虚脱する陰キャモブ
前世は大病人、生まれ変わってからは至ってインドアな陰キャモブでしかなかった俺の人生始まって以来の、激動の一週間が経過した。
そして今、俺はいつも三津島クロエと一緒に昼食を摂っている校舎裏の階段に腰掛け、気を抜くと口からするすると抜け出て行ってしまいそうな魂を気にかけながら、口をぽっかりと開け、白目を剥いて空を仰ぎながら、虚脱状態で座り込んでいた、否、へたり込んでいた。
疲れた。疲れた。疲れた。
普通に登校し、普通に友達と話して、普通に部活のようなことをやるのって、ただそれだけのことなのに、こんなにも体力を消耗するものなのか。
そのことも驚きなら、運動が全くダメな陰キャモブの体力でもなんでんかんでんなんとかなるだろうと思っていた己の、なんともならなさにも驚きだった。
ただでさえ零宮は基礎体力作りからだから相当キツいはず――三津島クロエの予言と心配は全くもって当たっていたのだ。
俺は手に持った菓子パンを口元に持っていくことさえ億劫で、どうにかこうにかいつもの校舎裏までやってきて座り込んだ後は、その常態のまま、ただただ十分近くも虚脱していた。
そのまま、夏の日差しに灼かれるまま灼かれていると、ピロン、と、LINEの通知音が鳴った。
俺にLINEを送ってくる人物なんて元より一人しかいないので、俺は初代バイオハザードのゾンビのような唸り声を上げ、ズボンのポケットからようやくスマホを取り出した。
LINEを開くと、上半身はハダカ、大事な部分だけを右手で危うく隠しただけの、三津島クロエのバストアップ自撮りが送られてきていた。
『今日も撮影で全休だからヨロシク! もし疲れてたらこれ見て早めに抜いて早く寝ること!』
ああ有り難い。まだFRIDAYの袋とじにもなってないようなセミヌードの過激ショットを、俺のためだけに。
思わず涙が浮かびそうになるほどエロい写真には違いなかったが、ダメだった。エロいという事実が脳内で電気信号になるだけで、肉体の方にはピクリとも来なかった。
土台、俺はこのところ毎日のようにマレンコフ師匠にシゴかれ、強制的にその煩悩を武器にする方法を学んでいる最中であり、今や干からびているも同然の有り様なのだ。
俺は泥が詰まっているかのように重い右手を操作し、「お恵みに感謝」とだけ、どうにかこうにか返信して、後はスマホをポケットに戻すこともせずに虚脱を再開した。
「つかれた……ちゅかれた……もう帰りたい……」
思わず独りごちても、拾ってくれるものなどありはしない。
俺は俺がこんな状態なのに素知らぬ顔で燦々と輝いている夏の太陽が憎くて堪らず、白目を剥いたままの目で睨みつけた。
「ちくしょう……俺がこんなにクタクタになってるのに、少しは心配するとかないんか……。それがダメならもう少し光量落としやがれ……」
あまりの疲労感に虚脱しても、心配してくれるものも労ってくれる者もなく、太陽相手に愚痴るしかない陰キャのモブ――何も知らない陽キャが見たらそのあまりの切なさと情けなさに涙を禁じ得ない光景だろう。
三津島クロエという究極の陽キャみたいな人と仲良くなったことで忘れていたが、俺は三津島クロエという人が側にいないと、途端に驟雨に濡れそぼって残飯を漁る痩せた野良犬のような有り様になってしまうのだから情けない。
あまりの孤独感に、俺はスマホを手に持ち上げ、誰かに何かを連絡してみようかと試みたが、LINEには家族以外には三津島クロエと一葉深雪の名前しかなかった。選択肢が少なさすぎるのだ。
一葉深雪、か……。そういえばあの人と俺、一応は友達ということになってるけど、この一週間、何にも連絡してないなぁ。
試しにメッセージを送ってみようか……などと考えて、そういえばこういう時ってなんてメッセージを送るべきなんだろう、と、俺は少し困ってしまった。
よっ元気か? と送るのも何だか冴えないし、寂しいから少し会話に付き合ってくれ、とストレートに懇願するのも何だか決まりが悪い。
よしんばここに野良猫でも歩いてくれば「めっちゃ可愛い猫がいた!」などという切り口で話を繋げていくことも出来そうだけど、このラブコメ漫画の世界でも最近は野良猫の保護活動が盛んなようで、周囲には猫どころかカラスの鳴き声さえ聞こえてこなかった。
結局、俺はスマホをポケットに仕舞い込み、一葉深雪へのLINEを断念して、一人孤独に耐えることにした。
あーあ、俺、せっかく転生して、部活のようなことも始めたのに、ぼっちなのはなかなか解消されないなぁ。
前世はほとんど病院の中の世界しか知らなかったため、友達の作り方を知らないのもイタいところだ。
せめて、せめて転生した先が普通にコミュニケーション能力がある人間だったらよかったのになぁ、と無い物ねだりをしていると、ピロンッ、と音がして、スマホが振動した。
おや? とスマホを取り上げて画面を点けると、再び三津島クロエからのLINEだった。
『それと、今日はサプライズを用意してるから。昼休みはちゃんといつもの場所に来といてね』
サプライズだと? 俺はその文言を見て目を丸くした。
なんだろう、サプライズって。まさか誰かが物陰に潜んでいてクラッカーでも鳴らしてくれるというのか。
それとなく周囲の様子を伺ってみたものの、人の気配はないし、そもそも俺の誕生日は今日ではない。
なんだろう、サプライズって……とそのLINEの文面に困惑していると、「あ、いたいた」という、おっとりと間延びした声が聞こえ、俺は顔を上げた。
「久しぶり、零宮君。お昼ご飯はまだ入りそうかな?」
瞬間、俺はそこにいた栗色の髪の人物を見て、はっと息を呑んだ。
「え? あ、二階堂奏……? どうしたんだ、こんなところに?」
俺が戸惑う声を上げると、ふふっ、と二階堂奏は笑い、豊かにウェーブした栗色の髪を揺らしながら俺に向かって歩み寄ってきた。
「今日はねぇ、零宮君にお礼をしに来たの。この間、なー君と私のことで相談に乗ってもらったでしょう?」
「あ、うん、そうだったけれど……」
「それでねぇ、クロエちゃんに何か零宮君にお礼をしたいっていったら、クロエちゃんがお仕事でいないときに代わりにお弁当を作ってあげて、って。隣に座ってもいい?」
「あ、ああ、どうぞ」
ふふっ、とたまらなくふくよかに微笑んで、二階堂奏は俺が腰かけている階段の数段下に腰かけ、手に持った弁当袋を寛げ始めた。
なるほど、サプライズって二階堂奏のことか――俺が密かに納得していると、二階堂奏が男物の弁当箱を差し出してきた。
「零宮君のお口に合うかどうかはわからないけど、クロエちゃんから零宮君の好みは聞いてるから。零宮君、ハンバーグ好きなんだよね? ちゃんと入れてきたから」
「続きが気になる」と思ったら
お気に入り登録、「★」での評価、
もしくはコメントにて
「( ゜∀゜)o彡°」
とコメントの投稿をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。




