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Dear you  作者: くらうでぃーれん
5.見える人
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9/26

5-1


 それからすぐに、幸一は新聞配達を辞めた。

 本当なら春休みいっぱい、3月末までやる予定だったが、就活が思っていた以上に忙しくなってきたと言って3月の上旬に辞めさせてもらった。

 引き継ぎの新人がすでにそれなりに育っていたおかげで、少し困った顔はされたが思ったよりあっさりと認めてもらうことができた。やはりこの時期の就活という言葉は最強である。


 早く辞めた理由はもちろん、優との時間を作りたかったから。

 今のまま掛け持ちしていれば生活習慣は昼夜逆転になるし、バイトの時間が長ければそれだけ優との時間が奪われることになる。少しくらいなら無理をして睡眠時間を削ることもできるが、実際に少しくらい無理をしたら、思ったよりもキツかった。


 バイトを掛け持ちしていたのはなにも経済的に苦しいからではない。その証拠にと言うべきか、幸一はこうして自分にために就活を後回しにすることができている。本当に厳しければ将来のことで悩む余裕などないだろう。


 つまりバイトを1つ減らしたところで、たちまち生活に困るようなことはないということである(とはいえ余裕があるというほどでもないのだが)。今後バイトをどうするかは後々考えるとして、とりあえず当面は今の居酒屋だけ続けるつもりだった。


 優と2人の緩やかな生活は続き、それが本来の性格であったのか優はすっかり明るく元気な女の子になっていた。時には幸一が辟易してしまうほどに元気だ。

 外出するのが好きらしく、散歩を始め幸一は頻繁に外へと引っ張り出されていた。ただし可能な限り人目は避けたいので、外出時間は早朝や夜中が主である。


 新聞配達を辞めて1週間ほどが経ったころ、昼過ぎというべきか夕方前というべきかという時間に幸一は出かける準備をしていた。いつものバイト時間にはまだ早く、今日は少し違う用事だった。


「優、学校行ってみるか?」

「がっこう?」

「そう、大学のことな。ゼミで1回行かないといけないから、一緒に行くか?」


 ゼミというのが優には何なのか分かっていなさそうだったが、どこかに出かけられるのは嬉しいらしい。優は迷うことなく「行くっ」と答えていた。


 ゼミというのは大学の講義のひとつであり、いくつかの選択肢の中から自分の興味のある分野を選択し、その分野についての研究を進めるというものである。ゼミには分野ごとに専門の担当教授がおり、その教授が数人の生徒に対して講義を行う。簡単に言うと、少人数で行う専門的な講義のことだ。

 ゼミは3年から4年にかけて継続して行われるもので、最後には卒業論文というほぼすべての学生にとって最大の関門が待ち受けている。他の大学も同じようなシステムかどうかは知らないが、とりあえず幸一の受けているゼミはそういったものだ。


 ただ、興味のある分野を選択なんてことは大半にとっては建前であり、実際の選択基準は教授の人柄であったり、ゼミ内容が楽かどうかであったり、友達同士の寄り集まりであったりと、本当に勉強が好きで意欲にあふれる学生などごく少数である。そのため内容が楽なことで有名な教授のゼミは非常に競争率が高くなる。


 幸一の所属するゼミの教授はそれなりに温厚、内容はそこそこ楽という、かなり無難なところだ。

 ゼミには定員があり、人気で競争率が高いと抽選などで人数が絞られ、そこで落とされた学生は定員の空いているゼミ(つまりめんどくさいゼミ)にほぼ強制的に入れられる。幸一はそういった競争を避け、半ば妥協的に現在のゼミを希望したのだった。


 そして今日は卒論の話で、幸一たちは春休み中に一度集まるよう指示されていた。休み明けでいいじゃないかと思うが、概要だけでも先に説明しておきたいらしい。教授としてはできれば休み明けすぐに卒論に取り掛からせたいようだが、学生としては面倒なだけだ。


 今日まで、初日のおばあさんと織人を除いて優が誰かに認識されたのは一度きりだった。

 朝食後の散歩の途中、同じく散歩中だったおばさんに優が挨拶をかけられた。特になにかに気づかれた様子はなかったが、さすがの不意打ちにやや挙動不審になってしまったかもしれない。


 大学のキャンパス内で見える人がいる可能性もなくはないが、講義に出るわけでもなくゼミの研究室に直行して帰るだけなら誰かに見つかる可能性は低いだろう。そもそも春休みなんぞに大学に通う学生が限りなくゼロだ。


 幸一の通う大学はアパートから自転車で15分ほど。歩いて行っても良かったのだが、今日は優を首にさばらせて出来るだけ人目につかないよう、細い道を選んで大学へ向かった。

 早朝でも深夜でもなく、夕方という時間帯もあって人通りは決して少ないとは言えない。しかし優と歩けばおそらく大学まで1時間近くかかる。そこまでして自転車を選んだのは単純にめんどくさかったからだ。とはいえけっこうハラハラしている幸一とは対称的に、背中の優はとても楽しそうだった。


 大学に到着すると、予想通りキャンパス内は閑散としていた。


「みんながいる間は、静かにしててな」


 幸一の言葉に優は素直にはーい、と返事をする。現在の服装は紺色のワンピースに青いカーディガンを羽織っており、頭のてっぺんには大きな黒いリボンが結ばれている。対して幸一はジーパンに黒の長袖シャツ、その上に黒のジャケットといういつもと代わり映えのない地味な恰好だ。


「よっ、コーイチ」


 と、軽い調子でひょいっと幸一の前に現れたのは、同じタイミングでやってきたらしい同じゼミ生の砂城(さじょう)結輝(ゆうき)だった。最後に会ってからまだひと月も経っていないが、なんだかひどく久し振りな気がする。


 この前までは明るい色のウルフヘアだったが、現在は就活を意識してか短めに切りそろえられ暗めの茶色になっていた。ジーパンに白のシャツ、その上に薄手の黒シャツを羽織っているという服装は幸一のそれとさして変わらないはずなのに、着崩し方が上手いというか、どこがどう違うのか幸一には分からないが、結輝は自然な感じでさっぱり爽やかイケメン野郎に仕上がっている。

 やはり顔か。顔が違うからか。我がゼミのイケメン担当の名は伊達ではないということか。加えて幸一よりも身長が高いというのだから、弱点が見当たらない。天、二物与えてんじゃん。


「おう、久し振り」


 内心の僻みは胸の内に秘め、幸一も軽いノリで返すと結輝は明るく笑って――


「どーしたんだよ今日は、そんな可愛い彼女連れて」

「――――は」


 その何気ない一言に、幸一の足が止まった。笑顔のまま硬直して、結輝を見つめる。

 当の結輝は首を傾げて幸一と、そして優を交互に見比べていた。


「おいおい、そんなに見つめられると、照れるだろ‥‥///」


 普段ならすかさずアホなノリを返すところだが、今ばかりはそうも言っていられない。


「え‥‥結輝、お前、この子見えてるのか?」

「あっはっは、何言ってんだよコーイチ。‥‥‥‥あー、うん、そうな、ちょっとオレなんかに思い当たったわ。間違ってたらちゃんとツッコめよ? 笑えよ?」


 不自然なほどの笑顔でぽんぽんと幸一の肩を叩きながら、結輝はふと真顔になると幸一に尋ねた。


「‥‥まさかその子、幽霊?」


 見えることにも驚きだが、あっさりとその結論に達してしまったことにも驚きを隠せなかった。その反応は先日の織人によく似ている。なんだろう、結輝といい織人といい、一見チャラそうな人ほど霊感を備えているものなのだろうか。


「‥‥コーイチ、今ちょっと失礼なこと考えてねえか?」

「イヤゼンゼン?」


 結輝のジト目に、幸一はそっぽを向いてわざとらしくすっトボケた振りをしてみせる。普段通りの軽いノリにお互いくつくつと笑い合い、結輝は笑みを苦笑に変えると再び先程の質問に戻る。


「で、マジでそうなの?」

「あー‥‥うん、マジでそうなの」


 結輝は難しい顔をして優を見下ろし、ややおっかなびっくりといった様子で優の頭を撫で、頬をつついた。突然のセクハラに優はきゃっと声をあげ、幸一の後ろに身を隠す。


「‥‥わからん」

「お前、それ完全にアウトだからな。色んな意味で犯罪だ」


 しかし結輝は渋い表情のまま優を眺めている。悪意はないのだろうが、危険なヤツだ。

 優は頬を赤らめて若干結輝を睨むようにしながら、すかすかと近くに停めてあった自転車に腕を素通りさせて幽霊を主張(不思議な言葉だ)すると、再び幸一の後ろに隠れてしまった。


「へえ‥‥マジなんだ。いや、オレ実は霊感っていうのかがあるみたいでな、時々見えちゃうんだよな」


 織人といい結輝といい、相変わらず〝見える〟ことを気軽に主張してくれる。本人たちにとっては日常的なことなのかもしれないけど。


「マジか。そんなの全然知らなかったけど」

「そりゃ、わざわざ言うことじゃねーしな。というか、あんまり言いたいことじゃねえんだよ、こういうのって」

「そういうもんなのか?」


 むしろ、話のネタになるのでついつい話してしまうそうだが。かくいう幸一も優のことは隠そうとしていたのだけれど。


「あんま、気味の悪い世界に友達を巻き込みたくねえから」


 さらりと言ってのけたが、その幽霊を目の前にして「気味の悪い」と言ってしまうのはいかがなものか。


「オレ1年の時さ、変な時期に引っ越したことあったろ、覚えてるか? やけに安いとは思ってたけど、あそこ〝出る〟部屋だったみたいでな。最初は部屋の隅にいるだけでなんてことなかったから無視してたんだけど、うっかり目を合わせてから夜中にわーわー騒ぎ出してさ、どうにかなる前に引っ越したんだよ。最終日とかマジでヤバかったぜ。夜中に目ぇ覚ましたら、オレの上にソレが覆いかぶさってんの。ホントに目と鼻くらいの距離で、ものすげえ声で叫んでるんだぜ。アレはさすがに、オレ死ぬのかと思った」


 なるほど、気味が悪い。そんなのに会ったらそれは気味が悪い。

 というかそんな体験していたというのに、毎日のように会っていた幸一にすら気付かせないとは。よほど慣れているのかよほど肝が据わっているのか。幸一ならしばらく挙動不審になりそうだ。

 確かに入学して数カ月という変な時期に引っ越したとは思っていたが、まさかそんな理由だったとは。


「しかし、ずいぶん可愛い幽霊ちゃんだな。オレも出るならそういう子がよかったなあ」


 今の話を聞けば確かにそうなのだろうが、どうにも変態っぽいのでそういう発言はやめてほしい。しかしそんなセリフにあまり下心を感じさせないのが、結輝特有のイケメンスキルである。


「で、大丈夫なのか?」


 一転、結輝の声が真剣なものに変わり、わずかに険しい目で幸一を見つめた。

 きっと今の話だけでなく、結輝は何度も危険な目を見たことがあるのだろう。だからこそ心配してくれるのは分かるが、だからこそ、幸一は結輝を安心させるように背中に隠れていた優の頭をくしゃくしゃと撫でながら言った。


「大丈夫。この子に害はないよ」


 根拠は幸一の主観以外には何もない。しかし幸一は優が悪霊の類などとは、とてもではないが思えなかった。


「ふうん‥‥そっか。ま、コーイチが言うんなら大丈夫なのかな」


 結輝もそんな幸一の想いを察してくれたのか、いつも通りニカッと笑ってそう答えた。


「お兄ちゃん、私、話してもいいの?」

「ん、ああ、いいよ。こいつ俺の友達で結輝っていうんだ。チャラそうに見えるけど、実際チャラいから気をつけろよ?」


 若干控え目に尋ねる優に、幸一は冗談めかしてそう紹介した。今の会話からも分かるように、結輝は軽薄に見えて案外友達思いで、芯もある男だ。もちろんそんなことを面と向かって言う気などさらさらないけれど。

 しかし結輝はそんな幸一のイジリには反応を示さず、呟いた。


「‥‥〝お兄ちゃん〟?」

「――――ぅ」


 失敗、二度目。同じ過ちを繰り返した。


「この子、コーイチの妹?」

「いや、そういうわけじゃ、ないけど‥‥」

「あ、そうなのか‥‥いや、まあ、趣味をとやかく言うつもりはないけど、そんないたいけな少女を巻き込むのは、どうかと思うぞ?」


 そして同じやり取りも繰り返した。ひどく気遣わしげに、結輝はいつかの織人と似たようなことを言いやがった。

 幸一が失意に伏せる姿を優は不思議そうに眺めている。外出はともかく、3人目を交えての会話など全くしてこなかったので完全に失念していた。悔やんだところで、後の祭りだけど。


「ていうか、なんでそんなに仲良さげなんだ?」

「‥‥一緒に住んでるんだよ。そろそろ1ヶ月くらいになるかな」


 ゼミの研究室へと歩みを再開しながら、幸一はまだ立ち直りきれずややどんよりとした口調で答える。幸一の言葉に結輝は目を丸くして驚いていた。


「マジで? とり憑かれてんの?」

「いや、そういうのじゃない、と思う。別に優を置いて1人で行動もできるし」

「‥‥へえ、なんかすげえな。さすがにオレも幽霊と同棲なんてしたことねえぞ。あ、一方的なのは別な」

「俺だって初めてだよ、こんなの」

「生前の知り合いとか?」

「分からんから困ってる」

「‥‥分からんからとりあえず一緒に住むとか。コーイチって、思ってた以上に自由人だな」


 改めてそう言われると、確かにすごいことをしている気がしてきた。どう反応すればいいか分からなくなり、いや、まあ、と曖昧な返事を返す。


「で、さっきゆーって呼んでたの、この子の名前?」


 幸一が肯定すると、結輝は人好きのする柔らかい笑顔を優に向けた。


「オレ、おにーちゃんの友達のゆーき。よろしくな、ゆーちゃん」

「よ、よろしくお願いします‥‥」


 先程のことで優はまだ警戒しているのか、おずおずとしながらぺこりと頭を下げた。


「ああ、さっきはゴメンな。幽霊っつったら凶悪でおどろおどろしいのしか見てこなかったからさ、オレもちょっと警戒してたんだわ。ちょっと考え方変えないとな」


 きちんと非礼は詫びつつ、卑屈さを感じさせない自然で爽やかな謝り方だ。ぽんぽんと柔らかく優の頭を撫でると、体を硬くしていた優も少しずつ空気ををほぐれさせていった。なんだ、このイケメン特有のコミュ力の高さは。


「でもホント意外だな。結輝がそういうの見えるって」

「まあな。気づいたのは中学ん時だったな。外歩いてたら血まみれのジジイにいきなり腕握られて、マジ泣きしながら蹴り倒して3日ほど恐怖で寝込んだことは、今でも立派なトラウマだぜ‥‥」


 結輝は言いながら青い顔をしてガタガタと震え始めた。良くないものを思い出させてしまったようだ。そしてきっと、そのジジイにとっても結輝はトラウマとなっていることだろう。


「で、コーイチはいつから?」

「俺は優が初めてだよ。今まで霊的現象にすらまともに遭遇したことないし」

「へえ、なのに突然この子はバッチリ見えたのか。そんなことってあるんだな」

「俺もビビったよ。知ってるか、織人さんも見えるんだぜ」

「うえっ、マジで!? 超意外。あの人そんなダークな世界とはかけ離れてる感じなのにな。あー、でも織人さんなら見えても当然のようにフツーに話しかけるんだろうな」

「そうそう、すげえフツーに話しかけるから、むしろ織人さんが怖えよ」

「あっはっは、その光景余裕で想像できるわ。でもあれだよな、香織(かおり)サンあたりが見えるって言うならしっくりきそうだけどな」

「確かにな。香織さんならすげえ冷静に、死なない程度にボケそうだ」

「あー、それもすげえ想像できる! で、危険だと思ったら幽霊すら気付かない間にいなくなってんだぜ!」

「はは、そのイメージ分かる!」

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