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愛を交歓するお色気枠

 おっ、おおおおおお、おおおおおおおおおお……! これはヤバい……!!




 バクバクバクバク、と凄まじい勢いで心臓が拍動し、あまりの興奮と緊張感に横隔膜がひくひくと痙攣した。


 吐き気さえ催すほどに身を固くしていると、ふふ、と三津島クロエが俺の耳の横で笑った。




「零宮の心臓、バクハツしそうなぐらいドキドキしてるよ。それと、抱き締め返してくれないの?」




 俺は緊張のあまり氷のように冷たくなった手をにぎにぎとリハビリさせて、ゆっくり、おっかなびっくり、三津島クロエの背中に腕を回した。


 三津島クロエの身体は信じられないぐらい華奢で細くて、すぐ両腕が回ってしまった。


 そのまま、奇妙に落ち着いてしまった様子の三津島クロエから死ぬ気で視線を反らし続けていると、三津島クロエが俺の耳元でぽつりと言った。




「どう? 私の愛、感じる?」

「かっ、感じる感じる……! すげぇよくわかる……!」

「そう。それと、私のIカップ、柔らかくて気持ちいい?」

「そっ、そんなこと聞くなぁ……! ムリムリムリムリ、こっ、答えられない……!」

「あはは。零宮の、またバキバキになってそう。いいよ、もっと私を感じてよ。ケンゼンな男の子なんだからさ……」



 

 そう言って、三津島クロエは自分の頬を俺の頬に擦り付けてきた。


 途端に、気持ちいい? と尋ねられた双丘が俺の胸板に押し付けられる感触も更に強まった。




 ああっ、死ぬ。俺今日、多分死ぬ。


 俺の耳にキーンという超音波のような音が聞こえ始め、血圧が高まりすぎて気分が悪くなってきた。




「ねぇ、もう三十秒経ったかな? あと何秒、零宮に愛を伝えられるかな? 私、ずっとこうしててもいいよ。いや、ずっと零宮とこうしていたい。一時間でも、一日でも、一年でも一生でも……」




 うっとり、としか言えない口調で耳元にそう言われると、脳ミソそのものがドロドロに溶けて耳から流れ落ちていってしまいそうに思えた。


 はーっ、はーっ……!! と、いくら呼吸を繰り返してもまったく酸素が補給できないような感覚に襲われ、目の前が暗くなってきた。


 この人の背骨が折れてしまうぐらい両腕に力を込めて、もっと密着したくなる衝動を、躍起になって押さえなければならなかった。


 それなのに――目がくらんでしまうような興奮の中に、それとは違う、何かの欠落が満たされる感覚、としかいえない不思議な安らぎも感じて、その莫大な安らぎの理由を考えることだけで、その時の俺は理性を保つことに成功していた。




 この、思わず眠くなってしまうような、三津島クロエの肌から放たれ、体温を通じて俺の中に流れ込んでくる、大きくて生温かくて、至上に心地よい感覚――。


 これは一体、と考え、俺がなんとなく答えに達しかけたあたりで――不意に、三津島クロエの身体が俺から離れた。




 瞬間、まるで楽園から追放されてしまったかのような激しい喪失感を覚えた俺は、目を白黒させて三津島クロエを見た。


 はぁ、と浅くため息を吐いた三津島クロエは、ほんのり頬を紅潮させながらはにかんできた。




「どっ、どうだった、零宮? ちゃんと愛、感じてくれた?」

「……愛も感じたけど、正直、生命の危機の方を強く感じたぞ……。ああもう、お前って本当に男の子の理性をイライラさせるの上手だよな……」

「うひひ、それを武器にグラビアクイーンやってます、だかんね。また愛を感じたくなったら言ってよ? 今度は一分間じゃなくて延長でもいいぜ?」

「えっ、遠慮しておきます、しばらくは――!」




 まだ全く治まっていない心臓の鼓動を気にしながら俺が尻込みすると、あはは、と笑った三津島クロエが、不意に顔を逸らして、耳の縁を赤くしながらぽつりと呟いた。




「あー、やっぱゴメン、私も当分はムリかもな、思ったより理性がヤバかったし。これ、学校じゃなかったら多分もっとエロいことしてたな……」

「な、何を言ってるんだよお前……!?」

「あはは、冗談冗談。……よし、愛も伝えたし、随分遅くなったけどお弁当食べますか。あと二十分ぐらいしか時間ないから特急でね?」




 そう言って、三津島クロエはようやく俺と自分の分の弁当を包みから取り出した。


 正直、今のこの興奮しすぎた状態で胃袋に入るのか……? と思ったけれど、さっさとお弁当を食べ始めた三津島クロエにはもう先程抱き締めあった興奮の余韻もなさそうで、まだ一人勝手に心臓をバクバクさせている自分がバカバカしくなった。


 俺が小さく首を振って箸を取り上げると、既に白米を頬いっぱいに詰め込み始めている三津島クロエが口を開いた。




「それと零宮、今日の帰りに買い物に付き合ってよ。約束だったオムライス、明日作ってきてあげるからさ」




 オムライス。その一言に、俺は箸でからあげを摘み上げていた手を止めた。




「おっ、おお、忘れてた……! いっ、いよいよオムライス作ってきてくれるんだな!?」

「うんうん、そのタッパー一杯のヤツを作ってきてあげる。フンパツしてデミグラスソースもつけてちょっと高級感も出してさ、ね?」

「うおおお、でっ、でみぐらすそーす……!! 噂には聞いてたけど実在するんだな……!」

「めちゃめちゃ実在するって。ということで零宮、今日は学校が終わったら校門で集合ってことでOK?」

「うんっ、うんっ! それを楽しみに今日を生きるとも! 絶対オムライス作ってきてくれよな!!」

「任せといてよ。これ以上なく愛情を込めたオムライス作ってあげるから」




 俺の眼前で箸の先端をくるくると回しながら、三津島クロエは妖しく笑った。


 オムライス、か。零宮零士の記憶の中に幾つも食べてきた記憶はあったけれど、「俺」としての記憶を思い出してからはもちろん初体験だ。


 前世は味のしないお粥程度のものしか口にしてこられなかった俺の胸は未知への期待に高鳴りっぱなしで、そのまま昼休みは賑やかに過ぎていった。




 しかし――結論から言うと、このときした約束は、後になって果たされなくなることになる。


 その時の俺は、推しヒロインであった三津島クロエとの甘い日常にかまけて、明確に油断していたのだ。


 この世界はあくまでもラブコメ漫画の世界であり、現実ではまず起こり得ないことだって起こる。




 そう、その油断は後に致命的な結果をもたらすことになるのだということを、俺はこの後、嫌というほど思い知ることになる。





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