9-1
その日も、幸一はバイト先に優を連れて来ていた。
自分の仕事をこなしながら、織人は集中力半分に仕事をしている幸一を眺めていた。
すでに何度か連れて来ていたこともあったが、最近は明らかに頻度が増えている。幸いホールの人間を含
め他の店員には優の姿が見えていないようなので、唯一優を見ることのできる織人はあまり気にはしていなかった。むしろ、どうやら懐いてくれているらしいのでどちらかというと優が来るのは楽しみだった。
ブラウンのハーフパンツにシンプルな白いシャツ、その上に黒のジャケットを羽織ったボーイッシュな格好で優は幸一の周りを嬉しそうにうろついている。そして少し迷惑そうな言葉を吐きながらも、その相手をしている幸一はどことなく楽しそうだった。少なくとも、織人の目にはそう映っていた。
ピークの時間が迫り、徐々に客が増え始めると優は大人しく一旦バックルームに消え、織人も目の前の作業にある程度集中を向け始める。幸一は優といる間は少しだけ注意散漫になっているがやるべきことはきちんとこなしているし、そもそも普段が張り詰め過ぎだったのだ。むしろそれくらいがちょうどいい。
夜も更け始める時間帯になりようやく店が落ち着いてくると、それを察した優がいそいそと再び厨房に姿を現した。
「もーいーかい?」
「いいよ。でもあんまりちょろちょろするなよ」
「もう、そこはちゃんともーいーよって答えてくれなきゃ」
「あっはっは、こーいっちゃんは気が利かんな。ちゃんと女心をわかってあげんと」
「そうですよね! お兄ちゃんっていつもこんな感じなんですよ。だから悲しんでる女の人がいるのにも気づいてないんです」
「お、なになに、こーいっちゃんの恋愛話? ちょっと聞きたいんじゃけど」
「だから、そんなんじゃないって。織人さんも無駄に煽んないで下さいよ」
「そういうのが女心がわかってないってことなの!」
最近、幸一の表情は柔らかくなったように思う。それは優が初めて店にやってきた頃から少しずつほぐれていったように見えた。
優は幸一との口論(?)を終えると、幸一の腹にくっついて(2人いればお腹と背中がくっつくという状況は意外と簡単に作れてしまうらしいとかどうでもいいこと思いついた)至近距離で調理風景を眺めていた。
普通なら危ないと止めるべきなのだろうが、幽霊であるがゆえにケガの心配は無いので織人は微笑ましくそれを見守っていた。
そんな風景を見ながら、織人は思ったことそのままを口にする。
「こーいっちゃんは、優ちゃんのことが大好きなんじゃな」
「は、なんですかいきなり。いや、別に、そういうわけでも、なくもないですけど」
意外と素直な幸一である。言われた優も嬉しそうだ。
「すげえ歳の差カップルよな。こーいっちゃんてロリコン?」
「そーいうんじゃないです」
半眼ではっきりと言われてしまった。が、優は少し恥ずかしげに視線をさまよわせている。まんざらでもなさそうだ。
「そーいやこーいっちゃん、結局就活どーすることにしたん?」
「ああ、まあ‥‥相変わらず、です」
「あー、そっかー」
不意に表情を暗くする幸一だったが、正直その反応ですら変化しているように感じていた。以前は「就活」という言葉を聞くだけでさらに張り詰めていたような気がしていたから。
いまだ幸一には将来の展望としては何も見つけられていないようだが、それ以外の部分で何かを見つけたのだろうと、少なくとも見つかりかけてはいるのだろうと織人は思っていた。幸一自身が気づいているかどうかはわからないけれど。
「ね、お兄ちゃん、今日の晩ごはん何食べるの?」
「昨日と一緒。ていうか優は、どうせほとんど食べないだろ」
「おやつだったら食べるよ」
「だから、それごはんじゃないじゃん」
そして、優の関係ないたった一言で注意は早くもそちらに向かってしまっていた。先程の暗い表情はもはやどこにもない。
就活生としては褒められた態度ではないのだろうが、織人としては今の幸一はその方がいいのではないかと思った。少し極端な言い方だが、今のほうがよほど人間らしい。
「ていうか、俺のこと言う前に織人さんはどうするつもりなんですか? そもそもいつ卒業するつもりなんですか?」
「おう、まあ、どうにかするわ」
「‥‥そんな適当な」
頑張ればこの春で卒業できていたわけだが、頑張れなかった織人は現在大学6年生を開始したところである。店長にはここで働かないかと言ってもらってはいるが、それに関しては今のところ考え中だ。まあ、なるようになるというのが織人のモットーである。
「織人さんは不良なんですか?」
その会話を聞いていた優が、どことなく厳しい目つきで織人を見ていた。どうやら正義感が強い子供のようだ。
「いやいや、オレちょー真面目よ。ただちょっと自由人というか、安穏とした生活を追い求めとるというか、いかにして日々の生活を楽しむか考えとんよ」
「‥‥‥‥難しいこと考えてるんですね」
いい加減に言葉を濁した織人に、しかし優は感心したような視線を向けていた。幸一には呆れたような視線を向けられてしまったが。
「騙されるなよ優。織人さんは基本何も考えてないから」
「え、でも今すごく難しいこと言ってたよ」
「何も考えないためにはどうすればいいかを思い悩んでるだけだから」
ひどく失礼なことを言う幸一に、優はやはりよくわからないと言った様子で首を傾げていた。
「でも、お兄ちゃんもお仕事探してるんでしょ? だったら織人さんと一緒じゃないの?」
「こらこら、織人さんと一緒にするなって。俺はまだまだ社会的に死んでないはずだから」
「おーい、こーいっちゃん。それだいぶ失礼なこと言っとんの気づいとる?」
「え、俺なんか間違ったこと言いましたか?」
「うーん、だいたい合ってる!」
幸一とけらけら笑いながら、織人は少しだけその会話に驚いていた。自分の現状を茶化せるほどに余裕が生まれているとは、織人の思っている以上に幸一は柔らかくなってきているようだ。
「‥‥お兄ちゃん。お兄ちゃんがお仕事探してないの、私がいるから?」
不意に優が不安げな表情を浮かべ、幸一を見上げた。幸一は少し目を大きくすると一旦仕事の手を止め、柔らかい笑顔を浮かべて優の頬に触れた。
「そんなわけないだろ。俺は今、優がいてくれて良かったと思ってるよ」
幸一の言葉に優は表情を明るくさせて、ぎゅっと幸一に抱きついていた。この2人は見ていて微笑ましい。本当に、仲の良い兄妹のようだ。
「ていうか、仕事探してないわけじゃないし。織人さんと一緒にするなってば」
「まあ、こーいっちゃんは仕事っつーか、自分探し中って感じよな。オレも自分探しの旅にでも出てみよっか」
「‥‥ちょっとは否定してください。ていうか、自分の前に単位探しましょうよ」
「あっはっは、こーいっちゃん上手いこと言うな! 座布団1枚!」
ひと通り笑ってから、織人は話の内容が半分ほどわかっていなさそうな優に視線を向けた。
「なあ、こーいっちゃん」
「なんですか?」
幸一にも当然色々考えるところはあるのだろうが、1つだけ織人にも幸一に言ってあげられる確実なことがあった。
そんなことはきっと言われるまでもないことなのだろうけれど、幸一が思っている以上にそうして欲しいから織人は少しだけ真剣な口調でそう言った。
「優ちゃんのこと、もっと大事にしちゃらんとおえんで」
そういった織人を、幸一は目を丸めて少し驚いたように見つめ、
「‥‥何言ってんのかわかんないです」
「優ちゃんのことをもっと大事にしてあげなければなりませんよ?」
織人の方言は、場合によっては地元の人間すら聞き返すほど強く訛っているのだった。普段はある程度意識しているが、思わず素の口調が出てしまっていたようだ。
せっかくカッコイイこと言ったのに台無しである。が、むしろそのほうが自分らしいと思ってしまうのが織人という人なのだった。
そしてその言葉に対して幸一は柔らかく笑ってそう答えた。
「言われるまでもないですよ」




