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180 ただいま竜人自治区


 翌日は休息日として、グレンさんが竜人の里やその付近を連れ回してくれた。


 岩山の麓の珍しい花。

 大森林の清流。

 大岩を滑り落ちる荘厳な滝。

 岩山の上から見る夕日。


 そして夜だけに咲くという、月光で淡く光る花々。




 温泉の岩山の裏側にある源泉の湧く場所は、違った植生があって面白い。


「この花は食べられるそうだ」

 そう言われて鑑定すると、薄甘くて美味しい花弁だとわかった。


 食べてみると、ライチみたいな香りのふわりとした食感は、とても面白い。

 お菓子に飾っても良さそうだと感じ、採らせてもらう。


 あちらの世界にも食用花はあったけれど、こんなに美味しかっただろうか。


 不思議な動植物、不思議な世界。

 グレンさんとともに、これからも生きていく場所。




 休んだあとはまた数日浄化をした。

 するとラピドゥラの瘴気が谷底から湧く様子が見えるようになった。


「これが本来の、この地の風景だったのか」

 竜人族の皆様が衝撃を受けた顔をしている。


「確かに文献では、谷底の瘴気という表現だった。窪地全体が瘴気ではないのかと不思議だったが」


 過去の記録にあった瘴気はこんなだったのだろう。

 そう考えると、異常事態だったのだとわかる。


 窪地には植物が生えていない。

 そういうものもゆっくり時間をかけて戻るだろうか。


 ラピドゥラの瘴気対策も終わり、竜人の里の皆様とも存分に交流したので、私たちは竜人自治区に帰ることになった。




 帰る直前、みんながお家にしているような、岩山の洞窟を案内された。

 落ち着いた色彩で壁や床が塗られている。


 テーブルセットだけがある、本当に簡素なお部屋だ。


「いつでもここに転移してきて頂戴。精霊王様たちが転移してくださるのなら、あのカーペットの設置とは別に、拠点があった方がいいでしょう」

 お義母様がそう言ってくださった。


 ここは竜人の里における、グレンさんと私の新居にしてもいいという。


 うん。ありがたい。

 竜人の里の温泉は、あちらよりも魔力の回復が早いから、シロさんのところの浄化も進みが良くなる。


 毎日のように来ると言ったら、お昼ご飯は一緒に食べましょうかとお義母様が言ってくださった。

 ありがたく甘えることにする。




 帰りはシエルさんも一緒だ。

 ずっと別行動だったシエルさんは、部屋にこもっている時間が長かった。


 たまに気分転換に部屋を出ては竜人の里を歩き回り、壊れた転移魔法陣の修理や魔道具制作を受けて、運動もしていたようだ。


 ずっと手紙の転移箱を作っているのかと思っていたけれど。

「グレンさんから受け取った大きな魔石を、魔宝石にする作業もしていてな」


 魔力回復で私が眠っている間に、グレンさんと話し合っていたそうだ。


 そうだよね。

 回帰スキルであちらの世界へ人を帰すには、魔宝石の準備が必要だ。

 どれだけあれば安全か目安がわからないので、たくさん準備してくれている。




 予定よりも滞在期間が長くなった。

 アユムさんたちは王都に着いているかも知れない。


 今日帰ることは、ザイルさんに連絡済みと聞いている。


 帰りはいつもの転移魔方陣のカーペット。

 とりつけた魔宝石の魔力で帰るので、起動のための魔力をシエルさんが流すだけだという。


 見送りをしてくださる方々に手を振り、私たちは竜人の里をあとにした。


 転移後は、いつものシエルさんのお部屋。

 すぐに居間へ顔を出すと、ヘッグさんとザイルさんがいた。


「お帰り! そんでもって、こっちもただいま!」

 ヘッグさんの笑顔の挨拶に、私も笑顔を返す。


「お帰りなさい! 色々ありがとうございました」




 やっぱりアユムさんたちは王都に着いていた。


「しばらくこの近辺で、冒険者ギルドの依頼を受けて動くらしい。ギルドに伝言しておけば、連絡はとれる。戻ったら竜人自治区に連絡してくれと伝えておくか?」


 冒険者ギルドを通じた連絡は、ヘッグさんがしてくれるそうだ。

 シエルさんは、制作する魔道具のための素材を探したいからと、ヘッグさんと一緒に出かける。


 私とグレンさんは、ザイルさんにあちらでの出来事を報告する。

「ラピドゥラの浄化をしてくれていたと聞いた。感謝する」

「ずいぶんかかってしまいました。瘴気が減ってくれて、ほっとしました」


 ザイルさんは何度も頷いた。

「聖女にしかどうにもできないほど、凝縮された瘴気になっていたとか。今は通常の瘴気の量になったというから、あちらの聖魔力を持つ者で対処できるだろう」


 あちらの温泉には通うつもりだから、また増えたら浄化しよう。


 プルーノの実を採取してきたことも話せば、ザイルさんは嬉しそうになる。

「ティアニアやテオにも是非食べさせたいと思っていた。しかし出すとすぐに食べないといけないのだろう。皆で集まって食べる機会を作るか」


 プルーノを食べるイベントが開かれることになりそうだ。

 竜人の里でも、持ち帰ったときに人が集まって、イベントみたいに皆で食べた。




 そんな報告をしてから、今度は厨房へ。

 ちょうどティアニアさんとソランさんが帰ってきて、一緒に夕食準備を始める。


「あれ、マリアさんは?」

「今日は遅くなるみたい。ミナちゃんが帰ってきてくれて良かったわ」


 以前のように、ティアニアさんとソランさんと夕食作り。

 グレンさんはシロさんのダンジョン下層へ、魔獣討伐に出かけた。


 いつもの慣れた厨房が、少し懐かしい。

 竜人の里での出来事を語りながら、照り焼きチキンをメインにサラダやスープを準備する。


 ソランさんのパン屋では、ハンバーガーの販売も始めたそうだ。

 予約生産なので無理はしていない。

 ただ食べた人からの口コミで、毎日注文が多いそうだ。


「竜人自治区の外のパン屋計画は、売り切れ前提で丸パンを短時間で売るかと話しているんだ」

 開店時間を極端に短くすることで、その様子から後の販売計画を立てるという。


 今は敷地の選定中で、まだ先の話だけれどと話すソランさんは楽しそうだ。




 久しぶりの下宿の食事。

 皆がそろって、テオくんがニコニコしているのが可愛い。

 特にクロさんとシロさんを構いたいみたいで、食事をわけてあげている。


「あいつらも金銭価値をつかんで、稼ぎ方もわかったし、どうにかなるだろう」

 ヘッグさんがアユムさんたちのことを話してくれた。


 今は王都の宿を拠点に、いろんな体験をしているという。

 冒険者の仕事は魔獣討伐以外にも、町中のお手伝い的なものもあるそうだ。


 臨時の店員だとか、荷運びや掃除などの依頼を受けて、こちらのことを学ぶと話していたらしい。


「あちらの都合を教えて欲しいと伝言を頼んだから、返事が来たら予定を合わせれば会えるだろう」

 冒険者ギルドに伝言を頼み、連絡はちゃんととれると請け合ってくれる。




 マリアさんは、シェーラちゃんのお店準備が順調だと話してくれた。


「シロさんの家具の話から、ドールハウスのことを教えたら、すごく興味を持たれたの。あのお店にドールハウス用のミニチュア家具コーナーも作るみたい」


 シェーラちゃん、色々と手広く扱うみたいだ。

 コンセプトショップとして方針のブレは問題ないのだろうか。


 まあ、女の子の喜ぶ可愛い物みたいなコンセプトなら、何でもアリなのか。


 シエルさんは会話に加わらずに上の空で、魔道具のことを考えている。

 作りかけては、悩ましい部分を発見してまた試行錯誤なのだとか。


 夕食は和やかに終え、席を立つときマリアさんに声をかけられた。

「ねえ、お風呂の前にお散歩へ行かないかしら」




 このとき、私はちゃんと違和感に気づくべきだった。


 マリアさんは商業ギルドやシェーラちゃんのお店など、外の人と接触が多い。

 そして私の保護者みたいな立ち位置だ。

 親しい関係だと知られた場合、私を直接狙えないならマリアさんを狙うと予想はつく。


 でも久しぶりに会ったマリアさんと、ゆっくり散歩しながらおしゃべりをしたいと思った私は、何も疑問を感じなかった。


「ええ。今からもう行きますか?」

「そうね」


 二人とも、荷物はあらかた亜空間に入れている。

 お風呂へ行くときに必要なものも、亜空間に入っている。

 お散歩から、そのままお風呂に行けばいい。


 グレンさんも相手がマリアさんだし、竜人自治区の中の行動だ。

 女性同士の会話を邪魔しないようにと別行動を申し出てくれた。


 シロさんは久々に自分用のミニチュアベッドでゆっくりすると言い、クロさんも付き合ってミニチュアソファーで寝るという。




 夕食後で、少し薄暗くなった道を歩く。

 マリアさんはシェーラちゃんのお店のことを、楽しそうに話してくれる。


 私も話を聞いて、ときどき質問をして。

 そのうちに、なぜか竜人自治区の門の方へ向かっていることに気づいた。


「マリアさん?」

 まっすぐ門へ進んでいる様子なので、それ以上進むのはまずいと門の手前で私は足を止め、マリアさんに声をかけた。


「ちょっとあっちに、見てもらいたいものがあるの」

 マリアさんが門を示すので、違和感が強くなる。




 でも気づくのが遅かったみたいだ。


「マリア、自分にナイフを突きつけて、そいつに来るように言え」

 門の外から声がした。


 マリアさんはその声に従い、亜空間から出したナイフを自分に向けた。

 私は声もなく固まる。


 マリアさんの手首を見ると、結界魔道具の腕輪がない。

 竜人自治区に帰ってきたから外したかと気にしていなかったけれど、たぶんそうじゃない。


 マリアさんが、自分の首にナイフの切っ先を突きつけている。

 いつもの穏やかな表情で。


 洗脳スキルで指示に従わされているんだ。

 自分の意思ではないそれに、躊躇はなさそうだ。


 下手に反応して、マリアさんが怪我をしたら。

 そう思うと声も出せない。




 洗脳スキルの厄介さ。

 他の言動はいつもと変わらないので、違和感に気づきにくい。

 でも命じられた、自分の意思ではない言動をする。


 ムルカさんが言っていた、ホリトさんが最後に拾ったもうひとりの子供。

 たしかマヒトさんといったか。


 ヴォバルに召喚の魔法陣を提供し、各地に瘴気溜りを作っただろう人。


 マリアさんはその人と接触してしまったのか。

 いつ結界魔道具を外したのかはわからないけれど、付与などをするときに結界魔道具は邪魔だと言っていた。


 シェーラちゃんのお店関係で、何か急ぎの作業をしたくて外したのか。

 そこでスキルを使われた?




「マリアさん」

「さあミナちゃん、こっちに来てちょうだい」


 門の外からマリアさんに声をかけたのは、ひょろりとした男性。

 彼がマリアさんに命じたということは、あれがマヒトさんか。


 普通の男の人にしか見えない。

 でも薄笑いが怖い。


 あの人に近づくのは危険だ。

 誰かに知らせたいけれど、伝言魔法を使って、もしマリアさんが傷ついたら。


 私が瞬時にマリアさんに結界を張れば、どうだろう。

 マリアさんを守れるだろうか。


 いや、マリアさん本人が操られている。結界では守れないかも知れない。


 傷つけられてすぐに治癒をすればどうか。

 でも、もし即死みたいな何かをされたら。




 こんなにも簡単に、人の意思をねじ曲げられる理不尽なスキル。

 簡単に人を操れるなんて、ゆがんでしまう人もいるだろう。


 そんな人の好きにされたくはない。

 でもマリアさんに何かあっては最悪だ。


 ああ、どうすればいいのか。


次話はいつもより早めに投稿予定です。

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