違う世界
「会場にお集まりの紳士淑女の皆さま! いよいよプログラムも大詰めとなりました。最後を締めくくるのはイェーガ―家の令嬢、アプフェル・フォン・イェーガ―の手による氷魔法での芸術品創造です!
スヴェンの紹介と共に魔法服に身を包み、本黒壇の魔法杖を手にしたアプフェルが粛々とした動作で壇上に歩み出る。彼女がスカートの裾を軽くつまみ、片足を引いて頭を下げる礼をするとそれだけで会場からは同性、異性問わずため息が漏れていた。
これだけの人数の生徒や卒業生、国の気品を前にしているというのに全く気負った様子がなく、カリスマ性に満ち溢れていた。
「皆様方、本日はお忙しい仲このような席に足をお運びいただき、感謝申し上げます」
聞く者の耳朶を打つ、静謐かつ透き通った声。
彼女がたった一言発しただけで、わずかに会場に残っていたざわめきが無くなり、静まり返った。
「この伝統ある体育魔法祭も最後のプログラムとなりました。最後はわたくし、ご紹介に預かりましたアプフェル・フォン・イェーガ―が務めさせていただきます」
アプフェルは、薄く艶やかな唇から僅かに息を吐き出すと、管弦楽の指揮者のように杖を振る。杖の先から小さな白い欠片が一枚生まれ、地面に落ちる。
だがそれだけだった。
破片が動きだしたり続く氷の破片が生まれることもない。
失敗か? そう感じたのは僕だけではなかったようで、観客席の一部に起こったざわめきが、満ちていく潮の様に観客席全体へと広がっていく。
だがアプフェルは観客の反応なんて聞こえていないような様子で、目を閉じたまま杖を振り続けていた。微弱な魔力が途切れることなく杖の先から流れているのを感じる。
魔力の流れによどみはなく、アプフェルの杖先に迷いはない。
これは、失敗じゃない。
やがてアプフェルが空中に点を描くように杖の先を動かすと、氷の破片が一枚、また一枚と生まれた。
硬貨ほどの大きさの破片は形が森の木の葉のように一枚一枚違う。あるものは表面が滑らかで、あるものは尖り、あるものはギザギザだ。
アプフェルがそれらの破片の中心点に向かって魔法杖を振り下ろす。
すると破片が見る見るうちに枚数を増やしながら位置を変えていく。ある破片は表面を覆い、ある破片は末端の位置を占める。一枚一枚、変化していく形が違う。
数千数万の破片の形が別の生き物のように変わっていき、やがてそれらが集まって一つの形を成す。
最後には日の光を浴びて輝く白い彫像と化した。
体を覆う蛇の様な鱗に背中から伸びるコウモリの様な翼、角の生えた蛇の様な頭に魚の様な牙。
伝説の生物、ドラゴンが形作られた。
そこで魔力の放出が終わり、アプフェルは一息ついて再び片足を引き一礼する。
同時に会場から、さっきとは比較にならない割れんばかりの拍手が沸き起こった。命のない会場までもが感激に打ち震えているような気さえした。
僕も惜しみない拍手を送る。周囲のクラスメートも、観客も、皆称賛を送っていた。
あれだけの魔法を見ると嫉妬よりも敗北感よりも、崇拝や尊敬の気持ちが沸き起こってくる。
あれだけの重量と精巧な氷を創りだすのに、どれだけの技術がいるのだろうか?
どれだけ精密な魔力の制御を要するのだろうか?
やっぱり、アプフェルは僕と違う立場、違う世界の人間だ。




