進化するお色気枠
「どうどう零宮? これ半年前にサイパンで撮影したんだけどさ、知ってる? サイパンの砂浜ってめっちゃ野生のナマコ転がってるんだよね。撮影中に踏んで思いっきり転んじゃって、これが起き上がったときの写真。いい笑顔だったからってカメラマンさんが撮ってくれたのがOK写真になってさぁ」
「い、いや、直視できない……! っていうか被写体本人がいる横で直視させるな……! どっ、どんな顔して見ればいいんだよ……!」
「なぁによ、水着着てんだから全裸じゃないし。それに見られてる本人は別になんとも思ってないんだから。ホラ、サイパンよサイパン。海めっちゃ綺麗だよ? 見てよ」
「サイパンだろうが沖縄だろうがお前が写ってる時点で直視不可能だろ! ひっ、昼飯時になんてもの人に見せてるんだ……!」
「おやおや? ということは零宮、私の水着姿に興奮してると? あはは、嬉しいなぁ。誰に褒められるよりも零宮にそう言われるのが嬉しい。ちなみにさ、まだプロフィールは変えてないけどこの度私、Iカップに進化してました♥」
「もっ、もうやめてくれ! これ以上は……! ……うっ! あ、う、嘘だろ!? 鼻血が……!」
三津島クロエが笑顔全開、その神がかり的なプロポーション全開で微笑む漫画雑誌のグラビアページに赤黒い液体が滴り落ち、俺は仰天した。
別にグラビア写真を見せられるだけならまだよかったかもしれないが、隣にその水着姿で写っている本人がいて、しかもその写真の中でこれでもかと強調されているIカップ、国宝級ウルトラバストが自分の手の届く距離にあるというのは――正直、生々しすぎる。
しかしだからってまるで漫画のように、というか実際に漫画の世界なのだけれど、興奮のあまりに鼻血が出るなんて。俺が慌てていると、むんず、とばかりに鼻先にティッシュをあてがわれ、俺は目だけで隣を見た。
「あははははは! ウッソ、マジ!? 零宮、私のハダカ見て鼻血出しちゃったの!? 隣に本人いるのにどんだけ興奮してんの!? ウケる!」
ここここの野郎、人に聞かれたら人生一発終了なことを大声で――!
俺が恨めしく隣にいる三津島クロエを睨みつけると、にひひ、と三津島クロエが笑った。
「ああ、零宮はホントに見てて飽きないなぁ。今度はもっと刺激強めのやつ持ってこようか? 具体的に言えば、挟んでるヤツとか、舐めてるヤツとか」
「……一応聞いておくけど、お前、俺を年内に殺す気か? そんなの見せられたら死ぬぞ俺。確実に死ぬぞ?」
「ううん、違うよ。死んでほしくはない。けど、零宮にはもっともっと私を知ってほしいの。私が普段どんなお仕事してるのかとか、どんな景色を今まで見てきたか、とかさ」
なんか突如として、巷の素敵なラブコメラノベみたいな言い回しをされて、俺は大いに困惑した。
「ただでさえ零宮には落ち込んだり、泣いたりしてる姿ばっかり見せちゃってるからさ。私だっていろんな素敵な体験したりとか、綺麗な景色とかを見てきた人なんだって、零宮に知ってほしいの。暗い人生ばかり歩いている人じゃない、私だってちゃんとおひさまの当たる世界も知ってる人なんだ、ってさ。なんというか、本当の私を知ってほしいというか……」
自分でも半分、何を言っているのかわからなかったのか、そこで三津島クロエは白い頬をぽっと桜色に染め、えへへ、と照れくさそうに笑った。
正直、どんな水着写真よりも破壊力が高い、照れさせることはあっても照れることは少ないお色気枠ヒロインのはにかみに、俺の心が激しくざわついた。
「――ッ、だっ、だからって人にこういう写真見せるのかよ……! それなら別にわざわざ水着着てるグラビア写真じゃなくても……!」
「わかってないねぇ零宮は。本当の私を知ってほしいって言ってるじゃん。つまりは零宮には私の生まれたままの姿も知っておいてほしいってことなの」
ゴボッ、と鼻の奥から音がして鼻血が更に噴き出し、ティッシュが赤黒く染まった。
俺はもうそれ以上言葉を発することが出来ず、目だけで恨めしく三津島クロエを見た。
「あはは、ティッシュ真っ赤っかだよ? 大丈夫? 出血多量で死んじゃわない?」
「誰のせいなんだ、誰の……! もっ、もう降参だ。ホント、頼むからホントこれ以上は勘弁してくれよぉ……!」
「ダメダメ、勘弁したげない。もっともっと零宮には私のこと意識させるから。私のことばっかり考えて何も手につかなくなるぐらいになってもらわないと安心できないもん。私の愛って重いんだよ?」
それは知ってるけど、流石に俺にも支えきれないんですけど――。
こんなんで今後もこの人と戦友やっていけるんだろうか、俺みたいなモブの陰キャが――流石に自信がなくなってしまって俯くと、そっ、と、俺の頭に温かいものが触れた。
「うふ、ちょっとイジめすぎた? でも、嬉しい。私、鼻血出しててもちゃんと私のこと相手してくれる零宮が好きよ?」
ドクン。俺の心臓が、心臓によくない感じで強く収縮した。
俺の頭を撫でながら、三津島クロエは真にじっとりとした視線で俺を見つめてきた。
「零宮」
「な、なんだ」
「好き」
「おっ……おう」
「大好き」
「う、うん」
「もう私、多分零宮がいなくなったら生きていけないから」
「そっ、それは言い過ぎだというか……」
「んーん、言い過ぎじゃないよ。零宮は今の私の生き甲斐だもん」
「だっ、だからそれは大袈裟……」
「大袈裟じゃない、大袈裟じゃないよ」
コリコリと、指先で俺の頭皮をくすぐるように撫でながら、三津島クロエは何がそんなに楽しいのか、恥ずかしがりながらも黙ってされるがままになっている俺をニコニコ見つめていた。
「これが戦友じゃなくて恋人だったら、とっくに全部零宮にあげちゃってるのになぁ。あーあ、私、本当になんでアンタのことを先に好きにならなかったんだろう。私って超絶可哀想だと思わんか?」
「な、なんて答えりゃいいんだよ、それ……」
「さて、戦友としてどう答えるべきでしょう? 答えを探してみなさいよ」
「か、可哀想……ではない、と思う」
「ブブーッ、正解は可哀想、でした。私、零宮と恋人になれないのが悲しいよ? でも戦友だからね。ある意味恋人よりもずっとずっと一蓮托生だし。いうたら夫婦みたいなもんだしね」
夫婦。不意に言われたその言葉に、俺は一瞬だけぼんやりと、三津島クロエとそうなっている未来の自分を思い描いてしまった。
俺みたいなモブの陰キャが寝ぼけ眼をこすり、ごそごそと起き出してきたら、三津島クロエがエプロン姿でキッチンに立って味噌汁かなんか作っているのだろうか。
いや、今の御時世、そうなるとは限らない。俺が専業主夫になって、テレビに雑誌にバリバリと活躍する三津島クロエを内助の功で支えたりしているのだろうか。
未来――か。
重い心臓病で明日をもしれぬ身だったときは、考えるのが恐ろしくて仕方なかったこと。
転生する前の「俺」にとっては、苦難の日々の最後に待ち受けている、虚しい結末でしかなかったこと。
そのことを考えることが、今は全く苦痛ではない、むしろ希望に満ち満ちているように思えるというのは、実に新鮮な気持ちだった。
それは何故か、と考えて――俺は須臾の間に巡らせたそのいくつもの想像の中に、常に輝くような銀髪の女がいる事に気がついて、思わず、隣りにいる三津島クロエの顔をしげしげと見つめてしまった。
「……いいな、それ」
不思議そうに俺を見つめ返す三津島クロエの整った顔を見ながら、俺はつい口にしていた。
「えっ? なんて?」
「いいな、って思ったんだよ。そうか、そうだよな。俺だっていつまでも高校生でいるわけじゃない、俺だっていつかは大人になるんだよな」
そうか、零宮零士に転生した俺には今後、「終わり」じゃない、「未来」が来るんだ。
そう考えると何だか不思議な気持ちになり、俺はじっと、俺の隣にいて、なんだかちょっとビックリしている様子の三津島クロエを見た。
「夫婦みたいなもん、か。それは最高だ。お前が俺の奥さんになってくれたら、俺、一生幸せに生きられるだろうな――」
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