逆襲のお色気枠
「ちょちょ、クロエ……! ほっ、本当に一緒に帰らないとダメか……!?」
「なぁにを言ってんのよ、戦友! どうやら聞いた話によるとアンタと帰る方向一緒らしいじゃん。一緒に帰らないと損っしょ?」
「な、何を損するのかよくわからない上にこれといって得もないだろ!? あっ、あの、クロエさん!? みんな見てるんで人前で人の腕に胸を押しつけるのはちょっと――!」
今をときめく、ときめいてるはずの健康体の高校生が、よりにもよって帰宅部とは――今更嘆いても仕方ないことだとはわかっていても、本当に零宮零士という男は救い難く陰キャであったようである。
そんなわけで、俺という男が放課後は特に立ち寄るところもなく家に直帰する生活をしていることがバレてしまった結果、俺たちはその日の放課後から「一緒に帰る」ということが三津島クロエによって一方的に決定されてしまった。
当然、陰キャモブでしかない俺は激しく尻込みし、かなり強めに断る方向で調整を試みたのだけれど、腐っても相手は猪突猛進が身上であるラブコメ漫画の三番目のオープンお色気枠ヒロインである。
俺の必死の抵抗は大波に飲まれる木の葉のように呆気なく無視され、俺は今、学園の昇降口で三津島クロエに引っつかれながら下校準備をするという、陰キャモブには決して有り得てはならない体験をしているのであった。
「ちょちょ、クロエ、あの、お願いだからあんまり引っつかないでくれ……! みんなの、みんなの視線が痛い、痛いんだよ……」
「いいじゃん、関係ない人の視線なんて無視すれば。……それよりほら、零宮! 靴はちゃんと履く! 踵潰して靴履いてるようなオトコは挨拶できないオトコと一緒だよ! 全くもう、子どもなんだからさぁ……」
「あ、いいいい! 自分で、自分で履き直す! 履き直すからそんなお母さんみたいなことしないでも……!」
「いいっていいって、私がやったげるって。……ほら、これでヨシ」
俺の薄汚れたコンバースの踵に指を突っ込み、履き直させた三津島クロエは、しゃがんだ状態のままから俺に向かい、まるで包容するかのように慈愛ある笑みを浮かべた。
その国宝級のデカさ故なのか、何だか妙に母性すら感じさせるその笑みに胸を衝かれた俺は、激しい動揺と、同世代の女の子に小っ恥ずかしい世話を焼かれた羞恥心に、ぷいっと顔を背ける他なかった。
「……っ! クソ、そっちばっかり余裕ぶってんのズルすぎだろ。こっちはお前の一挙手一投足でいちいち心臓止まりそうになってるのに。勘弁してくれよ……!」
「あははは、零宮、アンタって自分で陰キャっていってるけど、ホンット拾うの上手だね。アンタと会話してると八百原のせいで死んでた自己肯定感が復活しまくるって」
いや、拾ってるんじゃなくて普通にお前がいい女すぎるってだけなんだけど――!
まるではしか患者のように激しく顔を赤面させ、小刻みに打ち震えるしかない俺の左腕をしっかりと胸の谷間の間に挟み込み、三津島クロエが小首を傾げ、少しだけぎこちなくはにかんだ。
「よっしゃ――じゃあ一緒に帰ろうか、戦友」
――更に、こういうグイグイ来るタイプのくせに、ふとすると若干表情が緊張してるのがわかっちゃうの、反則だろ。
腕から伝わる三津島クロエの体温と、ねっとり鼻腔に絡みつく麝香のような甘い芳香に、頭がくらくらして、校舎を出る僅かの間でも千鳥足になりそうになる。
同じく帰宅部なのであろう周囲の陰キャ男子たちの憎悪と殺気の籠もった視線、チッ、と俺に聞こえるように繰り返される舌打ちの音……今や世界のすべての男が俺の敵だった。
人生最悪に居心地の悪さを感じつつも、その一方で、こんなにも可愛い女の子、しかも推しであったヒロインと密着して歩ける幸せ、そしてそんなことが実際に起っている不思議に、何だか脳の芯が痺れて、危険な脳内物質が血流に乗って全身を駆け巡っているのが、確かにわかる。
何度も言うが、俺はこの世界にとってはただのモブキャラである。モブキャラであるが故に――三津島クロエから一方的に、そして瀑布のように叩きつけられる好意から逃れる術を、なにひとつ持っていない。
一葉深雪、二階堂奏という他のヒロインがいる八百原那由太でさえ、作中で繰り返された三津島クロエのお色気全開の悩殺アプローチにはいつもタジタジだったのだ。
ましてやそんな予防策などなく、素っ裸にパンツ一丁でその一大攻勢を受け止め続けなければならなくなった俺の自制心が果たしていつまで持つのか……正直、俺自身も甚だ自信がないとしか言えない。
「ねぇ零宮、いつか一緒に帰りにカラオケとか行こうよ、モチロン二人きりで。なんか二人きりっていうのがいかがわしいし、カラオケならいくら大声出しても外には聞こえないしさ」
――そんなデッドオアアライブな状況なのに、コイツは。
俺は99%メロメロな気分で、1%は真剣にこの女をグーでぶん殴りたい気持ちで、真っ赤っ赤の顔のまま三津島クロエを睨みつけた。
睨みつけられたのに、三津島クロエは嬉しそうにニヤニヤと笑った。
「おっ、いいねその表情。零宮、ただのカラオケのお誘いでナニをどこまで想像したんか?」
「ぐっ……! べっ、別にナニも想像してねぇよ! お前こそそんなことペラペラ口にして恥ずかしくないのか!? しっ、正直言って痴女くせぇぞ……!」
「私が痴女なんじゃないの。私を痴女に変身させるオスが悪いの」
「オァ……! わっ、わかったわかった! 降参、降参するからホントそういう発言はもう……!」
「フヒヒ、本当に零宮は可愛いなぁ。私までなんかヘンな気分になりそう。……ねぇ、このまま勢い余って近いうちに一線超えちゃおうか?」
まるでイケナイこそこそ話をするかのように耳打ちされて。
――ブツッ、と、俺の中で何かがちぎれるような、そんな音が発した。
ハァ~……と、俺は大きく大きく息を吐き、やんわり三津島クロエの腕を振りほどいた。
三津島クロエが、不思議そうな表情で俺の顔を見上げた。
瞬間、ガッ、と、俺は両手で三津島クロエの両肩に手をかけた。
「え――? ちょ、零宮――」
「……おぉ、お前がそう言ってくれて嬉しいよ。そこまで言われて引き下がるのはいくらなんでも男の恥だよなぁ?」
すぅ~っ……と、鼻から息を深く吸い込んで、俺はギンギンに冴えた目を見開いた。
「そこまで言うなら、今ここで超えてみるか? その一線とやらを」
「続きが気になる」と思ったら
お気に入り登録、「★」での評価、
もしくはコメントにて
「( ゜∀゜)o彡°」
とコメントの投稿をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。




