泣き疲れるお色気枠
まず目に入ったのは、妹のえるの顔と、おや、という声だった。
あれ、俺、あの後どうなった――? と思っていると、「動かないでください」というえるの鋭い声が飛び、俺は目だけで上を見た。
不思議なことに――俺のこめかみの辺りに、うず高く積み木が積まれていた。
え? なにこれ? と思っていると、すぅ~……と細く長く息を吸ったえるが、慎重に慎重に、積み木の一本を抜き取ろうとして……積み木が崩れた。
コロコロ……と俺の顔の上に大量の積み木が降ってきて、俺はあっぷあっぷと溺れた。
「あッ! ……あーあー、全くもう、動かないでくださいって言ったじゃないですか、お兄様」
「……一応聞いておくけど、える、お前、兄貴の頭の上でなんでジェンガを?」
「だって一晩も死んだように眠ったまま動かないんですもの。最初は流石に心配してましたけど、もうその後はだんだん一人だけスヤスヤ寝てる顔が憎く感じてきて、いっそお兄様で遊んでやろうって気になったんです」
いやその理屈はおかしい、っていうか人の頭を台座にジェンガするなよ。
抗議の意思を込めて睨みつけてから、俺は顔の周りの積み木を手で払いながら起き上がった。
途端に、全身にズキッと鈍痛が走り、俺はうっと呻いた。
「あ痛て、痛てて……!」
「無理して起き上がらなくてもいいですよ。検査の結果、骨折はしてませんし脳にも異常ないようですけど、全身に打撲を負ってますから」
「ああ、そうだろうな……。える、あの後、あのゴロツキどもとチャラ男はどうなった?」
「あ、そうそう! ヤッパで脅してか弱い婦女を暴行しようとしただけでなく、なんの作戦も武器もなく、無茶無謀無策な単騎突撃をしたお兄様を容赦なくボコボコにしたあの不良どものことですね!!」
えるは何故なのか物凄く楽しそうに、目をキラッキラ輝かせながら語り出した。
「あの後、学園は自力での事件解決を諦めて、警察に介入させましたよ! いろいろ余罪もあったそうですから、まず間違いなくそれ相応の刑事罰は免れないみたいです!! まぁ、詳しく取調べを受けるその前に、今は全員が病院のお世話になってるみたいですけどね!!」
「な、なんでそんな楽しそうなの? お前ってそういうの面白がれるタイプだっけ?」
「だって痛快の極みじゃないですか! 三人KO、一人骨折、一人は玉潰れだなんて!! 今まで散々沢山の女の子を泣き寝入りさせてきた悪質な連続強姦魔グループの一斉検挙ですよ! ボロボロになってまでクロエさんを助けたお兄様と、悪党どもを全員ぶちのめしたクロエさんの功績です!!」
クロエ。その一言に、はっと俺は息を呑み、全身の痛みをも無視してえるに詰め寄った。
「そっ、そうだ! クロエ、クロエは!? 今どこにいてどうなってる!?」
俺が慌てて叫ぶと、うわっと顔を仰け反らせたえるが、不思議そうに首を傾げた。
「え――どこにいてどうなってる、ですか?」
「もしかしてどこか怪我してたのか!? クロエは、クロエはどうなってる!? どこにいるんだ!?」
「えぇ……? で、ですからお兄様……」
「こっ、こうしちゃいられない! える、お兄ちゃんは今からクロエのところに行く!! どこにいるんだ!? 案内してくれ!!」
「おっ、お兄様! お兄様落ち着いてください! クロエさんなら……」
今ここにいます、と、えるはベッドの縁を手で指し示した。
え? と俺が目を丸くすると、ベッドの縁に小さな顔を乗せたまま、すやすやと寝息を立てている三津島クロエの顔があった。
あれ、寝てる――? と思った俺が右手でその顔に触れようとして、そこで俺は始めて、三津島クロエの左手が俺の右手に指を絡め、しっかりと握ってくれているのを自覚した。
ナイフの刃を握って奪い取った俺の右手には、血が滲んだ包帯が巻かれていた。
その傷口を更に庇い護らんとするかのように、寝ている三津島クロエの手はしっかりと俺の手を握ったまま、離そうとしない。
「お兄様、クロエさんが起きたらお礼を言ってあげてくださいね。ムカつきますけどクロエさん、お兄様がここに運ばれてきた最中もずっと泣いてたんですよ?」
いつもの陰険な笑みではない、何だか慈愛ある笑みを浮かべ、えるは語った。
「私のせいで零宮が死んじゃう、って――本当は死ぬような怪我じゃないのに、ずっとずっと、お医者さんや看護師さんに宥められるぐらい取り乱して……。つい一時間ぐらい前、やっと泣き疲れて眠ってしまったところなんです」
クロエ……と、俺はその涙の跡が残る目を見て、胸が熱くなった。
思わず三津島クロエの手を握り返すと、フッ、とえるが笑った。
「お兄様を取られたようで悔しいですけど、でも、正直敵いませんよ。恋する乙女は無敵なものですねぇ」
恋――不意にえるが口にした言葉に、俺の心臓が震えた。
そうか、この人、俺に恋してくれているんだな。
恋してくれているから、眠っていても俺の手を離そうとしないんだ――。
俺が真剣に感動していると、うむぅ、と、三津島クロエが呻き、起き出す気配があった。
ジェンガを手早く片付けたえるがベッドの傍らの椅子から立ち上がった。
「ささ、私はお兄様が無事であることをロビーでお父様とお母様に電話で報告してきます。五分ぐらいは戻らないでしょうねぇ。それと、クロエさんとすることはするとしても、病院で病人がOKな範囲にしてくださいね?」
「……うるせぇよ、そこまで妹の世話にはならねぇ」
俺が真剣にムッとして言い返すと、えるはケラケラと笑って病室を出ていった。
それを確認して、俺は左手で三津島クロエの頭を撫でた。
それを感じてか、三津島クロエの美しい碧眼が、ゆっくりと開かれてゆき、俺を見た。
「ぜろみや――?」
寝ぼけ眼で俺の名を呼んだクロエに、俺は再度、頭を撫でてやりながら、笑った。
「おう、おはようクロエ。悪かったな、心配してくれたみたいで」
俺が顔中の傷が開いてしまうぐらい満面の笑みで笑いかけると。
急に両眼をカッと見開き、三津島クロエが動いた。
がばっと、三津島クロエがベッドの上に登り、俺に馬乗りになった。
ええっ!? と俺が仰天する間に、両手首を取られ、ベッドに縫い付けられた。
「ちょちょ!? えぇっ!? く、クロエ――!?」
三津島クロエの碧眼が、何らかの覚悟を定めて光る。
俺が目を白黒させているのにも構わず、三津島クロエが俺に覆いかぶさり――。
ちゅ、と唇が触れ合った、次の瞬間。
三津島クロエは思いっきり、俺の口に舌をねじ込んできた。
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