号泣するお色気枠
俺が思わず口にしてしまうと、え? と、目を真っ赤にした三津島クロエが俺を見た。
「俺、身体が弱かったって言ったろ? 心臓が欠陥だらけでさ、何回手術したのか覚えてないぐらいだよ。具合が悪くなるたびに息するのもしんどくて、ああ、このまま死んじゃった方が楽なのにな、って、何回思ったかわからないさ――」
俺が訥々と、それでも嘘偽りのない本心を語るのを、三津島クロエはじっと聞いていてくれた。
「でも、やっぱり死ねないんだよ。だって夢に見るんだもん。こんな苦しくて辛くて、外も満足に歩けない身体でもさ、いつか完治して、息が切れるまで思いっきり外を走り回れるようになるんじゃないかって、絶望的でもなんでもそう願っちゃうんだから」
そう、それは全くもって彼女と同じ気持ち。
いつか八百原那由太の隣に、恋人として並び立てるようになるのではないかと最後まで信じて戦った三津島クロエの願いと、同じ願いであったはずのものだった。
「お前だってそうだったんだよ、クロエ。俺が死にたくないって思ってたのと同じぐらい、お前だって八百原那由太を諦められなかった、最後はハッピーエンドになるって真剣に信じてたんだよ。だから情けないなんて言うな。少なくとも、俺は死にたくないって思って、死にもの狂いで闘病してた頃の自分を情けないなんて思わないぞ」
自分のどこからこんな繊細な言葉が出てくるのか、よくわからなかったけれど――とりあえず言いたいことは言い切った。
嘘はないのだというように俺が三津島クロエから視線を逸らさないように耐えていると――。
急に、三津島クロエの顔が崩壊した。
「ううっ……ううぅぅううぅ……!!」
ぐしゃっ、という感じで、三津島クロエの整った顔がまるで駄々を捏ねる子供のように潰れ、ぼろぼろぼろぼろ、と、いくつもの涙の珠が頬を伝い始めた。
食い縛った歯の隙間から犬の唸り声のような潰れた声を出しながら、三津島クロエは前後にかぶりを振り、大きくしゃくりあげ始めた。
「えぇ……!? クロエ、ど、どうした!?」
「零宮ぁ、アンタなんで、なんでそんないい言葉で慰めてくれんの……!? わだじ、わだじ、あんなっ、あんなに情けなくフラれたのに、なんでそんなに褒めてくれるのよぉ……!!」
そう言うなり、三津島クロエはがばっと、俺に抱きついてきた。
「うわっ!? ちょ、クロエって……!」
「わあああああん! アンタのせいじゃない! アンタがっ、アンタがびっくりするぐらい優しいからぁ……! 責任取って胸貸して! すぐ治まるからぁっ!」
無茶苦茶な理屈を口にしながら、三津島クロエはずいずいと鼻先を俺の胸板に押しつけてきた。
途端に、俺の肋骨のあたりに、これぞお色気枠ヒロインのそれと言える巨大な双丘が、むぎゅうとばかりに押しつけられる感触があった。
生前だったらこれで死んでるな、と思う勢いで零宮零士の心臓がバクバクと鼓動し、三津島クロエの暴力的なまでの女の色香が鼻腔から脳髄に突き抜ける。
ぎゅっ、と俺のワイシャツを両腕で強く引き寄せてたのを最後のきっかけにして――。
三津島クロエは、それはそれは物凄い勢いで泣き始めた。
それはもう、嗚咽とか絶叫とか、そういうものには当てはまらないほどの声量と勢いだった。
まさにこの瞬間に己の全てを涙に換えて流しきってしまおうとするかのように、校舎裏の全ての風景をわんわんと揺らして、三津島クロエは声を張り上げて泣いた。
俺は――というと、その声量と勢いに圧倒され、また女子に抱き着かれた経験もなく、仕方なく身を固くしている他なかった。
身を固くしながらも――俺は天を仰いで、そこにいるのかもしれない何者かに祈った。
頼む、そこに俺をここに転生させた存在がいるなら、せめてこの光景を俺以外の人には見せないでやってくれ。
俺の身体はちっぽけで、このあまりに報われなかった人が咽び泣く姿を衆目から覆い隠してやることすら出来ないんだ――。
数分間だったのか、それとももっともっと長い時間だったのか。
ようやく三津島クロエは「……よし」と涙に震える声を絞り出し、俺の胸から顔を離し、ずびーっ! と思い切り洟を啜った。
「……落ち着いたか?」
「うん、とりあえずは……」
「そうか、そりゃよかった」
「ねぇ、零宮」
「な、なんだ?」
「アンタとは昨日初めて話したぐらいの仲だけど……アンタ、むっちゃ人を慰めるの上手よね」
俺が困惑していると、ニコッ、と、三津島クロエが少しだけ笑い、俺から視線を外して、遠くの景色を眺めた。
「フフ、そっか。少しだけ、少しだけだけど、アンタの言葉で慰められた。そうだよね、私、八百原のこと好きだったんだもん。好きなら諦められるわけない。それは人間が死にたくないって願うのと一緒、なんて……考えたこともなかったけど、その通りだよね……」
痛々しく鼻頭を真っ赤にしていても、明確に何かがひとつ吹っ切れた顔で、三津島クロエはほんの小さく笑っていた。
その儚げな、今はこれが精一杯というような笑顔に、わけもなく胸を衝かれた気分でいると――三津島クロエがずい、と俺に尻をにじり寄せてきた。
「うわ、ちょ――! 近いって……!」
「何よ、今さっきもっと密着してやったでしょ。遠慮すんなし」
「そ、そうだけど……!」
「……ねぇ零宮、私と取引しない?」
取引。その言葉に再び俺が困惑していると、にまっ、という感じで、三津島クロエが再び笑った。
「私、これでも結構引きずるタイプでさ。このままだと多分、高校在学中ぐらいは八百原のこと引きずると思うんだよね」
「そ、そんなに……!? ま、まぁ、今まであんだけ沼ってりゃそうか……」
「そうそう、私は今やっと底なし沼から引きずり出されたところで、まだよく泥も乾いてないの。だからさ……」
三津島クロエが、俺の心臓のあたりを指でつついた。
「これから定期的に、私のこと慰めてよ」
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