立ち直るお色気枠
ドクン。心臓が一拍、強く鼓動した。
今の問いかけが、昼間の比ではないぐらい、真剣な問いかけだということは、三津島クロエのうっすら紅潮した顔を見るだけでわかった。
自分の推しだったヒロインが、今、現実として、目の前にいる。
そしてその女が、俺に真実を問いかけようとしている。
今更ながらにその事実が不思議に思えてくるほど、目の前にいる三津島クロエの顔は、何故か凄まじく美しく、神聖ささえ感じて見えた。
それでも――俺は少しだけ視線を下に落とした。
わからない。人を好きになることとは、どういう気持ちなのか。
辛い別れが繰り返された病室のベッドの上で、意図的に他人との間に一線を引いていた俺にとって、その一線を飛び越えることは簡単なことではなかった。
その一線を飛び越えて歩み寄ってしまえば、いつかはやってくるその時を覚悟することになる。
きっと人を好きになるということは、それを覚悟してでもその人に歩み寄り、その人の手を取ることなのだと、俺にもわかる。
けれど――それ以上のことが、俺にはどうしてもわからない。
推しなどという曖昧な言葉でフィルターをかけるのではなく、この人のことを一人の女の子として、人間として、好きになるということが。
今の俺には、その一線を飛び越える勇気と度胸だけは、どうしても湧いてきてはくれなかった。
数秒間沈黙してから、俺は結局「わからない、ごめん」と、正直に口にした。
三津島クロエが視線を伏せ、隠さず落胆するのを見るのは辛かった。
けれど、一緒にいてなんとなく心地がいい、なんて曖昧な感情を「好き」としてしまったら、きっとこの人は今以上に傷つくのだろうという確信が、俺にもあった。
俺はちょっと慌てて付け加えた。
「あっ、でっ、でも、お前が思ってるより、俺、お前のこと多分、その、アレだ、なんというか、好ましい人だとは思ってるぞ。そりゃ生まれてこの方ベッドの上の世界しか知らないから、これが恋なのかどうか、よくわかんないけど……」
突如、おしゃべり九官鳥のように喋り始めた俺に、三津島クロエが目を丸くした。
ごくっ、と、口中の唾を総動員して飲み干して、俺は言った。
「お前とこうやって会話してると楽しいし、落ち着くし、たまに気が気でなくなるぐらい動揺もするし、なによりもほっとけない。こんな気持ちになるのも、その、一種の恋ってことじゃないのか? たっ、たとえそうじゃなくても、これにとりあえず恋ってラベル貼りつけておくのは……それはナシか? イヤか? お前はそれじゃ満足できないか?」
俺が自分でもよくわからないことを、それでも精一杯誠実な気持ちで言うと。
三津島クロエの顔が、ぽーっ、という感じで、徐々に赤くなっていった。
ええっ!? と驚くと、三津島クロエがあたふたと困ったように挙動不審になり、真っ赤になった顔を背けた。
「やっ、やだ……なんで突然そんな綺麗な言い回しすんの? いっ、いくら私でもハズいんだけど……!」
「えっ、えぇ……!? いっ、今の恥ずかしいか!? 自分でも冴えない答えだと思ったというか……!」
「ハズいよ! なっ、なんていうか、お前みたいなビッ痴女はヤリ友達にはなっても彼女にはできねぇよとか、そういう風に言われるのを覚悟してたのに……!」
「だっ、だから……! そんなわけない! そんな事、俺が今更言うはずないだろ!」
俺は思わず、三津島クロエの左肩を強く掴んだ。
うひゃっ、と三津島クロエが身を竦ませるのも構わず、俺はちょっと大きな声を発した。
「ああもう、そんなに自分を卑下すんなって! フラれてからこの方悪い癖になってるぞ、それ! 自称・世界で一番いい女はどこ行ったんだよ!? お前みたいないい女、男だったら誰だって好きになるに決まってる、そうだろ!?」
――ああいけねぇ、どこぞの熱血主人公みたいなこと言ってるよ、俺。
俺は自分自身に呆れながらも、それでも言いたいことを言おうとする口は止まらなかった。
「お前がそのことを信じられなくなってるなら、俺が代わりに信じるぞ、お前は世界で一番いい女だって! そんでその世界一いい女に好きよだって告白されたことがある、世界で一番幸福な男だって、お前がどう思ってても俺は死ぬまで勝手にそう信じる! それが俺の今の気持ちの全部だ、それじゃダメか!?」
俺が一息に言い切ると、唖然としていた三津島クロエの顔が――数秒の間に、へにゃりと弛んだ。
俺がちょっと驚いていると、えへへ、えへへへ……と、照れたような三津島クロエの笑い声は徐々に大きくなった。
「……なっ、何よそれ、ほとんどプロポーズみたいなもんじゃん。死ぬまで勝手に信じるとか……まだ高校生なのに、私なんか相手にそんなこと思い切って言っちゃっていいの?」
「ああもう……そっちで勝手にいいように解釈してくれ。言っちゃったもんは仕方ないから……」
場の雰囲気に流されてとんでもないことを口走った俺が、あまりの恥ずかしさに前髪を掴んで呻くと、「ねぇ」と三津島クロエが俺の袖を引いた。
ん? と俺がようやく三津島クロエを見ると。
三津島クロエが、夕暮れ時にもはっきりとわかるほどに顔を赤らめて。
ちゅ、と、次の瞬間、俺の右頬に湿った暖かさが触れた。
「え――!?」
「にひひひひ! 奇襲成功、トラ・トラ・トラ」
「えっ、えぇ――!? いっ、今、俺に何したの……!?」
「何って、情熱的なキッスをひとつ。私、零宮のこと好きなんだから当たり前っしょ? そんで零宮も私のこと好きなんだから――嬉しいよね?」
「んな、なななな……!?」
さっき股間をまさぐられた時よりも、更に動揺していると、三津島クロエの両腕が俺の首筋に回り、俺の胸板に人差し指でのの字を描きながら、猫なで声で甘えてきた。
「ねぇ、やっぱり私ら、近いうちに最後までシちゃおうか? 勢いと若さ故にイッパツドカンとさ、そしたらもう零宮も私も逃げらんないねぇ」
「だっ、だから……! そういうシモいことを男相手にポンポン口にするのは……!」
「あはは、さっき私に迫られてガチガチに勃起してた男がよく言うじゃん。ちなみに私、さっきのアレがオトコのイチモツを掴んだ初体験♪」
「やっ、やめてくれ、ホントやめてくれ! 明日からお前と目線合わせられなくなるから! どんな顔して会えばいいのかわかんなくなるから……!」
「ああもう、零宮は可愛い、可愛いなぁ……。さっき言ってくれた通り、死ぬまで私にこんな表情見せてよ。もっとぶっちゅんぶっちゅんチューしたら更にいい表情出るのかな……」
「うわああああああ! もっ、もういい! もう今日はチューはご遠慮しときます! あの、後日まとめてということで……!!」
――俺、これから毎日こんな風に迫られて、無事に来年を迎えられるのだろうか。
一ヶ月ぐらい経ったら、あまりのリビドー故にコロリ死んでしまったりしないだろうか――。
真剣にそんな馬鹿なことを心配している俺はしばらく、三津島クロエの両腕から逃げられそうになかった。
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