地鳴らしのお色気枠
「ふぁっ――?」
私のこと、好き?
そう問われて――そのとき俺は正直、生まれて初めて、死ぬほどドキッした。
思わず三津島クロエを目だけで見ると、三津島クロエは気の毒なぐらい必死な表情で俺を見つめていた。
「お願い、零宮。戦友としてでも慰め役としてでも、ただのオカズ女としてでもいいから。私を異性として、女として少しでも好きなら――そう言ってよ」
い、いや、それ言っちゃったら流石に……!
自分がこのラブコメ世界ではストーリーに絡まない単なるモブキャラである事実を今めかしく引っ張り出してきて困ってはみたものの、この表情でこんな内容のことを迫られると、真実、俺なんかにはどうしようもなかった。
ただ――俺にわからないのは、人を好きになることそのものなのだ。
何度も言うけれど、前世の「俺」は身体が弱くて、まともに学校に通ったこともないし、病院以外の世界をあまりよく知らない。
友達もいなかった、親しいと言える人すら少なかった。
だから俺が「推しヒロイン」として感じている三津島クロエへの親愛や尊敬の念が、本当に好きな異性に感じるべき感情であるのかどうか、俺にはわからないし、誰も教えてはくれない。
そんな俺が今の状態でその言葉を口にしてしまうのはいくらなんでも不誠実なのでは――と困ったけれど、そんなことはお構いなく、三津島クロエはその碧眼を潤ませて更に懇願してきた。
「お願い、お願いお願いお願いお願い、零宮。たった1パーセントでもいい、私に異性として好意があるならここでそう言ってほしい。もし零宮がそう言ってくれるなら、私、他の人に百万回尻軽なビッチだって罵倒されてもいい。だから――私のこと、好き?」
というかこの人、こんな風に他人に縋りつくような言動をする人だっただろうか。
作中ではどちらかというと豪快で強気で、八百原那由太には「いつか絶対に振り向かせてやるんだから!」とか宣言するタイプのヒロインだと思っていたけれど。
一度フラれた直後であるため情緒が安定していないのか、フラれたことで今まで絶対的であった己への自信を失ってしまったためなのか。
その表情は本当に必死そのもので、ここで俺がその発言を拒否すればその場で卒倒しかねないようにすら見えた。
お願い、お願いだから――。
そう懇願している表情の三津島クロエを見て、俺は覚悟を決め、口中のありったけの唾を掻き集めて飲み込んでから、答えた。
「う、うん……好きだよ」
俺はとりあえず、生前読者として感じていた三津島クロエというお色気枠ヒロインに対する「推し」の感情が、恋愛的な「好き」にごく近いものである可能性に賭けることにしたのである。
言ったその瞬間、ぱあっ、という感じで、三津島クロエの顔に弾けるような笑顔が広がった。
「本当!? 嘘じゃない!?」
「う、嘘なわけがないというか……うん、1パーセント以上は確実に好き、だと思う、けど……」
「うふふふふ! どうしよう、むっちゃ、むっちゃ嬉しい! もっかい、もっかい! アンコール!!」
「あ、アンコールって、な……何を?」
「好き、って、もう一回言って! 今度は私のこと名指しして好きって言ってよ!」
「えっ、えぇ……!?」
「いいじゃん、減るもんじゃないし! ホラホラ、私のこと好きって言って!」
目をキラッキラと輝かせ、鼻息を荒くし、見えない尻尾を散歩に出る直前の子犬のようにぶんぶんと景気よく振り回しながら、三津島クロエはずいずいと迫ってきた。
一度はフラれたというのが信じられないぐらい可愛い顔、甘いというよりはもはや性的としかいえない女の芳香、集中してないとすぐガン見してしまいそうになる国宝級バストの三点セットで迫られると、健康になった俺の心臓でさえ、いつまで持つかはわからない。
俺はとうとう観念することにした。
「わ、わかったわかった! 言う! 言うからちょっと離れろ!」
「うんうん、離れる、離れるからホラ! 言って! 言って!」
言って、じゃないだろ……と俺は多少ゲンナリした後、深呼吸を繰り返し、顔を真っ赤っ赤にしながら、ぼそぼそと口にした。
「俺は、その、三津島クロエのことが、確実に1パーセント以上は……その、異性として、好き、です、よ……」
その冴えない言葉でも、喜びが限界突破してしまったかのように、三津島クロエの顔がへにゃっと蕩けた。
「んふふふふふ、幸せ! 私、すっごい幸せ! これで私ら1パーセント以上は両想いってことだね!」
「……あの、悪いんだけど、こんなんで本当に嬉しいのか? その、お前ってモテるじゃん。男に告白されたことなんてたくさんあるだろ?」
「ぜ~んぜん違うよ! だって私が好きな人には好きって言われたことないから!」
だから、そんな簡単に他人への好意をあっけらかんと表明しないでくれ――!
ぐふっ、と唸って手で口元を覆って顔を背けると、三津島クロエが俺の頭を撫でながら蠱惑的に囁いてきた。
「おやおや? 随分とわかりやすいヒットマーク出すねぇ零宮は。それでいいよ? こんないいメスに積極的に言い寄られて零宮は幸せだねぇ」
「や、やめてくれ……! 洒落にならない、ずっと前から洒落になってないから……!」
「いくら私でも洒落や冗談でこんなこと言うわけないだろ、ん? ちなみに私は零宮のことかなりスキだよ? 私の口から聞きたかったらいつでも言ってね?」
「あっ、あの、ほ、ホント、ホントやめて! とっ、とりあえず頭撫でないでくれ! おっ、おお、俺を殺す気か……!?」
本当にこの人、負けヒロインなんですか!?
っていうかこれで最終的に勝てないって一体全体どういうことなんですかね!? ラブコメの常識っておかしすぎだろ!
こんなイイ女に全力全開で好き好き好きです私はあなたのことが好きなんです好き好き大好き超愛してるなんて言われても他の女を選べるラブコメの主人公って何者!? ターミネーターなの!? 液体金属で出来てるわけ――!?
他のヒロインという強力な遮蔽物を一切持たない俺のようなモブキャラにとって、お色気枠ヒロインが真っ正面から浴びせかけてくる愛情の集中砲火は、もはや悪逆と言っていいほどの鉄風雷火の雨霰、まさに「地鳴らし」ともいえるものだった。
生まれて初めて面と向かって異性に「好き」と言われたことも初めてなら、その相手がまさかの推し漫画の推しヒロインだなんて。前世で心臓病という苦行で功徳を積んだだけのことはあるのかもしれない。
死ぬ前はこんな辛いならさっさと死んじゃったほうが楽だと思ってたけど、苦労というものはするもんだなぁ――と俺が思っていると、ずい、と俺の目の前に箸に突き刺さった状態のゆで卵が差し出された。
「よーし、というわけで、お互い1パーセント以上は両想いになったということで……はい、あーん!」
「だっ、だから、自分で食べられるって! もう昼休みも大分過ぎちゃってるだろ!? いいからお前は自分の弁当食べろって……!」
「なによぉ、せっかく1パーセント以上は両想いになったんだから、記念にあーんぐらい受け取りなさいよ! もうアンタは1パーセント以上は私のオトコなんだからね! 義務を果たさないならねじ込むまでよ!」
「わっ、わかったわかった、わかったからちょっと離れてくれ! おっ、俺マジで死んじゃう、死んじゃうから! 戦友として義務は果たす! だからちょっとブレークブレーク……!」
全くもう、お色気枠ヒロインは噛ませ犬だなんて、一体誰が言い出したんだ?
強い、強すぎる。強いぞ三津島クロエ。
少なくとも俺にとってはこれ以上なく破壊力抜群だよ――。
莫大な羞恥心にパニックになる頭の片隅でそんなことを考えながら、俺たちは全くもってイチャイチャとしか言えない、甘く弛んだ昼休み時間を楽しんでいた。
「続きが気になる」と思ったら
お気に入り登録、「★」での評価、
もしくはコメントにて
「( ゜∀゜)o彡°」
とコメントの投稿をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。




