俺の妹とお色気枠が修羅場すぎる
「お兄様、もっと引っ付いてください! でないと見せしめになりませんよ!」
「みっ、見せしめって……! お、おい、ちょっと離れてくれ。歩きにくいんだよ……!」
「歩きにくいのと干からびるのとどっちがいいんですか! いいからホラ、もっとこすりつけるような勢いで!」
「ちょっ、ちょ……! 頭ぐりぐりすんな、ぐりぐり! 全くもう、こんな可愛い妹にそんなことされたらお兄ちゃんが目立っちゃうだろ……!」
明くる日、俺は妹のえるに左腕をガッチリとホールドされたまま登校していた。
案の定、私立青藍学園のデカい校門に次々と吸い込まれてゆく生徒たちの視線の八割ぐらいが俺たちに集中し、俺は何とも居心地の悪い気持ち半分、こんな可愛い妹に溺愛されている優越感半分で通学路を歩いていた。
「え、える。せめて腕を離して横に並んでくれないか? それなら十分に護衛してることになるだろ? いくらなんでもこの近さは……!」
「何を言ってるんですか、こうやってお兄様の所有権を主張していないと意味がないんです! 四の五の言うならいっそお兄様におんぶされて登校しますよ、それでもいいんですか!?」
「いいわけない、いいわけないだろ! ……ったく、オイオイ羨ましいからってあんまり見るなよ。いやぁ、困っちゃうなぁ……」
どうしても脱力してしまう鼻の下と唇でふにゃふにゃとボヤきながら歩いていると、「えっ、零宮……!?」という声が背後に聞こえ、俺は振り返った。
んお? と振り返った先に、輝くような銀髪と、唖然呆然、という感じで俺と俺の妹を見ている三津島クロエの驚愕の表情があった。
「おっ、おうクロエ、おはよう。なんだか妙な状況で応対して悪いな」
「ぜっ、零宮、その隣にいる子って……!?」
「ああ、これか。実は俺の妹なんだ。……ほら、える。先輩に挨拶しなさい」
俺が促すと、俺の左腕を離さないままに、キッ! とえるが視線を鋭くさせて三津島クロエを睨みつけた。
かなり険悪な視線で睨みつけられたのに、えるを視界に入れたままの三津島クロエの目は驚いたように丸くなったままだった。
「うわ、可愛い子……。零宮、本当にこの子ってアンタの妹なん? マジで?」
「ああ、何かの間違いじゃないかって思うだろ? けれど正真正銘、俺と血肉を分けた妹なんだなこれが」
「出ましたね、泥棒猫……! お兄様、もっと私に引っ付いてください! でないと取り込まれちゃいますよ!」
「とっ、取り込まれるってなんだよ……! 魔神ブウじゃないんだから……!」
「はじめまして、えるちゃん。私は三津島クロエ。零宮のクラスメイトなんだけど……」
「えぇ、知っておりますがご丁寧にどうも。けれど私がここにいるからにはもうあなたに好き勝手はさせませんよ! そのはしたなく巨大な乳でお兄様を誘惑しようとしても無駄ですからね、この尻軽ビッチ女!」
えるが甲高い声でそう面罵した瞬間、ピキ……という感じで三津島クロエの端正な顔が硬直した。
「こっ、こら、える……!」と俺がたしなめると、数秒後には顔に走った亀裂を隠すかのように三津島クロエがしどろもどろに口を開いた。
「ふっ、ふ~ん……零宮、アンタ随分と妹さんと仲がいいのね? 出会って数秒でビッチって言われたの、流石に私も初めてなんだけど……」
「すっ、すまんクロエ。悪気はあるかもしれないが本気ではないんだ。なんか妹はお前について変な勘違いをしてるみたいでさ……!」
「誰が勘違いで彼氏でもない男に弁当なんか作るものですか。ああ、可哀想なお兄様。いくらぼっちだからってよりにもよってこんな魔性の女から魅入られてしまうなんて。血さえ繋がっていなかったらこんな尻の軽い女に魅入られる前に私がお兄様の全てになっていたというのに……」
よよよ、と大袈裟なぐらいに嘆き、俺の肩に顔を寄せるそぶりを見せながら、ちら、とえるが三津島クロエの表情を伺い、んべっと舌を出してみせた。
俺はヒエッと悲鳴を上げ、三津島クロエの顔に、ミシ……とさらなる亀裂が走った。
「……ごめん零宮、出会って数秒でこんなこと言うのもナンだけど、私、アンタの妹さんとはあんまり仲良く出来ないかもしれないわ」
「私も同感です、三津島クロエさん。その不埒な乳肉を使ってお兄様を誑かす淫魔は退治するものであって仲良くするもんじゃありませんから」
「ちょちょちょ、何を出会って数秒で宿敵認定し合ってんだよ……! というか、える! 全面的にお前が悪いぞ! 謝りなさい!」
「いくらお兄様の言うことであってもこればっかりは謝罪も撤回も出来ません。お兄様の隣にいるべきは妹の私なんです。ポッと出のデカ乳女なんかにお兄様は渡しませんからね」
フン! と、えると三津島クロエは同時に鼻を鳴らして顔を背け、互いを拒絶しあった。
俺は――というと、嫁と姑のいざこざに挟まれた婿さんとはかくなるものか、という感じで焦り、えると三津島クロエの両方におろおろと視線を向けていた、その時だった。
「あ、三津島……」
不意にそんな声が聞こえ、はっ、と三津島クロエが振り返った。
ん? と俺とえるがそちらの方に同時に視線を向けると。
数日前に見た、一見して冴えない男、と表現できる、ぼさぼさの寝癖頭の男子生徒が目に入った。
「え? あ、や、八百原おはよう……」
三津島クロエが動揺したかのように、ぎこちなく返答した。
それと同時に、その寝癖頭の男子生徒も、おっ、おう、などと曖昧な返事を寄越した。
改めて見ても、やっぱり冴えない男だな、というのが、俺の偽らざる感想だった。
顔立ちそのものはそれなりに整ってはいるものの、その派手なところなどなにひとつない風体である上、ただでさえ癖の強い髪は寝癖が全く直りきっていない。
中肉中背を地で行く特徴のない見た目、締まりのない弛んだ表情、知性を感じさせない目。
一度忘れたら二度と思い出せないような凡庸な見た目の男であるのに、この男が街中ですれ違ったら誰もが振り返るような美女数人に想いを寄せられているというのも――如何にこの世界がラブコメ漫画の世界とは言え、にわかには信じられない事実だった。
八百原那由太――このラブコメ漫画『シュレディンガーの恋』の主人公。
その男が、数日前に手酷くフッた女を前に、何だか居心地悪そうに立っていた。
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