過去を回想する陰キャモブ
学園中の噂。
その一言に、俺はちょっと驚いて目を丸くした。
「え……う、噂になってんのか?」
「そりゃそうだよぉ。零宮君、あのクロエちゃんに誘われたんだよ? あの子は学園中の人気者だし。私だって聞いたときには驚いたもん」
「そ、そうなのか……!? 俺、友達とかあんまりいないから知らなかった。た、確かにそりゃあ、噂にはなるだろうけど……」
俺がしどろもどろに答えて俯くと、うふふ、と笑って、二階堂奏が俺の顔を覗き込んできた。
「それで、零宮君はクロエちゃんと一緒に花火見るの?」
なんだか改まってそう訊ねられると恥ずかしくて、俺は多少赤面しながら頷いた。
「あ、うん。一応、そのつもりではいる……かな」
「へぇ~、ということは零宮君とは両想いかぁ。羨ましいなぁ、クロエちゃんが」
「……そこは羨ましがるのは普通俺の方じゃないか? 相手はあの三津島クロエだぞ? こんな友達のいない陰キャと比べれば月とスッポンじゃないかよ。もちろん俺の方がスッポンという意味で……」
「んーん、卑下しない卑下しない。零宮君は結構カッコイイ男の子だと思うよ? 私のこと泣きながらアツく励ましてくれたりしたしねぇ」
ニコニコと微笑みながらあっけらかんと言われて、俺は更に赤面した。
「それに、クロエちゃんが零宮君を花火見る相手に選んだ理由、わかるもん。零宮君といるときのクロエちゃん、凄く幸せそうな表情するもんね。なんというか、救われてる、って感じの」
救われてる。その一言に、俺は訳もなく胸を衝かれた気分になった。
二階堂奏はまだそう遠くはなっていない過去を思い出す表情で続けた。
「なー君にアタックしてたときのクロエちゃん、たまに凄く疲れたような表情を浮かべることがあったんだよ。ほら、なー君って凄く優しい性格してるけど、その反面、かなり優柔不断だから。わかる?」
「う、うん。なんとなくは」
「クロエちゃんを傷つけたくないって思いが強すぎたんだよ、なー君は。だからクロエちゃんがいくら積極的になっても、ちゃんと答えてあげることをしなかった。なー君に振り向いてほしかったクロエちゃんにはそれが却って残酷な優しさだったんだよね、きっと」
あはは、と、二階堂奏は乾いた声で笑って、ちょっと無言になってから。
不意に、二階堂奏は興味津々、という表情を浮かべて横にいる俺を見た。
「ねね、零宮君はクロエちゃんのどんなところを好きになったの?」
「えっ?」
「だって、両思いなんでしょ? クロエちゃんが零宮君を好きになった理由はなんとなくわかるからさ。逆に零宮君はクロエちゃんのどんなところを好きになったの?」
「えっ、えぇ――!?」
俺は赤面して、ぷい、と顔ごと二階堂奏から顔を逸らした。
「だっ、誰がそんなことホイホイ口にするかよ! 理由なんてもんはどうでもいいというか――!」
「それじゃ答えになってないよね? いいでしょ、本人はここにはいないんだから。クロエちゃんのどこが好きになったのか聞かせてよ」
「ど、どこ、って――! あんなメス感の暴力みたいな人、オスなら誰でも好きになっちゃって当然だろ! 俺もそうだっただけだって!」
「んふふ、零宮君は嘘が下手だなぁ。そうじゃないでしょ? 零宮君はそんな表面的な魅力で人を好きになったりしない人だってわかるよ。零宮君、そもそもクロエちゃんのこと、結構長い間、気にしてたんじゃない?」
はっ、と俺は二階堂奏を見た。
「ど、どうしてそれを――?」
「私、他人のそういうのがなんとなくわかるんだよね。もちろん零宮君のアトランティックレコードみたいに凄い能力じゃないんだけれどさ。クロエちゃんと仲良くなる前から、零宮君はクロエちゃんのことをずっと見てた。ずっと見ていて、仲良くなって、それである時にふっと、クロエちゃんが好きなんだって自分で気がついた……違う?」
確信的な上目遣いで断定されて、ぞっ、と、俺の下腹部のあたりに怖気が走った。
この人、一体何者だ? まるでかつて俺がこのラブコメ世界の読者でしかなかったことを悟っているかのようだ。
どこからどう見ても母性と包容力の塊にしか見えない人なのに、その鳶色の瞳には、女性特有の勘の鋭さを伺わせるような、白く冷たい輝きがある。
その目の輝きに押し切られたように――俺は曖昧に頷いて視線を逸らした。
「……ま、まぁ、あたり、かな」
「ふふ、やっぱりね。ねね、クロエちゃんが好きなんだって気がついたきっかけって何? 聞かせてよ」
ここまで乞われたら、無視することも出来そうになかった。
俺はそこから、少しだけ、言いたいことを頭の中に纏めた。
「これ、クロエから聞いてるかも知れないんだけどさ」
「うんうん」
「俺、昔というかなんというか、身体弱かったんだよ。生まれつき心臓が故障だらけでさ。生まれてからこの方、ほとんど病院の中しか知らないような人生だったんだよな」
「うん、それはなんとなく聞いてるよ」
「もちろん今は健康体なんだけどさ。そんでまともに学校に通い出すようになって、お前らのことを知ったんだ」
俺は訥々と、なるべく俺が転生者であるというボロが出ないよう、慎重に整合性を取りながら説明した。
「八百原那由太っていう男の周りには、一葉深雪、二階堂奏、三津島クロエって三人の美少女がいて、それぞれ八百原那由太のことが好きで、いろいろとくっついたり離れたりしてるのが見てて面白くてさ」
そこで俺は二階堂奏を見たが、二階堂奏はニコニコと微笑んだままだ。
こんなこと聞かされて気持ち悪くないのか、この人は本当に度胸が座ってるな……と妙に感心しながら、俺は続きを口にした。
「その中でも三津島クロエっていう女の子が見てて一番面白かったんだよ。美人で、馬鹿みたいに胸がデカくて、言い寄ってくる男なんかごまんといるのに、死んだ魚の目してて、常時寝癖頭で、成績も運動も人並みか、それ以下の冴えない男に沼りまくってんだからさ」
俺はぼんやりと、病院のベッドの上で読んだ『シュレディンガーの恋』の内容を思い出しながら続けた。
「しかもその三津島クロエっていうヤツ、やることなすことが全部色仕掛けなんだよ。すげぇ可愛い女の子なんだから普通に正面切ってアピールすればいいのに、やれ胸の谷間見せつけたり、やれおっぱい押しつけたり、やれ半裸になったり……。そんな決死の色仕掛けも毎回毎回シカトされて、いっちばん雑に扱われてんのに、全く諦めないんだよ。あのお色気枠は」
そうだったろ? と俺が視線で同意を求めると、二階堂奏はうんうん、そうだったね、というように首肯した。
「そのうちに――これホント、本人には言わないでほしいんだけどさ」
「うん」
「なんか、可哀想だな、って思ったんだよ。生まれて初めて、他人を哀れんだんだ、俺」
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