衝撃の事実を教える幼馴染枠
俺は正直に、原作である『シュレディンガーの恋』を読んでいて感じていたことを口にした。
「よく考えたら俺の方がよっぽど可哀想なのにな。俺、三津島クロエとちゃんと仲良くなるまで、唐揚げもオムライスも食べたことなかったんだぜ? 外出るのも車椅子だし、ちょっと風邪ひけばすぐ集中治療室だしさ。俺以上に可哀想な人って世の中にそう多くなかったと思う。でも、そんな俺でも、可哀想だな、って思ったんだ。アイツのこと」
そう、端から見てりゃ俺の方がよっぽど気の毒で可哀想なのに。
俺は確かに、原作である『シュレディンガーの恋』を読んでいる時、三津島クロエというお色気枠ヒロインを、確かに哀れんでいたのだ。
「あんなに毎回毎回身体張ってるのに、八百原に塩対応されて、全然振り向いてもらえなくて。なのに何でそんなに頑張れるんだよ、って、正直、見ててイライラするような気持ちもあったよ」
そこで俺は言葉を区切った。
「なのに――そんなこと全然関係ないんだ、あの人には。俺が見てても絶対ダメだ、選んでもらえないんだってわかるのに、最後は八百原に振り向いてもらえる、自分を好きになってもらえるんだって、馬鹿正直に奇跡が起こることを信じてんだよ。そうだったよな?」
俺が同意を求めると、うん、と二階堂奏が頷いた。
「それを見てるうちに、なんかすげぇ叱られたような気持ちになったんだよ。俺、二十歳までは生きられないって医者から言われてた。奇跡は起こらないんだって諦めてた。でも、アイツが逆の立場だったら、俺みたいに病気だったら、そんな風に諦めて、自分で自分を可哀想なヤツだと思ったまま生きてたのかな、って――」
そう、だからこそ、三津島クロエは俺の推しヒロインだった。
何度、運命の女神に冷たくされても、あの人は決して諦めなかったから。
俺の闘病人生と、その約束された負けヒロインぶりが、何故なのか似ている気がしたから。
「そんなわけないんだよ。アイツが俺の立場だったら、絶対にそんなふうに諦めたりしない。自分が死ぬその瞬間まで、自分が精一杯頑張ったって納得できるぐらい、戦って戦って、ボロボロになって死ぬんだろうなって、そう思ったんだよ。だから俺も、諦めたらダメなんだって思ったんだ。死ぬその瞬間まで、俺は絶対に可哀想な生き物じゃないって信じてやるんだ、って、そんな気持ちになってさ――」
そう、俺はあの病院のベッドの上で、明確に憧れていた。
オープンで、ガサツで、起こりもしない奇跡を真っ直ぐに信じていられる、三津島クロエという人の清々しさに。
あの人はラブコメ世界の常識から言えば、最初から勝利など約束されていない、三番目の、お色気枠のヒロインだった。
けれど――ラブコメ世界の常識など、あの人の視界には、全く入っていなかったのだ。
「なんて、いうのかな。ずっとアイツのことが気になってたというよりは、憧れてた……って、そういう感じじゃないのかな。どんなに雑に扱われても、どんなに報われなくても、自分が納得できるまで身体を張って努力する、そういうことが出来るあの人が、俺、凄く眩しくて羨ましかったんだよ――」
俺はぼんやりと、校舎裏の風景を見ながら呟いた。
その光景を見ていると、「俺」が「俺」として生きた前世の記憶を思い出したその瞬間、ここ、校舎裏の階段で、三津島クロエが八百原那由太にフラれる瞬間を目の当たりにした、あの燃えるような夕暮れ時の光景が、脳裏に鮮やかに蘇った。
「でも、結局運命の女神様はアイツの努力を認めてはくれなかった。アイツ、八百原にフラれたとき、凄い大声で泣いたんだよ。もう立ち上がれない、もう消えてしまいたい、って、そんな感じでさ」
うん、と、二階堂奏が相槌を打った。
あの子ならそうなるだろうね、というような、静かな理解と納得を含んだような声だった。
「だから俺、泣いてるアイツにハンカチを差し出したんだよ。なにかを深く考えたわけじゃなかった。下心もなかった。ただただ、運命の女神様がアイツの努力を認めないなら、全部見てた俺が代わりに慰めてやるしかないんだ、ってさ、不思議とそう思えたってだけでさ――」
と、そこで不意に。
俺の脳裏に、俺の胸に縋りつき、ワイシャツを両手で掴んで、喉が張り裂けるほどの大声で泣き喚いた、いつぞやの三津島クロエの記憶が蘇った。
あの時、俺が感じたあの人の体温、香り、声。
目の前にいる存在は幻などではない、確かな肉体を持った、俺の推しヒロインである三津島クロエその人なのだと俺に理解させた、あの瞬間が蘇って――性懲りもなく、心臓が騒がしくなってきた。
「――あっ? う――!?」
俺が心臓を押さえてうめき声を上げると、二階堂奏が驚いた雰囲気が隣に伝わった。
「えっ!? ぜっ、零宮君!? 大丈夫!?」
「あっ、ああ――大丈夫だ。何度も言うけど、今は健康だからさ。ただ、ただちょっと、心臓がバクバク言い始めると昔のトラウマが蘇るってだけで――」
大きく深呼吸を繰り返し、どうにかこうにか心臓を落ち着かせた俺は、ふう、とため息を吐いて額の汗を拭った。
「……ああ、もう大丈夫。心配させたか? 悪い悪い」
「零宮君、本当に身体は大丈夫なの? 今の零宮君、なんだか凄く気分が悪そうだったけど――」
「あはは……実は最近、クロエにも呆れられててさ。俺、なんだかあの人が側にいると、心臓が具合悪くなる癖がついちゃったみたいで」
俺はボリボリと後頭部を掻いてバツの悪さを誤魔化した。
「なんでなんだろうなぁ。前はこんなことなかったんだぞ? ただ最近、クロエと仲良くなってからなんだ。やれやれ、あんまり酷くなるなら病院行って調べてもらわないといけなくなるかもな、これ。もう病院なんて行きたくないのに……」
えっ? と、二階堂奏が俺の顔を見て驚いた。
俺は再び乾いた笑い声を上げ、なんとか場を和まそうとした。
「別にあの人に抱き着かれたり、色仕掛けされてるわけでもないのに、こんなのヘンだよな。ただ隣にいるだけで妙に意識しちゃって、そのたびに心臓が具合悪くなるのなんて……なんだか自分でも不気味なんだよ。あーあ、どうにかして医者に行かずに治す方法がないのかな、これ……」
そう言った俺を、二階堂奏はしげしげと見つめた後。
急に――あはははは!! と大声で笑った。
俺がびっくりして二階堂奏を見ると、一頻り笑った後、二階堂奏はニコニコというより、ニヤニヤとした笑みで笑いながら俺を見つめた。
「零宮君、もしかしてそれ、病気だと思ってるの? えっ、本気で?」
「へっ?」
「へぇ~、零宮君って落ち着いてて大人びてるように見えて、実は凄く、凄く可愛い男の子なんだねぇ……」
可愛い。
今まであまり言われたことのない言葉に俺が面食らうと、二階堂奏が頬杖をつき、俺の顔を下から覗き込み――思わぬことを口にした。
「零宮君。クロエちゃんと一緒にいる零宮君の心臓がドキドキするのはねぇ――零宮君がクロエちゃんに恋をしてるからなんだよ?」
「続きが気になる」と思ったら
お気に入り登録、「★」での評価、
もしくはコメントにて
「( ゜∀゜)o彡°」
とコメントの投稿をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。




