俺の妹が変わり者すぎる
「ただいま~……」
俺がおっかなびっくり家に帰り、既に帰宅しているのだろう妹に声を掛けると、家の奥の方から「臨兵闘者皆陣烈在前、臨兵闘者皆陣烈在前……」という呪文が聞こえ、妹のえるが出てきた。
ほう、今日もまた呪術師ファッションか。制服姿で頭に巻いた鉢巻に仏壇用のロウソクを挟み、どこで入手したものか大ぶりの数珠をじゃらじゃらと鳴らしながら、愛らしくも変わり者である妹は玄関の俺を迎えに来た。
「臨兵闘者皆陣烈在前、臨兵闘者皆陣烈在前……喝ッツ!!」
「……なぁ、いい加減機嫌直してくれよぉ。俺が入院してからもう二週間もそんなことしてるじゃないかよ。一体全体俺の何を祓おうとしてるんだよ?」
「そりゃ当然、お兄様に取り憑いた煩悩の悪魔を祓おうとしてるんですよ」
えるは淀みなくそう答えると、よよよ、と大袈裟に嘆いて手で顔を覆った。
「ああ、嘆かわしやお兄様、まさかよりにもよってあんな淫魔のような女と誼を通じてしまうとは……! 何故に、何故にあの女でなければならなかったのですか。もっともっと控えめで普通の女子であったなら私も潔く身を退いたというのに……!」
「身を退くも何もお前は妹じゃないかよ。それに俺は別にクロエに取り憑かれてるとかそういうわけじゃなくて、ちゃんとした友人同士であってだな……」
俺が冴えた声で俺たちの仲を説明しようとすると、トトト、と俺の前にやってきたえるが、俺の制服の肩口から何かを摘み上げるような仕草をした。
ス……と、俺の制服の肩口から一本の銀髪が取り除かれ、俺の目の前に示されたのを見て、あっ! と俺は声を上げた。
「ちゃんとした友人、ねぇ……。それならば何故にお兄様の制服にこの特徴的な銀髪とファンデーションの跡が残っているのですか? 納得の行く説明を求めます」
「あ、あ……! そっ、それはなんというか、偶然ついたんじゃ……!」
「苦しい言い訳はもういいです。ただでさえ救い難くド陰キャのお兄様ですから。流石に妹の私も兄の恋路を本気で邪魔するようなことはしたくありません」
妹のえるは腰に手を当てて、ハァ、と聞えよがしにため息を吐いてみせた。
「けれどねお兄様。相手はあの三津島クロエさんですよ? 全校どころか全国に名前が轟いているグラビアアイドル、今をときめく芸能人です。その人と友達以上恋人未満の関係になり、病院のベッドの上でイチャついたりしてるのを私以外の人間に見られてごらんなさい。お兄様だけじゃなく、クロエさんの今後の芸能活動にも支障が出ますよ?」
「……わかってるよ」
「いくら気分が盛り上がったとしても、そう簡単に軽挙妄動に走るのはよくありません。だから私がこうして兄の煩悩を祓ってあげようとしているわけです」
煩悩……つい数時間前にその煩悩とやらに支配され、とんでもないことをした身には殊更に堪える一言だった。
その単語に俺が顔を歪めると、ナムナム、とブツクサ呟きながら、えるが数珠をジャラジャラとこすり合わせた。
「生麦大豆二升五合、生麦大豆二升五合、何卒にこの救い難く陰キャで惚れっぽい兄の頭を支配する欲情を祓い浄め給え。間違っても今後、兄が望まぬ妊娠の当事者になるようなことだけは……」
「あああああ、もう! 望まぬ妊娠ってなんだ!? もういい、俺は疲れてるから取り合わないぞ!!」
俺が荒々しく宣言して玄関に上がると、フゥ、とため息を吐いた妹が俺の後を追ってリビングにやってきた。
「図星、でしたね?」
「う、うるせぇよ」
「うーむ、まさかお兄様がそこまで肉食だったとは。あの乳を校内で好き放題に味わい尽くすところまで進んでいるなんて。流石は淫魔、オスを籠絡するのが上手い……」
「何もない! 何もなかったって! もういいだろこの話は! お前もいい加減その気色悪いファッションやめろ!」
いや、実はガッツリ何かあったんだけどな……という申し訳なさを心の隅に押し込めて叱りつけると、えるがようやく頭の鉢巻とロウソクを取り外した。
「ま、こちらとしてはお兄様の昼食代がまるまる浮いているので、そこはクロエさんに感謝ですけどね。お兄様、あまり一方的に奢られてばかりはよくありません。近い内になにかクロエさんにお返しを考えてくださいね?」
「う、うん。それはそうだな。なんか急にまともなこと言われると戸惑うぞ……」
「それと、今後クロエさんと一緒にいて帰りが遅くなる場合は早めに連絡ください。特に夕食がいらなくなるようなことがあったら必ず、ですよ?」
「あ、ああ。そうだ、そのことなんだけどな……」
俺は妹に向き直った。
「お兄ちゃんはちょっと今後、帰りが遅くなる日が増えるかもしれない。夕食は多分家で食べることになるから、ラップしておいてくれるか?」
「えっ? なにか予定が出来たので?」
「うん。実はな、今後、クロエに格闘技を習おうと思ってるんだ」
格闘技。俺がそういうと、えるが目を丸くした後、大仰に肩を竦め、呆れた、と表情で主張した。
「うわぁ……出た出た、出ました。お兄様、陰キャ特有の行動ですよ、それ」
「なっ、なんだよそれ。陰キャ特有の行動ってなんだよ?」
「格闘技、ねぇ……護身のためとか言い出して十徳ナイフとか持ち歩くのは中学生で卒業しておくものです。ましてや格闘技を習おうなんて……アイタタタタ。お兄様、ぶっちゃけイタイです」
「なっ――!? なんだとぉ! 別に身体を動かすのは悪いことじゃないだろ! それにお兄ちゃんは強くなろうとしてるんだからそれはいいことで……!」
「別に戦うことだけが人間を強くするわけじゃないじゃないですか」
冴えた一言、そして刺さる一言で、妹はバッサリと切り捨てた。
「まさかお兄様、その歳で昇竜拳とかかめはめ波に憧れを? うわぁ、平成も一桁の時代のオタクじゃないですか。我が兄ながら可哀想ッ……!」
「ひ、ひでぇ! 曲がりなりにも血の繋がった妹の発言とは思えねぇ! べっ、別にいいだろ格闘技を習うぐらい! 部活の代わりだよ!!」
「ハァ、そこまで必死に言い張るならば、単なるイタい妄想故ということではないようですね。ならば聞いてあげましょう。お兄様、どうして急に格闘技を習うなんて言い出したんです?」
一応聞いておいてやるんだぞ、というような空気を発しながら、えるが訊いてきた。
うむ、と頷いて、俺は何故に俺のような陰キャが格闘技を習うなんてことを考え始めたのか、その説明を始めた――。
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