子ども好きなお色気枠
俺がそう言っても、三津島クロエは無言で俺の顔を見つめていた。
俺はしどろもどろに続けた。
「ほら、前に八百原那由太とデート中、公園で迷子の女の子拾ったことあっただろ? お前はしゃがみ込んでちゃんとその子と目線を合わせて、名前を聞き出して、自分が食べる予定だったアイスクリームを渡して、それからその子の手を引いてお母さんを探してやった」
そう、それは数年に渡った連載の中でも中盤の出来事なのだけれど、俺はよく覚えていた。
奔放さとガサツさの塊でしかないように見えた三津島クロエの意外な一面を描写した、それは読者にとっても印象深いシーンであるはずだった。
「それからしばらくしてお母さんは見つかった。お前はよかったねって言ってその子の頭を撫でて、その子とお母さんが手を繋いで帰っていくのをずっと見送ってた、そうだよな?」
俺はそこで息を整えた。
「一葉深雪や二階堂奏だったらああはいかない。一葉深雪は予想外の言動をする子どもが苦手で、二階堂奏はおっとりしてるからあそこまでテキパキとは行動できなかったはずだ。あのシーンを見てて、この人はきっと将来いいお母さんになるなって、俺はそう思ったぞ。それは他の二人にはない、ちゃんとした人間的な魅力じゃないのか?」
俺が一息に言い切ると、今まで泥のように濁っていた三津島クロエの表情が、数秒掛けてにまーっとふくよかな笑みに変化した。
「百点満点。零宮、やっぱりアンタ、人を慰める天才だわ」
「そ、そうか? そんなこと言われたの初めてなんだけど……」
「っていうか、そんなことまで知ってるってアンタホント何者なの? 私でさえ忘れてたぐらいの出来事だったのに。アンタCIAの工作員とかで私たちを監視してたわけじゃないよね?」
「その理由は伏せさせてくれるんだろ?」
「あはは、なんだか凄い人と知り合っちゃったなぁ。そっかぁ、零宮、私っていいお母さんになれると思う?」
「うんうんうんうん」
俺が凄い勢いで首肯すると、えへへ、と三津島クロエが照れたように笑い、鼻の頭を人差し指で掻いた。
照れさせることはあっても、自らが照れることは少ないお色気ヒロインの照れ笑い……実際目の当たりにしてみると、これが強い。
コイツ、こんな笑い方もするんだな……と俺がドキリとすると、三津島クロエが大型のタッパーを取り出し、俺の目の前に差し出した。
「よし、かなり及第点の慰め方だったし、予は満足であるぞ。お弁当を賜わってやろう」
「うおっ、やった! 唐揚げは!? 唐揚げは入れてくれたんだよな!?」
「そりゃもちろん。下味つけるところからやったから本格派だぜ?」
「うおーっ! 下味、下味って! 病院食では存在すらしない概念じゃねぇか! すげー!!」
俺が大騒ぎしながらタッパーを受け取って蓋を開けると、ひと目見て腕に縒りをかけてつくってくれたのがわかるような、色とりどりの弁当が姿を表した。
一瞬、感動のあまり言葉が出てこない俺の顔を、三津島クロエは少し心配そうに覗き込んだ。
「……あれ、何か気に入らなかった?」
「いや、違う。本気で感動して咄嗟に言葉が出てこなかったんだよ。俺、俺専用の弁当……!」
「もっ、もう、たかがお弁当ひとつで感動しすぎでしょ。ほら、お箸」
「おおっ、ありがとう! じゃ、じゃあ早速、唐揚げから……!」
俺が礼もそこそこに受け取った割り箸を割り、多少震える手をなんとか操作して唐揚げを頬張ると……その瞬間、口の中がおかしくなったんじゃないかと思うぐらい、鮮烈な「衝撃」が駆け抜けた。
「どっ、どうかな? 一応これでも自信作なんだけど……」
三津島クロエが、おずおずと質問してきた、その瞬間……。
急に、鼻の奥がツンとして、俺の目から急に涙が噴き出してきた。
「えっ、えぇ……!? どっ、どうしたの零宮!? 泣いてんの!?」
「……うん、そっか。これが唐揚げ、これが弁当なんだな、と思ったら、もうなんか泣けてきたわ……」
「ええっ!? まさか唐揚げの味に感動して泣いたの!? 本気で!?」
「味だけじゃない。俺のためだけのもの、っていうのが嬉しいんだよ……」
唐揚げを食べた記憶ぐらい、零宮零士の記憶の中にも数え切れないほどあったけれど、記憶と実際に食べたことの感動は決してイコールにはならない。
俺は目をしょぼしょぼさせながら、指先で目尻を拭った。
「俺だけが食べるために作られた料理なんて、俺、食べたことがないんだよ。今まで食べてきたのは病院の厨房で作られたもので、大量生産品みたいなものだろ? でもこれは違う。お前が一生懸命早起きして、俺のためだけに作ってくれたんだ、俺だけが食べる資格があるもんなんだ、って。俺、それが凄く嬉しくてさ……」
弁当を食べる――健常者なら何気ない行動であろうに、それは俺にとっては途轍もなく大きな一歩だった。
弁当を食べた記憶は零宮零士の記憶の中にもいくらでもあったけれど、「俺」が「俺」としての前世の記憶を思い出した今では、そんな何気ない出来事だって宝物だ。
俺が大事に大事に、肉の一欠片すら味わい尽くそうと洟を啜りながら唐揚げを噛んでいると。
そっと、三津島クロエが俺の頭を撫でてきた。
えっ? と驚いて三津島クロエを見ると、三津島クロエは「気の毒」を満面に浮かべて俺の頭を撫でてくれていた。
「零宮、アンタってホントに可哀想な人生送ってきたんだね……。なんかアンタに慰められてるのが申し訳なくなってくるなぁ……」
「ふぐっ……! い、いやでも、今は至って健康体だし、俺だって今はそんな可哀想では……」
「だからって唐揚げひとつ食べたぐらいで泣き出す人生は壮絶すぎるわよ。こっちなんてフラれたぐらいで大ダメージなのにさぁ」
「……お前こそ、そんな卑下したようなこと言うなよ。フラれた相手が男なのか、健康の女神様なのか、そういう話だろ。俺らはやっぱり似た者同士だよ」
俺がそう言うと、おっ、と三津島クロエが声を上げ、にんまりと笑った。
「零宮」
「なんだ?」
「私、絶対に私を拾ってくれるようなアンタのその言い方、好きだよ?」
好き。その一言に、俺の心臓がドキッと収縮した。
三津島クロエは俺のその反応に満足したように、これぞ三番目のお色気枠ヒロインの笑みというような、ニヤニヤとした意地悪い笑みで俺を見た。
「おっ、照れよる照れよる。いいなぁ零宮のそういうとこ、ウブで可愛いなぁ」
「なっ……! おっ、俺をからかうな! そういうことするのは八百原那由太だけにしとけよ……!」
「だってこっちはフラれちゃってからかう相手がいなくなっちゃったんだもん。あーあ、八百原もアンタぐらい敏感ならあんな痴女行為しなくても簡単にオトせたのになぁ」
ケラケラと笑いながら、三津島クロエはそこでやっと自分の弁当を取り出し、美味そうに食べ始めた。
やれやれ、やっと食事できるぐらいにはメンタルも持ち直したか……と安堵しつつ、俺たちはようやくまともに弁当を食べ始めた。
その後も、エビチリのプリプリとした歯ごたえに声を上げ、梅干しのしょっぱさに感動する俺を、三津島クロエは何故なのか物凄く救われた表情で見つめていた。
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