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ズリネタにしかなれないお色気枠

 明くる日の昼休み開始直後、俺はまた小走りで、例の校舎裏に来ていた。


 今日も心地よく快晴で、間もなく初夏を迎えようとする日差しが心地よかった。


 生前、このように季節や風景を楽しむ機会も余裕もなかった俺には、特別何かがあるわけでもない校舎裏の風景でも格別だった。


 ああ、健康っていいなぁ――俺が思わず泣きそうな気持ちになっていると、足音が聞こえ、俺はそちらの方を振り返った。




「おお、クロエ。今日もお世話に――ええっ!?」

「……おはよ零宮。ごきげんよう」




 そう言ってこちらに歩み寄ってきた三津島クロエは、物凄く沈んだ表情と(にご)った目で俺を見た。


 ひと目見て「うわっ」と悲鳴を上げそうになるほど、三津島クロエの顔は土気色で、今にも四つん這いに崩れ落ちて嘔吐しそうな表情をしていた。


 それだけではない、彼女の背後には後光のように禍々しい負のオーラが噴き出していて、背景がゆらゆらと揺らいでいるのではないかと思わせる。


 フラれた直後である昨日よりも、なお沈んだ表情と雰囲気の三津島クロエに、俺は血相を変えて問うた。




「ごっ、ごきげんよう、って、どう見てもそっちがごきげんようない感じじゃないか!? どうした!? 具合でも悪いのか?!」

「いやぁ、そんなことはない、そんなことはないの。ただちょっと、物凄く落ち込んでるというか、落胆してるというか……」




 そう言って、三津島クロエは俺が腰かけている階段の、その数段下に腰かけ、ハァ~……と重苦しいため息を数秒に渡って吐いてから、ガクッ、と頭を揺らした。




「……ねぇ零宮。私ってそんなに女としての魅力ってない?」

「え? あ、いやいや。そっ、そんなことはないだろ。むしろグラビアクイーンなら魅力は抜群というか……」

「それはメスとしての魅力であって女としての魅力とは違うと思わない?」

「よ、よくわかんないよ」

「要するに、私ってオカズにはなっても、いい彼女とかお嫁さんにはなれないのかね。男子の目から見てどう?」

「お、オカズって……! 本当にどうしたんだ、何があった!?」




 どうやら相当に落ち込んでいるらしい三津島クロエを問い質すと、ハァ、と再び陰気なため息をつき、三津島クロエはごそごそと弁当袋を(くつろ)げ始めた。




「……今朝、登校中に八百原を見かけたのよ。あんなことがあった昨日の今日でしょ? スルーしてやり過ごそうと思ったのよ。そしたらアイツの隣に一葉さんが立ってるわけ」




 はっ、と、俺は息を呑んだ。


 一葉――一葉(ひとつば)深雪(みゆき)。このラブコメ物語『シュレディンガーの恋』のメインヒロインである美少女。


 まだお目にかかってはいないけれど、その艶やかな黒髪とすらりとした立ち姿が可憐な、品行方正、頭脳明晰、スポーツ万能、家は旧華族の血筋で父親は代議士という名家のお嬢様。


 容姿と家柄、才覚は圧倒的なのに、誰に対してもニコリともしないその峻厳な性格と、一度牙を剥けば人の尊厳をけちょんけちょんにしてしまう鋭く厳しい舌鋒(ぜっぽう)を知られるツンデレ美少女である。




「知ってると思うけど一葉さん、ああいう性格でしょ? 誰に対しても基本的に辛辣(しんらつ)で冷たい人じゃない。わかる?」

「うっ、うん、よく知ってる」

「でしょ? それなのになんだかいつもの毒舌が出てこないわけ。それどころか何も言わないで、つくねんと八百原の隣に立って下向いて歩いてるわけ。ただいるの、八百原の隣に」

「あ、ああ~……なんとなくわかってきたぞ。もうお互い余計なやりとりが必要じゃない感じ、ってことか?」

「そうそう、察しがよくて助かる。……んで、黙って後ろから見てたらね」

「うん」

「ちょん、って。八百原の指が触れたの、スクールバッグを持ってる一葉さんの手に」




 その途端、三津島クロエから発する負のオーラが強まった。




「本当に、ちょん、って感じよ? ちょん、って、ほんの少しだけ。そしたら、その瞬間によ? 八百原も一葉さんも顔が真っ赤っ赤になったの」




 あちゃあ……と俺が思うと、どろん、と、三津島クロエの濁った色の碧眼から、何か真っ黒い泥のようなものが滴り落ちたように見えた。




「ごっ、ごめん、い、いえ、こちらこそごめんなさい、って。別に八百原も一葉さんもどっちも悪くないのにどもりながら謝って、真っ赤になって俯いたり顔逸らして頭掻いちゃったりしてさ」




 オオオオ……と、三津島クロエが発するオーラが亡霊のうめき声を上げ始めた。




「私、八百原からあんな表情と反応もらったこと、一回もないんですけど? アイツに何回おっぱい触らせたと思う? 何回押しつけたと思う? 九十五センチのHカップ、FRIDAY(フライデー)いわく《国宝級ウルトラバスト》ですよ? 一葉さんの十倍はある、絶対それぐらいはある。なのに、なのに私の十分の一しかない女が何故にちょっと触れたぐらいであんな表情を引き出せますかね?」

「く、クロエ……」

「その時私、頭の片隅で考えたのよ。ちゃんと選ばれる女と選ばれない女の違いについて。つまり私は小汚い男どものズリネタにはなっても、お嫁さんにしようとまでは思われない女なんだって。つまり(めかけ)よ妾」

「ちょ、おい……! ズリネタって! あんまり自暴自棄な言い方するなよ……!」

「世が世なら頭がハゲ散らかってて脂ぎってる半分ヤクザの材木屋のオヤジとかに囲われて億ションの一室与えられて、そこでなんの金銭的不自由も不安もなく、ただただ親爺が部屋に来るのをぼんやり待つだけの女なんだって。そう考えたら自分の価値が百グラムぐらいしかないんじゃないかって、私、真剣に落ち込んじゃって……」

「も、もういい、もういい。月並みなことしか言えないけど、そんな落ち込むなよ……! なんだよ材木屋のオヤジって!」




 くっそう、こんなところでこのジレンマの影響が出てくるか……俺はそのタイミングの悪さを呪った。


 確かに、ラブコメにおいて三番目、そしてお色気枠のヒロインには必ずついて回る問題、それが「お色気枠のジレンマ」である。


 とかくお色気枠のヒロインが勝てない理由の最たるものが、ひとえにメスとしての価値が高すぎて、主人公がそれに靡くと性欲に負けてしまった感じがしてしまうためなのだ。


 この主人公も所詮は身体目当てかと、読者にそう思わせてしまう可能性がある以上、アピールすればアピールするほど主人公はますますお色気枠ヒロインに靡きにくくなる……それが「お色気枠のジレンマ」なのである。


 個別のヒロインレースが決着してからもバタフライ・エフェクトのように影響を及ぼすジレンマの力の凄まじさに恐れおののきながらも、俺は必死になって励ます口を開いた。




「とにかく、お前が落ち込んでる理由はわかった! けれどお前はお前でちゃんと魅力ある人だろ! だから元気出せよ!」

「例えばどんな魅力?」




 物凄く低い声で物凄く鋭い問われ方をした俺は、脳内のニューロンが鋭く火花を上げるのを知覚した。


 落ち着け、落ち着け俺。こういう慰め方をした時点でこの問いは予想通りだろ。


 原作なら台詞をほとんど暗記するぐらいまで読んだ、ならば三津島クロエのお色気要素以外の魅力なんて簡単に見つかるはず――!




 俺は数秒間、凄まじい勢いで原作の記憶を掘り起こし――はっ、と、あるシーンを思い出した。




「……例えば、子ども好きなところとか」




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