意識させるお色気枠
あのてんやわんやから約一時間後、どうにか鼻からの大量出血の止血に成功した俺たちは、学園敷地内のベンチに座って休憩していた。
俺はなんとか無事だったが、ラブコメ世界のお約束として大量の鼻血を出してしまった結果、貧血でフラフラになり、またお色気枠のお色気枠たる部分を好き勝手に出来た興奮が過ぎ去った影響で、半ば茫然自失の状態になっていた。
俺が青い顔でベンチに座ってぐったりしていると、近くの自動販売機に飲み物を買いに行ってくれていた三津島クロエが戻ってきた。
「おまたせ零宮。はい、ポカリだよ」
「ああ……悪い……」
「献血とか行った後も水分摂ってくれって言われるから、なるべく早く吸収されそうなヤツにしたから」
「すまん……」
「自分で蓋開けられそう?」
「頼む……」
俺がぶつくさと頼むと、三津島クロエがポカリの蓋を開けて手渡してくれた。
おう、とだるい右手を伸ばしてそれを受け取ろうとしたら――すぐ隣にいる三津島クロエの姿が視界に入った。
「ん? 零宮、どうしたん?」
――あれ? 俺の戦友、こんなに可愛かったっけ?
そりゃラブコメ世界のヒロインの一人なのだから容姿が優れていることはわかっていたけど……なんかちょっといつもと違わないか?
この肌の白さ、目のデカさ、テラテラと艶めかしく輝く唇の艷やかさ、その全てが、男の子なら一度は夢見そうな女子のそれそのものだ。
それに何より、その顔の下で静かに存在を主張する爆乳、いや魔乳――さっき、さっき俺、この魔乳を思う存分好き勝手して――。
そう思った途端、俺の体内の残り少ない血液が一気に脳天めがけて逆流した。
ボッ、という感じで俺は赤面し、三津島クロエから顔を背けた。
「ん? どったん零宮? なんで顔背けるの?」
「ん゛ん゛っ――! む、無理だ、直視できねぇ――!! く、クロエ、悪いけどこの状態で俺にポカリ渡してくれるか!?」
「なにをアホ抜かしてるのよ。ホラ、ちゃんと受け取ってよ」
「無理、無理無理無理無理!! たっ、頼むよ! ちょっと訳あってお前を直視できないんだよ! ほ、ホラ……!」
俺が顔を背けたまま右手をあげると、全くもう、という感じで三津島クロエが飲み物を手渡してくれた。
礼もそこそこに、俺は一息にペットボトルの半分ほどを飲み干し、大きく息を吐いた。
「どう? 一息つけた感じ?」
「おう、人生で一番意義ある水分補給になったよ」
「そう、そりゃよかった」
「お前こそ、どうなんだ?」
「何が?」
「その――ホラ、さっきシたことについて……その、お清めになったか?」
俺が問うと、ジトッ、と、視界に入れないようにしている三津島クロエの雰囲気が湿ったのがわかった。
「ええ、十分。十分お清めにはなったけどさ。どっかのスケベ男が調子に乗ったせいでまだおっぱいが疼いてるんですけど」
「……それに関しては、その、すまん」
「零宮も普通の男の子なんだって安心もしたけど、ぶっちゃけさっきの零宮、ちょっと怖かったよ?」
「それもすまん……」
「なんか訳のわからないこと言ってたし、私の匂い嗅ぎまくってたし、なんかずっと眠そうな顔してたし」
「すまないとしか言えない……」
「ま、お清めを頼んだのはこっちだし、アンタのこと好きだから許したげる。今後は触るにしてもあんな状態にはならないこと、いい?」
「こ、今後、って……あんなことがあったのに今から俺に同じようなことさせる予定あるのか……!?」
「当然じゃないの。いつか私たちが終戦を迎えて普通に恋人とかになったらヤることはヤるっしょ? 零宮の中のオスは死んでるの?」
「……お前、わかってはいたけどすげぇ奴だな。年頃の女の子としての恥じらいが微塵も感じられねぇ。流石は性にオープンなタイプのお色気枠だな」
「私は性にオープンな訳じゃない。好きな人には嘘をつかないってだけ」
あっけらかんと、そして重い想いを口にして、三津島クロエも自分用で買ってきた三ツ矢サイダーを開け、一口飲んだ。
「それで、どうだった?」
「な、何が?」
「そりゃあ、私のおっぱい触った感想よ。どう? 柔らかかった?」
「きっ、訊くなよそんなこと……!」
俺は流石にちょっと慌てながら三津島クロエの発言を窘めた。
「ふっ、普通、こういうことはなかったことにするもんだろ!? ちょっと気まずくなった後、一時の気の迷いだったからお互いに忘れようって……!」
「バァカ、誰が忘れさすかよ。そんな恥じらいの心があったらこちとら商売上がったりだし。このグラビアクイーンがタダ乳揉ませたんだぜ?」
三津島クロエがヘラヘラと邪悪な笑みを浮かべて俺に尻をにじり寄せてきた。
途端に、さっき好き放題に嗅ぎまくった三津島クロエの芳香が血でがさがさになった鼻腔に香り、うっと俺は呻いた。
「ウチの百万ドルの神ボディを好き放題にしたんだから感想ぐらい聞かせるのが道理やろがい。撮影会でもやらせないことをさせてあげたんだもの。ほら、感想言った言った!!」
三津島クロエが俺の太腿に手を置き、ふんふんと鼻息荒く迫ってきた。
ウオオーやめろ、やめるんだ! 今のこのヘロヘロの状態の俺にトドメ刺して殺す気か!?
俺は亀のように首を伸ばし、精一杯に三津島クロエから逃れながら、意を決して口にした。
「まぁ、その、何ていうか、非常に良かった、としか……」
「どこがどのようによかったと思いますか?」
「……柔らかかったです」
「他には?」
「ずっしり重かったです。肩が凝りそうでした」
「もう一声」
「……ハリが、ハリがヤバかったです。指がなかなかめり込んでいきませんでした」
俺が死にそうな羞恥心に震えながら答えると、むふー、と三津島クロエが満足そうに鼻を鳴らした。
「よろしい。どう? もっともっと私を意識するきっかけになりそう?」
これ以上どう意識しろってんだよ――! 抗議しようと三津島クロエを振り返った途端、物凄く愛らしいニヤニヤ笑いの笑顔が、思った以上に近くにあった。
その顔を見た途端、俺の心臓がバクバクと鳴り始めた。
俺が慌てて顔を背けると、三津島クロエが俺の肩に腕を回し、俺の頬を指でつついて笑った。
「ほうほう、大ダメージじゃないかね零宮君、私のことをもう直視するのも恥ずかしいんだ?」
「う、うるせぇ……! 思ったより近かったらびっくりしただけで……!!」
「よーしよし、順調順調。仕込まれていってくれてるね。もっともっと私のこと意識してね? 他の女にいくら迫られても靡けないぐらいにさ……」
「だっ、だから、俺みたいな男に靡く女なんてもとよりお前ぐらいしかいないって……!」
「んふふ。ならもっともっと私のこと意識しなきゃ、だね。いつか私が隣にいないとどっか身体がおかしくなるぐらいにはなってね?」
果てしなく幸せとも、何だか恐ろしいともいえる一言を発して、三津島クロエが俺の肩から腕を離し「さて」と場を改める声を発した。
「これで私の方のお願いは完了。それで、零宮が私にしたいお願いって何?」
「へっ?」
「へっ、じゃないでしょ。最初は零宮の方から私にお願いしたいことがあるって話だったじゃん」
「あ、ああ~……そ、そうだっけか」
「そうよ。……ねね、それで私へのお願いって何? おっぱいはもう揉ませちゃったから、挟んでほしいとか、窒息させてほしいとか!?」
「だっ、だから、そんなシモいことは頼まねぇよ、お前じゃないんだから……。お願いっていうのはな……」
いや、そりゃちょっとはそういうことお願いできるならお願いしたいけど……。
俺は心の中で邪なことを口にしそうになる内なる己の尻を蹴飛ばして退散させながら、三津島クロエに、以下のようなお願いをした。
俺に、お前の格闘技の師匠を紹介してほしいんだ。
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