もうどうでもいい
「おい、ラッテ男爵」
二人の男子が僕に立ったまま話しかけてきた。
でっぷり肥ったのがライナー、やせぎすなのがロルフ。以前キルシェの店でしつこくからんでいたのを僕がかばい、偽の恋人を演じるきっかけになった。
僕に対しては見下すような視線を、キルシェに対しては目で彼女をねぶるかのような視線を向けている。
キルシェは二人を見ると、俯いて視線をそらし、僕の腕にしがみついた。
「それがお前の女か」
「俺たちを断ってそいつのものになるなんて、いい度胸だな」
二人の低い声が鼓膜を揺らすと、キルシェはさらにしがみつく力を強くした。
「ビビんなよ」
「誰かの手がついたオンナは貴族は好きじゃねえからな、綺麗好きなのさ」
そう言ってげらげらと、内面のさもしさがにじみ出るような声で笑った。
「もう行こう」
僕はキルシェの手を少し強めに引っ張って立ち上がる。
「逃げる気か、男爵」
「身分が低いと気位もなってねえな、キン○マついてんのか」
背後から下半身用語ばかり聞こえてくるが、気にせずに歩いた。
後ろから奇襲されるかもしれないので念のため空いた手は腰の魔法杖にかけ、いつでも抜けるようにしておく。
キルシェを引っ張りながらでは早く歩けないから、彼らに追いつかれる。
僕らを両側から挟むような形で顔をくっつけるくらいに近付け、蛇がまとわりつくようにねっとりとした罵詈を浴びせてくる。
「そのタマでそいつを毎晩泣かせてんのか、アア?」
ついにキルシェにまで塁が及んだ。蛇が獲物をなぶるような視線を両側から向けられ、キルシェは体を抱きすくめるようにして震える。
それを見た時もうなにもかもどうでもよくなりかけた。
もう、どうなってもいい。
こいつら、ぶん殴ってやりたい。
ゴーレムで踏みつぶしてやりたい。
人を馬鹿にしても、怯えさせても、何も注意されないクソガキにお灸をすえてやるくらい、いいだろう?
そんな考えが潮騒のように小さく、遠くから頭の中に浮かび、海の波のように頭の中を埋め尽くそうとしてくる。僕は腰の魔法杖から手を離し、唇を血の味が出るまで噛みしめて屈辱を必死に耐える。
それをしたら僕の学園生活は終わりだ。
喧嘩を売ったなんて知られたら停学じゃ済まされない、退学だ。苦労をしてこの学園に入れてくれた親に迷惑がかかる。
男爵の僕に対して、学園側は事情を斟酌なんてしてくれはしない。
ろくに調べもせずに僕が悪いと決めつけて、事実を捻じ曲げて終わりだ。
法は万人に対して平等ではない。
罵声を背中に浴びながら、キルシェの手を握り締めることしかできない自分を呪いながら、僕は会場に戻った。




