Side三津島クロエ①
私――三津島クロエは、ぶっちゃけ、モテた。
母親が北欧出身という血のせいで、どこにいても一発で目を引く銀髪、日本人離れした目鼻立ち、長い手足、人並み外れてデカい胸と尻が、生まれつき私には備わっていた。
とにかく、私は人間が優れた容姿の条件として望み得るほとんどのものを獲得して生まれてきたという自負が、ちょっとだけある。
だから――とにかく、ほしいものは割と手に入るのが当たり前だった。
特に男の子は、私が少し微笑みかけるだけですぐに私のことを好きになった。
この国ではかなり珍しい容姿を認められ、芸能界という選ばれた人間だけが籍を置ける世界に引っ張り上げられた後は、もともと負けず嫌いな性格だったこともあって、あれよあれよと人気を獲得。
今ではどこへ行っても、アホみたいな笑顔を浮かべて裸を晒している私の写真が表紙になっている雑誌が、日に数度は目に入るぐらいには出世した。
だから――人生でまさか、あんな冴えない男にこんなに入れ込むことになるなんて、考えもしなかったことだった。
八百原那由太。私が一世一代の初恋をして、そして、フラれた男。
ひと目見て「冴えない男」としか表現できない平凡な容姿、平凡な能力しか持っていないのに、何故だか物凄く母性本能を刺激する、不思議な男。
芸能人であり、今をときめくグラビアクイーンである私を特別扱いせず、あくまで同年代の女子として接してくれる彼に、私が特別な興味を持つまで時間はかからなかった。
けれど――それが苦難の始まりだった。
何しろ、ひょっとして人間に化けた宇宙人なのではないかと真剣に疑うぐらいに、異常に優しい反面、異常に鈍感で、優柔不断で。
そのお人好しな性格ゆえに複数人の女子から想いを寄せられても、いつまで経ってもあっちへフラフラ、こっちへフラフラとして。
何度言い寄っても煮えきらない態度ばかり取る彼に、いつも私の心は翻弄されっぱなしだった。
そして更に悪いことに――私が彼に惹かれ始めた時、既に彼の側には、二人のヒロイン候補がいて。
そのヒロイン候補は、私と違って、いずれもちゃんとした人間的魅力を持っている人だった。
一人は、文武両道で、己にも他人にも厳しく、彼が好きだからといって決して下手に出ることも媚びることなく、常に選ばれるための努力が出来続ける人だった。
もう一人は、温和で、家庭的で、包容力があって、彼がなにか落ち込んだりしたときは、その手を取り、朝までだって悩みを聞いてあげる事ができる優しさを持った人だった。
他の二人のヒロイン候補に対して、私が持つ、成熟しすぎた肉体と、世間で大人気なグラビアクイーンという肩書きは、武器としてあまりにも心細いものでしかなかった。
だから、私は過激になるしかなかった。
性格や能力で他の女子と差別化が出来ないなら、グラビアクイーンという地位と、成長しすぎたこの身体を使って。
事あるごとに引っついて胸を押しつけたり、谷間を見せつけたり、時にはいつものグラビア仕事でも絶対に着たりしない紐みたいなビキニを着てみたり。
自分でもはしたないとはわかっていたけれど、誘惑する以外の方法で彼の視界の中に留まり続ける術を、私はなにひとつ持っていなかった。
けれど――その戦い方は、当然ながら私を激しく消耗させた。
悩殺してしまおうと彼に這い寄るたび、彼はいつもいつも顔を真っ赤にしたまま曖昧に視線を逸らし、彼氏でもない男をそんな風にからかうのはよくないことだと私を窘めた。
からかってるわけじゃないのに。
遊んでるわけでもないのに。
あなたに選んでほしくてやってることなのに。
そうやって曖昧に拒絶されるたびに、体を張るしかなかった私の決死の思いは、いつもはぐらかされ続けた。
そして、極めつけは、昨日の出来事。
告白してから足掛け一年に渡った「考えさせてほしい」の期間は、「ごめん」の一言で呆気なく終りを迎えた。
私は彼の彼女にはなれないことが、正式に彼から通達された。
その一言は、削りに削ってすっかりとやせ細った私の中の何かを、とうとう粉々にした。
あんなに頑張ったのに。
あんなにはしたなく、繰り返し繰り返し迫ったのに。
それを見ている他人から、やれビッチだやれ痴女だと陰口を叩かれていても、聞こえないふりだって出来たのに。
どれだけ誘惑しても、どれだけ選ばれようと努力しても。
所詮は彼に選ばれることなど、最初から有り得ない運命だったのか。
だったらこの一年、私がやってきたことは、一体何のためだったんだ?
散々空回りをして、散々ヒかれて、散々みじめな道化を演じて。
それでも――運命の女神は私に微笑むことはなかった。
もう、立ち上がれないと思った。
自分の全てが涙と嗚咽の中に溶けて、すっかり消えてしまえばいいとさえ思った。
けれど――惨めさに打ちのめされ、情けなくうずくまって泣くしかない私の肩に、そっと手を置いてくれた人がいた。
「俺が死にたくないと思ってたのと同じぐらい、お前だって八百原那由太に選ばれたかったんだよ。情けないなんていうな」――。
あの一言を聞いた時、私の心は一体どれだけ救われたんだろう。
そうだ、私は選ばれたかった、選ばれたかったんだ。
どんなに惨めでも、どんなに他人にヒかれても、最後にアイツに彼女として迎えられたなら、それでよかったんだ。
私のその悲壮な思いを汲んで、これ以上ない言葉で慰めてくれた彼。
昨日初めて話したばかりだけど、不思議とその会話は苦痛ではなかった。
ぶっちゃけた話、パッと見の印象の薄さでは八百原と同等か、それ以上の男子だけれど。
かつて明日をも知れぬほど病弱だったという彼の境遇と、最初から選ばれないとわかっていても足掻くしかなかった私の境遇は、不思議と似ている気がしたのだ。
気がつけば、私は彼の胸に顔を埋め、思いっきり泣き喚いていた。
彼なら私が感じ続けていた惨めさと敗北感をきっと理解してくれる――そう確信できたから。
勝ち気で負けず嫌いなはずの私はその日、人生で初めて、他人に弱りきった自分を曝け出した。
積もり積もったものを他人に吐き出すと、あんなに心が軽くなるなんて、初めて知った。
まだ心の中の悲しみや悔しさは全て取り切れていないけれど、それでも、彼の胸を借りたことで、私の心を容赦なく押し潰している重石のひとつかふたつが消えたのがわかった。
弱ったときは人を頼ればいい――それは今まで孤軍奮闘を続けていた私にとって、これ以上なく安らかで、また心強い気持ちだった。
そして今――私は自室のベッドの上に寝転がり、彼から送られてきたLINEのメッセージを見つめていた。
《零宮零士です。明日は出来れば唐揚げというものを食べてみたいです》
この人、唐揚げも食べたことないんだなぁ……私は妙なところに感心しながらも、明日彼に愚痴を聞いてもらうための対価として食べさせる唐揚げのレシピを頭に思い描いていた。
普段は冷凍食品をチンして間に合わせてるけれど、明日はいつもよりも早起きして、ちゃんとした唐揚げを作ってあげよう――。
フフ、と、意図せず出てきた笑い声を耳に聞きながら、私は以下のメッセージを返信した。
《了解。でもその分は働いてもらうぜ》
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