマーケットを堪能した。

 溢れる日用品の数々についつい購買意欲を刺激されつつ、有名なショッピングモールに行く予定を立てているから我慢、と散策を楽しむことに専念して、昼食後に台湾のシンボルと言われている室内展望台で有名な超高層ビルに向かったのである。

 台湾旅行を代表する人気観光スポットの高層ビルは、地上三八二メートルから望める迫力の大パノラマが人気の室内展望台と、有名海外ブランドが多数軒を連ねるショッピングモールで有名で、必見の価値ありと言われている。

 グロンブル台湾のコンシェルジュとして、このランドマークタワーの事は数えるのも嫌になるくらい観光客に勧めてきたのに、実は海帆はまだ一度も足を運んだことが無かった。

 これを機に訪れてみようと思い立ち、台北MRTに乗って目的の駅に降り立ったら、図らずもそこで世海の巨大な広告と遭遇することになったのである。

 ナチュラルに美しい世海をつくづく眺めて、改めて素美人な幼馴染の顔面に感心する。

 世海使用のサテンリップは気になるところだが、買い物は最小限にとどめたいので今回は見送りとして、海帆は室内展望台へのチケット売り場へと向かうため、豪勢なエントランスへと入っていった。

 さすがは台湾が世界に誇るランドマークだ。館内は開放的で、ハイグレードなラグジュアリー感をかもし出しており、行きかう人々の数も想像以上に多い。

(展望台は込んでいるかもしれないな)

 海帆は少し心配になる。

 室内展望台は人気の観光スポットなので、展望台行きエレベーターは混雑状況によって一時間程待たされることがあると聞いていたのだ。

 展望台チケット売り場へ向かうエスカレーターからして、すでに人の数が凄い。

 売り場に到着すると、展望台行のエレベーターは凄い行列になっていた。

 覚悟してはいたが、いざ長蛇の列を目の当たりにしてしまうと気持ちがしぼんできてしまう。

 海帆は並ぼうか悩んだ。

 せっかく来たんだし、仕事が始まったらもう来れないかもしれないし、と思うのだが、どうにも気が進まない。

 誰かと一緒に行動している時はそうでもないのだが、本来の海帆はかなりの面倒くさがりなので、人気店や有名な観光地などに並んでまで行きたいとは思わない質なのだ。

 結局、海帆は引き返すことにした。

(…………世海くんのコスメ、見に行ってみようかな)

 ふと、そんな事を思いついた。

 本当は室内展望台を満喫したら、フェイスマスクだけを買って帰るつもりでいたのだが、世海が使用していたサテンリップが頭の中をちらついて離れない。

 見るだけならいいかな。値段見たら買う気が失せるかもしれないし。

 そんな事を考えつつ、海帆はコスメ売り場へと向かうことにした。

 有名ブランドの華やかなディスプレイを興味深く覗きながら進んでいると、またも世海を見つけてしまった。

 今度はコンタクトレンズだった。

 『その瞳、うるおう印象』と銘打たれたキャッチコピーと、大きく写し出された世海の顔と綺麗な瞳が印象的だ。

(最近、街中で世海くんの広告見かける事増えたよな)

 瞳を潤ませている世海だけでなく、清涼飲料水のペットボトルだったり、洗顔フォームやシャンプーボトルなど、街を歩けば何かを持った世海に遭遇する率が高くなっている。

 仕事が順調のようで何よりだ。

 世海が出演するドラマ『Prisoner of Love ~あなたが現れたあの日から~』の評判が良いようで、最大注目のドラマとして反響も大きいらしく、それが世海の仕事にも影響しているのは間違いないだろう。

 ドラマも終盤にきて、憎まれ役の張俊凌(ヂャン・ジュンリン)は性悪さにますます磨きがかかり、大いにその魅力を発揮して視聴者から順調に嫌われ、物語を大きく盛り上げている。

 海帆も一視聴者として楽しく観ているが、張俊凌がこんなに嫌われてしまったらエリック・スンのイメージ的に大丈夫なのかな、と視聴するたびに余計な心配をしている。

 でも、こうして街中でよく見かけるようになったっということは、エリック・スンの知名度が上がっているということだ。

 実際、張俊凌はエリック・スンの当たり役だと評価されているようで、美しいエリックに「生ゴミを見るような目で蔑まれたい」と願うファンが増えているらしい。

 人気が上がってきているのは良いことだ。

 活躍している幼馴染を見られることは素直に嬉しい。

 海帆は瞳をウルウルさせている世海に微笑みかけ、コンタクトレンズの銘柄をチェックした。

 売り上げも中々良さそうだ。

 今持っているコンタクトレンズの在庫が切れたら、こっちに鞍替えしてもいいかな。

 自分がこんなにも身内贔屓の強い人間だったとは思わず、先程の居たたまれなさを再び感じて、海帆は先を急ぐことにした。

 世海がモデルを務めるコスメブランドは海外ハイブランドと肩を並べ、一階の一等地に旗艦店を出していた。

 すでに多くの人で賑わっており、その中には男性の姿も混じっている。

 早速、広告の影響が出ているようだ。

 特に世海が使用したカラーナンバーは、アイシャドウは売り切れで、サテンリップは残り少ない状態だった。

 想像以上の人いきれに怯んでいたら、店内を冷めた目で見下ろす世海と目があった。

 さっき外で見たナチュラルで親しみやすい表情ではなく、隙なくメイクアップした艶やかな世海が傲慢にも見て取れる表情でこちらを睥睨(へいげい)している。

 それを見たら、なぜだか対抗意識がむくむくと芽生えてきた。

 サテンリップのラインナップはどれも可愛いし、デザインも洗練されていてお洒落で可愛い。

 でも値段は可愛くなかった。

 しかし、目の前にはこちらを小馬鹿にしたように見下ろす世海がいる。

 海帆は気付いたら目当ての商品を手に取り、支払いの列に並んでいた。

 会計を済ませ、手の込んだデザインの包装を見つめる。

 まんまと買わされてしまったな。

 いいようにブランド戦略に乗せられていると、してやられた感を覚えたが、後悔はあまりしていない。

 しょうがない。世海の顔がやたらと美しいのが悪いのである。

 ちょっとしたご褒美だ。

 そう自分に言い聞かせ、今夜は夜市の夕飯を諦めて家で残り物を食べることに決めた。

 これ以上ウロウロしてまた散財をしてしまう前に、海帆は潔く帰ることにして、台北MRTの乗り場へと歩き始めた。

 その時、キンッとした視線を感じ、目の端に何かがよぎった。

 反射的に振り返る。

 側にいた人が、いきなり振り返った海帆に驚いて遠巻きにしたが、そんな事を気に掛ける余裕もなく辺りに視線を彷徨わせた。

 身に覚えがある感覚だった。

 吉川琉奈と話しをして以来、ずっと思い返して忘れないようにしていたのだ。

 次に会った時にすぐに特定できるように。

 サングラスの女がここにいる。

 一つ一つを確認するように辺りを見渡したが、目に入るのは海帆の事を気にとめない、思い思いに過ごす買い物客の姿だけである。

 人混みを注視したが、こちらを見つめている人はいない。

 誰かいたのだ、こっちを見ている誰かが。

 海帆はしばらくその場に立ち続け、視線の主が現れるのを待ったが、通り過ぎる人の数が増えるだけで、一向に現れる気配はなかった。

 さっき感じた視線も、人混みに紛れてしまったのか霧散してしまった。

 いなくなったのか。

 判断がつかなくて、海帆は唇を噛みしめる。

 腹が立った。

 サングラスの女は、なぜ声をかけないのだ。

 言いたいことがあるなら目の前に現れて言えばいいのに、なぜ姿も見せずに不気味な裏工作をするだけなのか。

 ただ視線を送るだけでは、こちら側はどう汲み取ればいいのか分からず混乱するばかりだ。

 もっとも、それが狙いなのかもしれない。

 海帆はその場に立ち続けた。

 離れられなかったのだ。

 相手に対して背中を向けて立ち去る、という行為をしたくなかった。

 だが長い時間その場に立って待っていても、視線の主が姿を現すことはなかった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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