6-1
優を大学に連れて行った数日後、昼寝から目覚めるとメールが来ていた。差出人は千尋。
『飲み会の日程が再来週の木曜に確定しました! 時間は6時からで、会費は1人3ぜんえん。場所はわたくしちー様が勤めるお店です!(同じくあたしが勤めるラーメン屋で締めの2次か3次か4次会もできるヨ!)本当なら20人規模の無駄にでけえ宴会部屋もらったから、思う存分騒ぐのだ! 飲み放題の時間も1時間増やしてもらったよ! 皆の衆、しっかりと予定を空けておくように! お金の準備もネ☆』
いつの間にか千尋が幹事になっていたらしい。まあ、予定は結輝がまとめたのでバイト先に話をつけただけではあるが。
そしてなんだかもう、自分の店だからってやりたい放題だ。まあ多分、千尋のことだから快く店長にも許可をもらったんだろうけど。なんだかんだで愛されキャラだから。
『りょーかい。二日酔いの準備もネ☆』と返信すると、『あたしゃ酔わねえ! 舐めんなコラ!』と返ってきた。何様だこいつ、舐めんなコラ。
ため息をついてスマホを放ると、いつの間にか昼寝から目を覚ましていた優がもぞもぞと幸一にくっついたままそれを拾った。やってはいけないことは教えてあるので、基本的には好きにさせている。
それにしても優が来てからこっち、今までなら考えられないほどにのんびりとした生活を送っているような気がする。
散歩もそうだが、夜も寝て昼も寝るなんて、体力の限界でぶっ倒れる以外ではありえなかった。我ながらどういう心境の変化なのか、眠るということに対して驚くほど抵抗が無くなっていた。
少しでも睡眠時間を削ろうと躍起になっていたはずなのに、その意地が少しずつ薄れているように思える。
今の状態にどこか安堵を抱いている一方で、しかし何かに対するどうしようもない不安も抱いている。
香織にもああ言った以上どうにかしなくてはいけないと思う一方で、このままでもいいのではないかと思っている。優のことも、そして自分自身のことも。
一体自分は今、どこへ向かっているのだろうか。何を求めて、何をしようとしているのだろうか――
「飲み会って、何するの?」
漠然とした不安を巡らせているところに、さっきのメールを見ていたらしい優ののんきな声がかけられた。
たとえ一時のものでも、この声を聞くとなぜか安心してしまう。しかし同時に、言いようのない不安を煽られているようでもある。どうして優はここにいるのか、本当に自分は優を知らないのか――。
‥‥やっぱり今は、悩むのはやめよう。
自分の不安を優にまで伝播させたくなかった。優が何者であれ、今は大切な妹のような存在。そのことに変わりはない。
幸一は嫌な思考を振り払い、その心地いい声に答える。
「この間会ったみんなで、お酒飲むんだよ」
幸一の答えに優は目を見開いた。が、まだ眠いのかすぐにとろん、とその目が緩む。
「お兄ちゃん、お酒飲むの?」
「飲むよ」
ぺし、と先日よりは力ないチョップが幸一の額に刺さる。
「お酒は大人になってからでないと、ダメです」
「いや、俺大人だから」
声のトーンが少し低く、また少し怒っているらしい優に、幸一はしかし平然と答える。
「だってお酒は、オジサンが飲むものだよ。スーツ着たオジサンたちがお店でジョーシの悪口言いながら飲むか、テレビを見ながらエダマメと一緒に飲むの」
分からなくもないが、えらく偏った思考だ。
「お酒はハタチになってから」
「あ、聞いたことある」
「ハタチは20歳のことで、俺は今21歳」
丁寧に説明すると、優は黙り込んで難しい顔で唸り始めた。これはそんなに複雑な話だろうか。
「‥‥おにいちゃんはもうおとなで、こんどおさけをのみにいく」
「え、うん。そうだよ」
悩みぬいて辿り着いた答えがそれのようだ。というか最初からそう言っているのに。
とりあえず理解してくれたならそれでいい。幸一はそれについてさらに言葉を重ねた。
「その飲み会の日は、優は留守番しててな」
それを聞いた途端、ずっと眠そうだった優の目がクワッ!と見開かれた。さすがの幸一もその反応にちょっとビビる。
「イヤです。私も行きます」
不機嫌な口調でごねるが、さすがに飲み会には連れて行けない。
もし見える人がいたら、居酒屋に、しかも飲み会の場に子供がいればあまりに目立ってしまうだろう。優には悪いがここは引いてもらうしかない。
「ダメだ。わがまま言うな」
「わがままじゃないもん。セートーなヨーキュウだもん」
またよく分からん言葉を使い始めた。そんなもんどこで覚えるんだ。テレビの影響か。
「ダメなもんはダメ。言うこと聞かないとおやつ買ってやらないからな」
「む‥‥じゃあ交換条件だ」
携帯を銃のように幸一に突き付け、優はちょっとカッコつけたポーズで言う。
「今度また、お仕事連れてって。織人さんのところ」
幸一がバイト中はよほど暇なのか、これまで何度もお願いされたことだ。ウチ以外の場所が珍しくて面白いというのと、あの1回で織人を気に入ったというのも少なからずあるのだろうが。
しかし幸一としては身近に優を見える人が3人もいることを知って、優をあまり人目につく場所に出したいとは思えなくなっていた。
人目につけばそれだけ問題が起こる可能性も高くなる。優のことで優自身を悩ませることにはなりたくない。
閉じ込めたくもないが頻繁に出したくもないという、我ながら難しい要求だ。
しかし優の拗ねた顔を見る限り、この場は引いてくれそうになかった。幸一は諦めのため息をついて、優の頭をぐわしぐわしと掻き回した。
「‥‥あー、もう、分かったよ。今度、1回だけな」
「今度っていつ。明日?」
「えらい急だな。まあ、近いうちにな」
優はじっとりとした視線で幸一を睨みつける。
「それはちゃんと約束を守らない悪い大人のセリフです。約束を守らないとオトシマエがつくんだよ」
なんかものすごい食い下がってきた。ぷひゅー、と面倒くささ全開のため息を吐いて、のろのろとカバンを漁り予定帳を開く。
「‥‥じゃあココ、来週の月曜な。それでいいだろ」
その日なら団体の予約もないし、多分客も少ない。バイトに連れて行きたくないのは人目云々も当然あるのだが、仕事中にうろうろされるとはっきり言って邪魔だ。ピークの時間帯はホールも厨房も忙しさのせいでかなり殺伐としている。
きっちり日にちを指定してやると、優はようやく満足そうな笑顔を見せた。というか、いつの間にこちらが譲歩する形になっていたのだろう。
お互い一緒に過ごすことに慣れてきて、2人の距離はかなりの速度で縮まっていた。今日のように優が自分の気持ち優先でわがままを言うようになったのも最近のことだ。それはとてもいいこと、なのだが。
今のやり取りを思うと、なんだかため息が漏れてしまうのはなぜだろう。
今の幸一には、月曜にあまり客が来ないことを祈ることしかできなかった。




