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第5章 好きな人

 高寺先輩のことを、前よりよく見るようになった。

 生徒会室へ入ると、最初に先輩の席を見る。

 いなければ、今日は委員会かな、と考える。

 廊下の向こうに姿を見つければ、なんとなく気分が上がる。

 名前を呼ばれるのも嬉しかった。

 仲がよくなったから。

 私はそう思っていた。

 ある昼休み、購買で苺クリームのパンを見つけた。

 高寺先輩が前においしそうに食べていたものだ。

 私はほとんど考えず二つ取った。

 会計を済ませてから、袋を見て少し笑った。

 また先輩の分を買っている。


 放課後。

「これ」

 生徒会室で一つ差し出す。

「私に?」

「はい」

「ありがとう」

 先輩が一口食べる。

 満足そうに目を細める。

「おいしい」

 それを見て、私まで嬉しくなった。

 私が渡したものだから、という理由がつくと、もっと嬉しかった。

 そんな自分を少し変だと思った。

 そのころから、今まで何とも思わなかった距離が気になるようになった。

「真夏ちゃん、ここ」

 資料を覗き込むため、先輩が隣へ寄る。

 肩が触れそうになる。

「この数字、去年のままになってる」

「……はい」

「どうしたの?」

「近いです」

「ごめん」

 先輩が少し離れる。

 離れたら離れたで、何となく惜しいと思った。

 自分でもよく分からない。

 もっと分からなかったのは、紗季先輩の髪に糸くずがついていた日のことだった。

「あ、紗季」

「ん?」

「動かないで」

 高寺先輩が手を伸ばして、それを取る。

「ありがと」

「どういたしまして」

 それだけ。

 なのに、面白くなかった。

 胸が、小さくざらついた。

「真夏」

 向かいの凛に呼ばれる。

「何」

「そこ、同じところ三回読んでる」

「読んでない」

「読んでる」

「うるさい」

 資料へ目を戻す。

 なんで私は、あんなことで機嫌が悪くなっているんだろう。


 数日後。

 昇降口へ向かう途中、高寺先輩が三年生の男子と話しているのを見かけた。

 二人とも楽しそうに笑っていた。

 私はまた足を止めた。

 誰だろう。

 仲いいのかな。

 どうして、そんなことが気になるんだろう。

「真夏ちゃん」

 話を終えた先輩がこちらへ来る。

「今帰り?」

「はい」

「一緒に帰る?」

「……はい」

 並んで歩き出す。

 しばらくして、我慢できずに聞いた。

「先輩」

「なに?」

「さっきの人、誰ですか」

「前の生徒会の人」

「仲いいんですか」

「去年一緒だったからね」

「……そうですか」

「どうしたの?」

「別に」

 自分でも分かるくらい、声が固い。

 先輩が少し不思議そうに私を見た。

「今日、変だね」

「そうですか」

「うん」

「気のせいです」

 先輩が笑った。

「それ、最近よく使うね」

 私は答えなかった。

 名前を呼ばれると嬉しい。

 二人きりだと嬉しい。

 近づかれると緊張する。

 私があげたものを喜んでほしい。

 他の人と親しそうにしていると、少し面白くない。

 並べてみれば、何かに似ている。

 でも、その名前を考えようとすると、急に恥ずかしくなった。

 先輩は女の人だ。

 二年生で。

 生徒会長で。

 私がずっと格好いいと思っていた人。

 だから、これは憧れが少し強くなっただけなのかもしれない。

 そう考えるほうが楽だった。

 帰り道、先輩が手帳を取り出した。

 薄い青色の付箋が何枚も挟まっている。

「先輩、青好きですよね」

「どうして?」

「そればっかり使ってるから」

 先輩は付箋を見て、少し考える。

「……うん。好きかも」

「前より早く答えましたね」

「少し慣れたのかな」

「何に」

「自分の好きなものを考えるの」

 先輩が笑った。

 胸がまた鳴る。

 私は前を向いた。

 まだ、答えを出さなくてもいい。

 でも。

 ただ尊敬しているだけではないことくらいは、もう分かり始めていた。


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