激動の日々を過ごす陰キャモブ
その後の一週間、つまらん陰キャぼっちだった俺の人生は、まさに「激動」の只中にあった。
「ホラホラ零宮。これ沖縄の海で撮影してたんだけどさ、カメラマンさんが全力疾走してくれっていうから砂浜を全力疾走したわけ。そしたら思いっきりポロリしちゃってさぁ……」
「だっ、だからダメだって! そういう生々しい体験談を付け加えられた上でグラビア写真見るなんて無理! ほっ、本人が横にいる状況で直視させないでくれ……!」
「あはは、まーた心臓ドキドキしてるわけ? ホントそれ治らないね。この上はショック療法しかないかぁ。よーし、明日は色々と挟んでる写真持ってきてあげるから♥」
「だからホントに心臓がヤバいんだって! 本当に勘弁……ウッ、あ、最近ずっと貧血だったから意識が遠く……」
「え!? ちょちょ、大丈夫なん零宮!? 顔色が真っ青だよ! ほっ、ホラ! 私のここ! 膝の上に寝て!」
とても有り難い申し出に、俺は素直に従うことにして、三津島クロエの制服のスカートから覗く艶めかしい太腿の上に、コテンと横になった。
あー、すげぇ生々しく温かい。それにやっぱりなんか性的な香りがする――。
最近、あまりに鼻血を出しすぎているせいなのか、貧血による立ち眩みやめまいが増えていたけれど、これは僥倖だ。
俺がちかちかする目を必死に瞬いて視界を確保していると、俺の頭を三津島クロエが撫でてくれた。
「どう? 少しは楽になりそ?」
「おっ、おう……悪いな、膝枕とかしてもらっちゃって。っていうか、うん……」
すげぇな。真下から三津島クロエを見ると、胸がデカすぎるせいで顔が見えない。
相変わらず男の子の夢のよくばりセットな身体してるなぁ……と、胸の先にあるはずの三津島クロエの顔を見ながら、つまり胸をガン見しながら感心していると、くしゃ、と三津島クロエの指が俺の髪を弄った。
「ところで、最近の零宮は放課後毎日師匠のところに通ってるんだよね? 師匠は極秘の特訓だから見せられないって言われてるけど、ついていけてる?」
「ま、まぁ、修行は厳しいけど、なんとかなってるよ。ちょっと疲れてはいるけれど……」
「そりゃそうだよ、師匠は厳しい人だもん。あんまり根詰めすぎてぶっ倒れたりしないようにね?」
「そりゃわかってる。無理にならないように師匠には気を遣ってもらってるから心配はないよ」
「ならよし」
こりこり、と、三津島クロエが俺の頭皮を指先で掻くように撫でてくれる。
それがあまりにも心地よくて、つい、俺はおかわりを要求していた。
「それでもクロエ、もし俺がぶっ倒れたら、その時は今みたいに膝枕で介抱してくれると助かる。今の俺、いい匂いはするし眺めは絶景だしで凄く気分がいいんだ。元気百倍になれると思うからさ」
「あはは、そうかぁ。たかが膝枕ぐらいで元気になれるなんて、零宮は単純な男の子だなぁ」
「たかが膝枕、じゃねぇよ。世界で一番いい女にしてもらってる膝枕だ。全世界の男が嫉妬するだろ」
「そりゃその通り。それじゃあ疲れたらいつでも言ってね? 零宮なら何時間でも膝枕したげるからさ――」
そこで三津島クロエは、まことに蕩けるような、としか表現できない感じで微笑んだ。
その深い深い慈愛の表情に、性懲りもなく心臓が高鳴り始めて、俺は顔ごと視線を横に向け、心臓の鼓動が治まるのを待った。
◆
「震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒート! 刻むぞ煩悩のビートォッ!! ――よっしゃあ師匠、お願いします!!」
床に結跏趺坐の姿勢で座り込み、手で定印を結び、丹田に力を込め、俺は腹の底から怒声を張り上げた。
うむ、と頷いたマレンコフ師匠が、その筋骨隆々の腕をミチミチと膨らませ、俺の頭上に向けて大型スレッジハンマーを振り上げた。
直後、ゴ!! という轟音が発し、俺の頭の上に積み上げられたコンクリートブロックが三つ、スレッジハンマーに引き裂かれて破片を飛び散らせた。
当然、頭のてっぺんから爪先まで、隙間なく煩悩に支配されている俺の肉体は痛みを感じるどころか、そよりと揺らぐことすらなかった。
「うむ! よくぞ耐えた、零宮塾生!! この荒行をまさかこんな速度で突破する男が現れるとは――君と出会えたことを天に感謝せねばなるまい!!」
ラオウのような台詞で、マレンコフ師匠は俺を激賞した。
「よいか零宮塾生、それだけの煩悩があるなら、短期間のうちに君はもっともっと強くなれる! もっと研ぎ澄ませ、そして感じろ! 己の中に暴れ狂う煩悩の背に乗って、首っ玉にしがみついて振り落とされるな!」
マレンコフ師匠はこめかみに青筋を浮かべ、拳を振り上げて咆哮した。
「そしてゆっくりとその怪物を飼い慣らせ! 手綱を握り、意のままに操るのだ! そうすれば君はドラゴンを下僕にしたも同然、世界最強の硬度を持つ鋼の男になれる、わかったか!!」
「はい、師匠! ということで、今度は五段でお願いします!!」
俺はマレンコフ師匠に向かってアツく懇願した。
いいだろう、覚悟があるなら……というようにマレンコフ師匠は頷き、傍らに山と積み上げられているブロックを俺の頭に積み上げ始めた。
克、と、俺は血走らせた目を見開き、全力で脳内に三津島クロエのおっぱいを念じた。
大丈夫だ、きっと大丈夫。どんな困難があっても、あのおっぱいがあれば、俺は決してくたばることはない。
毎日毎日押しつけられているどころか、一週間前にはこの手で揉みしだくことまでしたのだ。
俺ならもはや吸うもしゃぶるも好き放題であるはずのあの国宝級ウルトラバスト、あの爆乳を再び揉みしだくためなら、俺はたとえ聳え立つ千丈の崖だって登り切ってみせるし、琵琶湖の水だって飲み干してみせる。
こちとら一度死んで生まれ変わった身、死ぬのが怖いということはなかったけれど、今ははっきりと言える。今の俺は死ぬのが怖いのだ、と。
もう二度と、もう二度とあの国宝級の感触を味わえなくなるぐらいなら、どんな苦難があったって生きていた方がよっぽどマシなんだ――!!
オオオ……と、まるで炉の中で灼熱する鉄の塊のように、俺の身体が不思議に発熱し始める。
それと同時に俺の中に暴れ狂う煩悩が俺の細胞ひとつひとつを励起させ、来たるべき衝撃と痛みを跳ね除けるべく、硬度を増していっているのがわかる。
だらっ、と、鼻の穴から一筋の鼻血が滴り落ち、自分の中の煩悩が最高潮に達した事を悟った俺は、大きく息を吸い、止めた。
「覚悟は定まったか、零宮塾生」
「はいっ! 特大の一撃をお願いします、師匠!!」
「その覚悟やよし。――零宮塾生、全力で己の中の煩悩を信じろ。生きて生きて生き延びて、再び愛する者を抱き締めるのだという覚悟……戦士にとっては煩悩こそが究極の愛である!! 己の中の愛の力を信じて、決して砕けぬ鉄塊と化すのだ!!」
「よっしゃあっ! どんな一撃でも耐えてみせます!! 遠慮はいりません、師匠!!」
腹の底から振り絞った俺の覚悟の一言に、マレンコフ師匠が雄叫びを上げてハンマーを振り下ろした。
師匠のぶっとい腕が発したパワー、大型スレッジハンマーの鉄の質量と遠心力が加わり、俺の頭の上に積み上げられたコンクリートブロック五つを一撃で引き裂いた。
瞬間、脳天に突き抜けた凄まじい衝撃に、頭蓋骨が震え、脛骨が軋む音に、俺は歯を食い縛って耐えた――。
◆
そんなこんなで、俺の人生始まって以来の激動の日々は過ぎてゆき――。
月日は確実に流れ、気がつけば夏の一大イベントである私立青藍学園夏の臨海学校の日が迫っていた。
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