右目
この世界のことを知るため、僕は子供たちと一緒にアダム神父の授業を受けることになった。
簡単な読み書きと、計算と、愛国心を育てるための歴史の教育だ。
読み書きを習えるのは助かる。
この世界の文字が読めない以上、今後どうするにしても必要になる。
ただ、まぁ僕は二十五歳だぞ。
ちびっ子たちに混ざって授業受けるのは、ちょっと、なんていうか。
「さ、みんな、新しいお友達のエイジくんだ。
仲良くしてあげなさい」
マジかよ、って感じだ。
この世界について、知らないことは山ほどあった。
例えば、この国の仕組み。
どうやら、あの城にいる騎士団の人たちが、この国では王族のような立場にあるらしい。
そして、もう一つ。
この世界の人間には、必ず身分を証明するものが与えられる。
それが――ジェム。
宝石のような小さな石で、誰もが身に着けることを義務付けられている。
太陽のような金枠に、月が寄り添うようなデザインだ。
「みんなが知ってることですけどね、エイジくんは知らないですからね。
今日もジェムをちゃんと身に着けてるかな?」
アダム先生は首から下げているペンダントを持ち上げた。
そこには、小さな石が嵌め込まれている。
子供たちはベルトに着けたり、髪紐についてたり、まぁ様々だ。
ただ、違うのは色だ。一人ひとり、微妙に色が違う。
先生のジェムの色は青だ。
「この石の色はね、魂の重さです。
良いことをすれば色が濃くなり、悪いことをすれば濁ります」
なんだそれ、誰が判断してるんだ。
そんな疑問が顔に出ていたのか、アダム神父が僕を見る。
「良いこと、悪いことは国で決まってます。神の掟ってやつですね。
例えば罪のない人を殺すこと、これはいけないことですね」
じゃあ罪のある人は?
「罪人を殺すのは、良い行いです。でも、それは国で決められた人しか出来ませんね。
だから身分証なんですよ」
「先生」
一人の子供が手を挙げた。
「じゃあ、さっきの人は?」
教室の空気が、少しだけ変わった。
さっきの――太陽を痛がり、肌を掻きむしっていた女性。
「月狂いの病ですね。あれは……、殺さないことが罪です。
病に侵された者は、殺すことで苦しみから解放されます。
同時に、善行を積んだと判断されます」
だからアダム神父の宝石の色は子供たちのに比べて、色がはっきりしてるのか。
何人殺してんだ、あんなんを。
「エイジくんの宝石も騎士団から預かっています。
登録は教会でも出来ますからね。後でやりましょう」
「はーい、先生」
僕は返事をしながら、自分のジェムを想像した。
どうやって身に着けよう。
腰から下げるか。
なるべく邪魔にならないところがいい。
ま、ダサい感じなのは勘弁してほしい。
そんなことを考えているうちに、授業は終わった。
* * *
夜は寄宿舎に案内された。
食事は修道女の人と孤児たちと取れば良いと言われた。
決まった時間に鐘が鳴るから、そうしたら食堂へ行けば飢え死にすることはないらしい。
慌ただしい一日が終わる。
城で目を覚まして、騎士団に会って。
この世界に放り出されて。
教会へ来て。
目の前で人が殺されて。
そのまま子供たちと一緒に授業を受けた。
「死んだって、マジか……」
一人になった部屋で、僕はベッドの端に腰を下ろした。
「……」
ここの生活に慣れて、字が読めるようになったら。
「父さんの魂でも探しに行ってみるか」
それが、今の僕にできることだった。
とりあえずの目標は決まった。
ベッドに横になる前に、コンタクトを外す。
僕はアメリカの血が入ってるから、本当は目の色は薄いグレーだ。
ただ、やっぱりあんな事件があったから、父さんとそっくりのこの目を隠したくて、
カラーコンタクトを着用していた。真っ黒のやつ。
母さんの前では特に、この目でいることが、少し気まずかった。
ここには洗浄液も、コンタクトケースもない。
でももう隠す必要もないしな、と思って、コンタクトを捨てる。
「――え?」
鏡を見ると、右目だけが、異様な色をしている。
満月みたいな、金色。
あの夢で見た、あの城で見た、消えた男と同じ色の目。
僕の右目は、あの男とまったく同じ色をしていた。




