触れ合うお色気枠
こ、これはヤバいぞ――!
俺は三津島クロエが提案した「背後から触る」というやり方に安易に乗ってしまった己を呪った。
これ、背後から三津島クロエに密着するとなると、三津島クロエのつむじの辺りがすぐ俺の鼻の下に来ることになり、そこから女の子特有の物凄くいい匂いが香ってしまう。
香ってしまうということ、そして俺自身もそれなりに若くて元気な青少年であることの二つが作用し、俺の男の証明が一気に元気を出したところに――三津島クロエの公称スリーサイズ・九十三センチの巨大な尻が密着することになり――。
「――やっ、やだ……! 零宮、またバキバキになってるじゃないの……!!」
――当然、そのことはすぐにバレてしまい、三津島クロエが慌てた。
「く、クロエ、これはちょっと……!!」
「ああもう、この際前向いても後ろ向いても一緒よ! 無視するからとにかく早く触って!」
「むっ、無視するから、って……! おっ、男の場合は無視できないんだよ! とっ、とにかく一旦離れて……!」
「もう、早くしてよ! 誰か来ちゃうかもしれないじゃないの!」
途端に、ずい、と更に三津島クロエの全身が俺に密着し、素肌から直接、体温が流れ込んできた。
それによってますます俺の身体は正直に反応し――これ以上はあまり詳しく言いたくないのだけれど、三津島クロエの尻に完全に「めり込む」形となった。
「ぜっ、零宮、ちょっと興奮しすぎだから……! さっ、流石の私もハズいんだけど……!!」
三津島クロエの耳は背後から見ても真っ赤っ赤になっている。
当然、俺は躍起になって翻意を促した。
「くっ、クロエ、ダメだ! やっぱりこんなことはやめよう! 流石に下ネタが過ぎる! 本誌に掲載できなくなくなっちゃうぞ!!」
「下ネタって何よ!? お清めだっていってるじゃないの! いいから早く触って! 触りさえすれば終わるんだから!」
「触ったらますますシモいことになる! 状況が悪化するだけだ! それに今でこれじゃ、もっ、もし直に触ったら……!!」
「ああもう、埒が明かないわね! いいから早く触ってよ! ただでさえこんだけバキバキにしてるんだから男を見せなさいよッ!!」
男を見せろ。真っ赤っ赤の顔でそこまで言われたら、これ以上のことを女に言わせるのも癪だ。
ごくり、と俺は口中の唾を掻き集めて飲み干し、覚悟を決めた。
「おっ、おう……そこまで言ってくれるなら、覚悟を決めるよ。……いいか、マジで触るぞ?」
「うっ、うん……」
こくり、と小さく頷いた三津島クロエを見て、合意の上合意の上合意の上……と脳内で繰り返し、俺は両手を持ち上げた。
わしわしと指先を動かし、慎重に動作確認してから……俺は決意の言葉を口にした。
「じゃ、行くぞ」
「うん。零宮、来て……」
瞬間、俺は目をキツく閉じ、両手で三津島クロエに触れた。
「んっ……」
途端に、この世のものとは思えない柔らかさと温かさを感じ、俺は息を呑んだ。
「おっ、おぉ……」
咄嗟に、言葉が出てこなかった。
なんだ、なんなんだ、この柔らかさと質量は。
ブラジャーのごわごわとした生地の上からでもわかる。
これが、これがあの大ヒットラブコメ漫画『シュレディンガーの恋』のお色気枠ヒロイン、三津島クロエのお色気枠たる部分、か。
「……ヤバい。つ、掴み切れない……!」
俺が思わずそんなことを言ってしまうと、くす、と三津島クロエが笑った。
「何よ、その冴えない感想。それなりにデカいのは知ってたでしょ?」
「でっ、でも……! 触ったら思ってたのとぜんぜん違う……!」
俺は我知らず、三津島クロエを掴んだままの両手に更に力を込め、ずっしりとしたその逸物を持ち上げるようにした。
途端に、びくん、と三津島クロエの身体が反応した。
「ちょちょ、零宮……! 力を入れるなら言ってから……!」
「ごっ、ごめん……! でっ、でも、自分じゃ抑えられないんだよ。エロい、エロいのは間違いないけど、それ以上に……!」
俺が指先でその柔らかさを更に堪能していると、徐々に三津島クロエの呼吸音が荒く、大きくなってきた。
俺は、というと、逆に体温と三津島クロエの華やかな芳香に包まれるような感覚がして、何だか急速に、意識がとろんとしてきた。
「それ以上に……うん、何て言うんだろう、単にエロいことしてるって感じじゃなくて、お前とちゃんと触れ合えてるって感じがする……。なんか、なんか興奮もするんだけど、それ以上に、なんか眠くなるような……」
「ちょ、ぜ、零宮? 急に何を言って……」
言いかけているその最中、なんだか全てがどうでもよくなり、俺は目の前にある三津島クロエの後頭部に顔を寄せて頬ずりした。
ふぁっ!? と三津島クロエが慌てたのにも構わず鼻を動かしてみると、柑橘系のシャンプーの匂い、ねっとりとした脂のようなメスの芳香の中に、なにか途轍もなく俺を安心させるような、不思議に温かい匂いを感じた。
その匂いによってますます安堵感と眠気が増し、前世の最期の瞬間の記憶のように、徐々に正常な意識が遠のいてゆく。
そうか。俺、多分今、人生で一番幸せなんだ。
この不思議な高揚は、性欲などでは断じてない。
それが証拠に、さっきまであんなにうるさかった心臓の鼓動が、今はとてもゆっくりで静かだ。
性欲よりももっと原始的な、ずっと失っていた身体の一部を取り戻したかのような、眠気さえ催す安堵感。
服とか心の壁とか、そういうものを一切取り払って他人と本当の意味で触れ合うのって、こんなにも、こんなにも心地よいものなのか――知らなかった。
ましてや、ましてやそれが、俺が人生で初めて、真剣に好きになった女の体温であるなら――。
「ちょちょ、もっ、もういい! 触るのは終了! ぜっ、零宮、離れて……!」
「やだ」
まるきり駄々っ子のような言葉に、はっ――!? と、三津島クロエが目を見開いた。
終了宣言を無視して、俺は覆いかぶさるかのように三津島クロエに身体を寄せ、その銀髪に鼻先を押しつけ、全身でその香りと温もりを貪ろうとした。
「お前の匂い、凄く甘くていい匂い……なんか俺、お前の匂いがするとすげー眠くなるんだよ……お前が隣にいると安心するってことのかな?」
「ぜっ、零宮! さっきから何言ってるの!? まっ、マジで怒るよ!! もうおっぱい揉むのはいいでしょ!?」
嫌だ嫌だ、もう離れたくない。
永遠にこの人とこうやって素肌を触れ合わせていたかった。
俺が真剣にそう望めば、三津島クロエだって嫌とは言わないとわかっていた。
ならばもう、今ここでこの人と融け合って、違う存在になってしまいたかった。
そう主張したくて、俺は三津島クロエを掴んだ両手にますます力を込めた。
「ちょ、ちょっとマジで! ――あッ、そんなに力入れたらダメ! 本当にこれ以上は……!! ちょっと、ちょ、ほっ、本気で待って……!!」
がくがくと三津島クロエの膝が震え始め、全身が力を失いつつある。
ああ、可愛い、可愛い、可愛い。
俺の戦友、世界で一番可愛い。
脳内にはもはや自制心の欠片すらなく、俺が三津島クロエを掴んだ手に握り潰さんばかりの力を込めようとした、その瞬間――。
あっ、と、短く甲高く悲鳴が聞こえて、三津島クロエがビクビクと身体を痙攣させた後、上体が力を失い、くたりと俺に寄りかかってきた。
――不意に、何故なのか、俺はその声とそのことで我に返った。
「あれ? クロエ……?」
耳まで真っ赤にし、プルプルと震えている三津島クロエが、「ヤッバ……!」と震える声で言った。
どうした? とその顔を背後から覗き込もうとするのを、三津島クロエは顔を背けて拒否し――次の瞬間、思いがけないことを言った。
「もっ、もう……バカ零宮。零宮があんまりエロい手つきで触ってくるから……。ちっ、乳首、立っちゃった……」
――その言葉が耳朶を打ち、その意味することが俺の脳内で処理された、その途端。
不意に我に返ってしまった俺の理性のヒューズが消し飛び、ゴボボボボ、と壊れた配管のような音が脳内に轟き、鼻にねじ込んだこよりを水圧で吹き飛ばした。
「うッ――!?」
俺は咄嗟に三津島クロエを突き飛ばし、床にくずおれた。
くずおれたのと同時に、「シャーッ」と音を立てる勢いで鼻から鼻血が噴出し、俺は悶絶した。
「うぇ……! うっ、うおおおおお……! ガッハ……!! やっ、ヤバい! これヤバい!! しっ、死ぬ、出血多量で死ぬ……!!」
「ちょ、零宮!? マジで!? マジで興奮しすぎて大変なことになってるじゃない!! ちょちょ、どっ、どうしよう!? 救急車呼ぶ!?」
「いい! いい! とっ、とりあえず、自分でなんとかして……オェ……!!」
「なんとか出来るの!? この出血量で!? とっ、とりあえず保健室とかに……!」
「うぅ……! 『朕惟ふに我が皇祖皇宗、国を肇むること宏遠に、徳を樹つること深厚なり。我が臣民克く忠に克く孝に、億兆心を一にして、世々其の美を済せるは』……」
「きっ、教育勅語――!? 零宮! それアンタの妹さんがやるヤツじゃない! そんなんで本当になんとかなるの!? ちょ、零宮、零宮ってば――!」
その後、俺がフラフラになりながらもなんとか出血を止めたときには、既に放課後の世界は美しい夕闇に包まれる時間になっていた。
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