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俺の妹が天使すぎる

「お兄様、おかえりなさいませ」




 俺が家のドアを開けると、パタパタと何者かがスリッパで駆け寄ってくる音が聞こえた。


 顔を上げると、零宮零士のパッとしない顔とは似ても似つかない、まるで天使のような愛らしい美少女が制服にエプロン姿という、真に大盤振る舞いの出で立ちで俺を出迎えてくれた。




「おう、ただいま、える」

「お兄様、どうなさったんですか? なんだか楽しそうですね?」

「おっ、そうか。俺、そんな顔してるか?」

「していますとも。ただえさえ一昨日(おととい)ぐらいからなんだか雰囲気も言動もいつものお兄様っぽくないし……」

「まぁ、そうかもな。える、実はお兄ちゃんはな、ちょっと前世の記憶を思い出したんだ」

「え、前世の記憶、ですか?」

「そうだ。前世の俺は物凄く病弱で、心臓に重大な欠陥を持った大病人だったんだ」




 俺が玄関に上がりながらえるの頭を撫でると、当然、という感じでえるも「撫でられる」体勢になった。




「前世のお兄ちゃんにはこんな可愛い妹もいなかったし、ずっと病院だったから友達もいなかったんだ。そんな寂しくて報われない記憶を思い出したら、そりゃあ今を生きてるのが楽しくもなるだろ?」




 俺がごしごしと、掌の熱を擦り付けるように頭を撫でてやると、うむぅ、とえるは目を細めてむずがる声を上げた。


 その様はまるで猫のようで、その強烈な愛らしさにはどうしても口角が緩んでしまう。




 彼女の名前は零宮える。俺たちが通う――というより、『シュレディンガーの恋』の舞台となる私立青藍学園の中等部に通う中学二年生で、零宮零士の、そして「俺」の妹である。


 子犬のそれのような大きくてつぶらな瞳、背中まで伸ばされた栗色の髪、同年代の生徒よりも小柄な身体、どこか浮き世離れした敬語口調――。


 このモブキャラにどうしてこんなレベル高い妹が、と俺自身首を傾げたくなるのだけれど、零宮えるは一見して「美少女」としか形容しようがない、物凄く愛らしい見た目をしていた。


 零宮零士はどうやら存在感の薄い、至って陰キャな性格をしていたらしいが、この妹だけは妹としてこよなく可愛がっていた記憶があるので、前世の記憶を思い出した「俺」も遠慮なくこの愛らしい妹を溺愛することにしていたのである。




 俺が頭を撫で終わると、えるは不思議そうな表情で俺を見た。




「前世の記憶、ですか……。お兄様のようなつまらない人がそんな面白そうな作り話を作れるわけがないので、本当なんだと思います」

「そうだぞ。それにお兄ちゃんはお前との間にだけは秘密は作らないからな。それはわかってるだろ?」

「でも、それだけじゃない。今まで私が渡していた昼食代まで断るようになったのには何か別の理由がある、そうですよね?」




 えるがそんなことを言ったので、まいったなぁ、と俺は頭を掻いた。




「察しがいいなぁ。――実はな妹よ。俺に友達が出来たんだ」

「とっ、友達――!? お兄様にですか!?」




 素っ頓狂な声とともに、えるがその世界一デカくて豪華な西洋の美術館の一番奥に飾られている二万カラットの琥珀のような目を大きく見開いた。




「まっ、まさかそんな――! 人間嫌いでものぐさで対人スキルゼロのお兄様にそんな大胆なものができるなんて!」

「そうそう、俺も全くそう思うよ。更に言うと、女友達なんだ。弁当もその人に作ってもらってる」

「ひゃーっ、じょっ、女性!? 女性の友達!! しかもお弁当まで!? 明日は槍どころか方天戟(ほうてんげき)が降りますね!!」

「うむうむ、える。お兄ちゃんはお前のそのお兄ちゃんを溺愛している風にして辛辣にけなしてくるところ、信頼してるぞ」

「そっ、それで! お兄様が友達以上恋人未満になったその女性って、どんな人なんですか!? 三つ編み眼鏡の図書委員さんですか!? 無口な前髪パッツンのコケシ系女子ですか!?」

「それがなぁ……」




 多分これを言ったら荒れるだろうなぁ、と思いつつ、俺は苦笑した。




「実はな、その……三津島クロエ、って人なんだ。お前も知ってるだろ?」




 三津島クロエ。その名前を出したその瞬間、えるは興奮が急激に冷却されてしまったかのように無表情になった。




「お兄様」

「なんだ?」

「お兄様って、もしかしてCIAの工作員だったりするのですか?」

「おっ、人から日に二回もCIA扱いされたのは人生で初めてだな。して、その心は?」

「ハニートラップです」




 えるはその愛らしい顔に隠さず嫌悪感を浮かべた。




「三津島クロエ、って、中等部でも有名な女子生徒じゃないですか。目立つ見た目してて、はしたない身体つきしてて、しかもそれを惜しげもなく使って男を誘惑してると噂の……」

「おっ、おお、中等部でもそういうイメージの人になってるんだな、アイツ。言葉通りなのはそのとおりだけどなんとも気の毒な……」

「お兄様のような陰気でパッとしない男性がどのような経緯であのような派手な女子と友達になんかなれるというんです? お兄様が何か国際情勢を揺るがすような機密情報を握っていて、あの女はそれを奪取するために差し向けられた女スパイである以外に可能性は考えられません」

「もうちょっとまともな線の可能性を考えてくれよ」

「いいえ、考えられません」




 この愛らしい妹は妙なところで強情であるようだ。


 フゥ、とため息を吐いて、俺は説明を開始した。




「まず、える。お前は厄介な誤解をしている。アイツがそういうイメージを持たれるのも、今までの行動を考えればまぁ仕方がないのかもしれない。けれど、本当の三津島クロエは特にそんなビッチというわけではないぞ」

「そんな! 既に魂まで籠絡されてるなんて! お兄様、お兄様戻ってきてください!」

「いいから話を聞け。ぶっちゃけ言うとな、アイツ、男にフラれたんだよ」

「はい?」




 えるが目を丸くした。




「今まで超絶沼っていた男に、一年かけて手酷くフラれたんだ。今までの痴女行為もその男を振り向かせるための行動だったんだよ。それで、物凄く泣き喚いているところを見かけた俺が慰めた。つけ込まれるどころか、弱ってるところにつけ込んだのはむしろ俺の方なんだな」




 ケラケラと笑いながらの俺の説明に、えるの世界一デカくて豪華な西洋の美術館の一番奥に飾られている二万カラットの琥珀のような瞳が、ロンドンとパリの方をそれぞれ向いた。


 数秒かけてその瞳が真正面に戻ってくると、えるは、信じられない、という表情と口調で呻いた。




「信じられない、お兄様が人を慰めるなんて……。そんな男性らしい甲斐性や優しさなんか欠片も持っていないはずの人なのに……!」

「失礼な、欠片ぐらいは持ってる。持ってたから慰めたんだよ。ハンカチまで差し出したんだぜ? どうだ、なかなかにジェントルメンだろ?」

「まさかお兄様のようなおつむのよろしくない人がそのように巧みな作り話を作れるわけがないので事実なんでしょうが、それにしても、何故によりによってあのような女と……!」

「まぁ、タイミングってものがあったんだろうな。それから毎日、俺はフラれてメソメソ落ち込んでるクロエを弁当を対価に慰めてるというわけだ。だからそんなに不純な関係じゃないんだよ」




 俺が苦笑交じりに言うと、兎にも角にも納得したのか、えるが頷いた。




「そういうことならわかりました。重ね重ね聞いておきますが、ハニートラップではないんですね?」

「そもそもそんなトラップを設けられるぐらいの重要機密情報なんか持ってないからな」

「全くもう、心配させないでください。友達になったと聞いた時点で、(くだん)の泥棒猫を亡き者にする方法を十通りぐらい考えてしまったんですからね」

「実行するなよ、くれぐれも」




 全くもう、この妹は愛らしい見た目とは裏腹に、本当に口が悪いなぁ……俺が辟易していると、俺のスマホから通知音が鳴った。


 俺がスマホを取り上げると、案の定というかなんというか、三津島クロエからのLINEだった。




《やっほ~、今日はありがとうね。明日のお弁当は何が食べたい?》




 そうだなぁ、今日は唐揚げを食べたから、明日はチーズ入りのハンバーグがいいかなぁ……などとニヤニヤしながら考えていると、ふと、物凄く凍てついた視線を間近に感じた。


 ん? と視線を上げると、えるが真冬のシベリアの地吹雪のような視線と表情で俺を見つめていた。




「お兄様……ぶっちゃけキモいです」

「んなっ……!?」

「いくら友達が出来たからって、LINE一本でそんなにデレデレ鼻の下伸ばすということは、やっぱり少なからずクロエさんを友達じゃなくて一人のメスとして意識しまくってるじゃないですか」

「こっ、これは違う! 俺がデレデレしていたのはあくまでお弁当の内容にであってだな……!」

「これはいけない、いけませんね……このままでは遠からずお兄様はクロエさんに身も心も干からびさせられてしまいます……そうだ」




 顎の下に手を添えて何かを考えていたえるがパッと顔を上げた。




「明日、私がお兄様を護衛します!」

「はぁ?」

「私が近くにいればクロエさんもそう簡単にお兄様に手は出せないはず! お兄様、明日は一緒に登校しましょう!」

「え、そ、それはちょっと……。俺の今までのイメージ的にこんな可愛い妹と一緒に登校するなんてことは……」

「私が可愛いからこそいいんです! 泥棒猫も自分と同等かそれ以上の美少女がお兄様の近くにいることを知れば私の存在に一目置いてお兄様への手出しをためらうはずです!」

「でっ、でも……」

「いいから言うことを聞いてください! 明日お兄様が私と一緒に登校してくれないと言うなら、もう二度とプリン買ってきてあげませんからねっ!」

「えぇ……!? そ、そんな殺生な……!!」




 プリン。生前は何を食っても砂の味だった俺が今絶賛ダダハマリ中の甘味を人質に取られれば、俺は黙って頷くしかなかった。


 そんなわけで、俺は次の日、ラブコメ漫画の陰キャモブにあるまじき行為、すなわち超絶美少女の妹と一緒に登校するという主人公的ムーヴをカマすことが決定したのであった。





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