進撃のお色気枠
「ほら零宮、あーん?」
「あ、あーん……」
「もぉーっ、もっと豪快に口開けてよ。そんなおちょぼ口じゃせっかく五時起きで作ったハンバーグが入んないじゃない。もっと男らしく口開けんかい!」
「あ、あがが……!」
「よしよし、じゃあ零宮人生初のチーズハンバーグ、行くよ……」
その宣言と同時に、俺の口に中に遠慮なく肉の塊が押し込まれてきた。
口を閉じ、しばらく神妙な気分でむっちゃむっちゃと咀嚼した俺は、はぁ~……と額に手をやってため息を吐いた。
「……世の中の健常者って常日頃からこんな美味いもん食べてるのか。そりゃ健康にもなるわ。ちくしょう、どうせ死ぬなら身体に悪いけど美味いもんを死ぬほど食ってから死にたかったぜ……」
「何を縁起でもないこと言ってんの。それで、美味しい?」
「俺の人生なんて大概嫌な思い出しかないけど、その嫌な思い出が三つぐらい消えるレベルで美味いよ」
「あはは、相変わらず食べさせ甲斐があるなぁ零宮は。八百原なんて二階堂さんとか一葉さんに遠慮してなんかよくわかんないことブツクサ呟くだけだったのにさ」
「ああ、一葉は不器用で料理なんかできないからな」
あの一方的な宣戦布告から三日後の昼休み、俺は相変わらず例の校舎裏の階段に腰かけ、三津島クロエ特製の弁当を楽しんでいた。
三津島クロエが行った再びの宣戦布告により、俺たちの関係は「慰め役と慰められ役」から「戦友」へと昇格したらしいので、校舎裏の雰囲気はこれまでのように湿っぽい感じではなく、なんというか、普通に恋人同士がイチャイチャしているかのような、弛んだ甘い雰囲気が満ちていた。
三文陰キャモブがこんなことしてていいのか、原作はぶっ壊れてしまわないのか……と心配はしていたものの、どうせ俺はもう原作を読むことは出来ないのだし、気にしても仕方がないのだと無理して開き直ってからは、幾分か気持ちも楽にはなってはいた。
「ねぇねぇ零宮、次は何が食べたい? またあーんさせたげるから! どれ食べたいか言ってよ!」
そう言って三津島クロエは物凄く愛らしい表情で、物凄く目を輝かせながら俺にぐいぐいと顔を近づけてきた。
三津島クロエの顔が近づいてきた分、なんとなく仰け反って逃げながら、俺はなんとか三津島クロエをなだめようとした。
「あっ、あの、俺、自分で食べれるからさ……! こんなことずっとやってたら昼休みが終わっちゃうだろ? そろそろ自分で食べさせて……!」
「もぉーっ、アンタまで八百原みたいなこと言って! 可愛くないぞ零宮零士! 何よ、戦友のあーんが受けられないっての!?」
「タチ悪い絡み酒かよ! だっ、だって、いくらなんでもお前みたいな可愛い子にずっとそんなことされてたら、こっちだってせっかくの料理の味がよくわかんなくなるだろ? な? それは勿体ないというか……!」
俺が決死の覚悟でそんな事を言うと、おや? というように意外そうな表情を浮かべた三津島クロエが、次の瞬間には「なになに? なんか聞き捨てならないこと言ったね?」とニヤニヤと笑った。
「へぇ~。零宮、私ってそんなに可愛いかね?」
「あっ、当たり前だろ! 十人いたら十人が可愛いって言うわ!」
「その十人の中には当然零宮も含まれると?」
「……なんか客観的な評価を俺の主観的な評価にしようとしてる?」
「それで、どうなの? 含まれるの?」
「う、うん……」
俺が白旗を挙げるつもりで頷くと、にんまぁ~っ、という感じで三津島クロエのニヤケ面が更にニヤけた。
「正直で大変よろしい。これからも零宮には永久的にスマイルゼロ円だから、見たけりゃ言ってね?」
――クソックソッ、この女、99%可愛いけど1%ぶん殴りたい……!!
俺が胸を押さえて顔を背けると、三津島クロエがケラケラと笑った。
「ほらほら、零宮、こっち見て! じゃあじゃあ次は、このゆで卵あーんしたげるから、ホラ! ホラホラホラホラ!」
何度も言うけど、八百原那由太のヤツ、こんな攻勢によく一年も耐えたな――。
落ち着け落ち着け、と、三津島クロエに、何よりも自分自身に言い聞かせるかのように念じて、俺はなんとか話が出来るぐらいに頬筋を引き締めた。
「あ、あのさクロエ。一応確認しておくけど、俺たちって別に付き合ってるとかではないんだよな?」
「んーん、付き合ってない。そもそも私らが付き合ったらダメだってアンタが言ったんでしょ。何を突然?」
「そ、そんなあっけらかんと肯定されると今のこの状況に説明がつかない気がするんだけど……! あ、あのなクロエ、別に付き合ってるわけでもない男にこういうことをするのはよくないことというかなんというか……」
ああ俺、今まさに三流ラブコメ漫画の主人公みたいなこと言ってる……!
思えばあまりにも冴えない窘めの言葉に、案の定三津島クロエがジト目になって俺を睨みつけてきた。
「何よソレ、なんかどこぞの鈍感優柔不断男みたいなこと言うじゃないの。テンション下がるなぁ……」
「しっ、仕方ないだろ! いざ実際に同じ状況に放り込まれるとこういう冴えない言葉しか出てこないんだよ! 俺自身もビックリだわコレが!」
「別に付き合ってなくても私らはもう戦友でしょ? ある意味恋人同士よりも強い絆で結ばれてんじゃん」
三津島クロエはジト目のまま、チャキチャキと続けた。
「それに別に抱き合ってチューするだけが愛情じゃないと思わない? ロクに料理の味も知らない男に手ずから作った手料理の味を教えてあげるのも一種の愛情でしょ。知ってる? 恋って漢字は下に心があるから下心、愛は真ん中に心があるから真心っていうの」
「な、なんかめっちゃ哲学的なことを語り出したよこの人……! そ、そりゃそうなのかもしれないけど! あの、いくら自分から言い出したことだとしてもだな、こんなことされ続けたら俺だって流石に勘違いしちゃうというか……!」
俺がしどろもどろに言いかけた、その瞬間だった。
スッ……という感じで、三津島クロエの碧眼からいつもの光が消え――代わりに、なんだか物凄くどす黒い色の何かが滲んだように、少なくとも俺にはそう見えた。
途端に、周囲の気温が突如として二、三度も低下したような冷気が三津島クロエを中心に噴き出し、俺の頬をかすめて拡散した。
「勘違い、じゃないよ?」
「へっ?」
「私、もうだいぶ零宮のことスキだもん、そりゃ八百原に感じてるものとはちょっと違うのかもだけどさ。そうでなきゃ毎朝早起きして弁当なんか作るはずなくない?」
三津島クロエが、ほんの少しだけ、俺を責めるような目と口調で言った。
「私の愛情ってさ、そんなに軽いかな? 私はただ好きなものや好きな人には正直でいたいだけなのに、零宮までそんなこというの? 私のそういう行動って、零宮にとっては迷惑なの?」
その言葉を聞いて――俺ははっと、あることを悟った。
そうだ、この人はもう既に、同じようなことを八百原那由太に言われ続ける体験を経ているのだ。
たしなめようとして、まさかの手酷い追い打ちを掛けてしまったことを猛烈に反省して、俺は頭を掻いた。
「あ、そ、そうだよな……ごめんクロエ。俺まで八百原那由太みたいなこと言っちゃって……今の一言は戦友失格だったわ」
俺がブツクサと反省の念を込めて口にすると――。
スッ、という感じで三津島クロエが俺に尻をにじって近寄ってきて、俺の腰辺りを右手で触れ、顔を覗き込んできた。
「ねぇ零宮」
「な、何?」
「実際さ、私のこと、好き?」
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