ゲリラ戦を戦うお色気枠
俺の言葉に、三津島クロエが顔を上げた。
その驚いたような表情に向かって、俺は淡々と言った。
「なんだよ、その顔。高校在学中は八百原那由太のことを引きずる予定なんだろ? だったら俺だって高校在学中は昼飯をお前にずっと作ってもらってもらいながら、お前の愚痴をずっと聞くってことだ。なおかつ、俺はお前が作ったオムライスが食いたいんだ」
そう、零宮零士としてこのラブコメ世界に転生した俺の「役目」。
それは今のところ、三津島クロエに寄り添い、その愚痴や弱音をウンウンと頷きながら聞き、慰めることであるはず。
三番目のお色気枠負けヒロインとしての三津島クロエの「役目」は終わっても、まだ俺の「役目」は終わっていないはずだ。
「あのさ、クロエ。俺、人を好きになったことがないから、今のお前の気持ちが完璧にわかるとは言わないよ。わからないから、わかるまで聞かせてくれ。そんで、お前の今の気持ちが本当にわかるようになった時は、今よりもっと心強い慰め方が出来るようになると思うからさ」
自分でも半分、何を言っているのかわからなかったけれど。
それでも俺はなんとかしてこの人を慰めたかった、慰めたかったのだ。
一番努力して、一番ストレートに気持ちを伝えて、一番身体を張ったこの人を。
勝ちなど有り得ないゲームを、それでも真剣に、誠実に戦ったこの人を。
それは読者として、そしてこの物語のファンとして、すべてを見ていた俺にしか出来ないことのはずだった。
「お前が納得して、本当の意味で八百原のことが吹っ切れるまで、俺、ずっとお前の話を聞くからさ。な? だからそんな顔するな。お前は笑ってなきゃダメなんだよ。タフで、パワフルで、奔放でエロくて元気な、世界で一番いい女――それが三津島クロエ、そうだろ?」
世界で一番いい女――それはこの人の座右の銘だ。
勝ち気と負けず嫌いの塊で、自分の容姿に絶対の自信を持っていて、自分はゆくゆくは全世界の男どもを跪かせるべき存在なのだと豪語してやまなかったこの人には、その奔放さ、あけすけさが見る影もなくなった今の負けヒロイン仕草など似合わない。
この人は笑っているべきなのだ。
その人並み外れたデカさを誇張するかのように、常に胸を反らして、お天道様にケンカを売るかの如く、傲然と立っていなければダメな人なのだ。
しばらく、物凄く不思議そうな表情で俺の顔を見つめた三津島クロエが、プッ、と吹きき出した。
吹き出した後は、あはは、あはははは……! とその笑い声はどんどん大きくなり。
戸惑い全開でその笑い声を聞いている俺を見て、三津島クロエは目尻の涙を指で散らした。
「アンタ、本当に可哀想な人なんだね。オムライスも食べたことないとか……いくらなんでも壮絶な人生すぎて笑うしかないわよ。前も言ったけど、アンタに愚痴聞いてもらってるのが申し訳なくなるじゃないの」
「え? そ、そんなことはないよ。むしろ今は健康そのものの俺なんかよりも今のお前の方がよっぽどに気の毒――」
「ほら、それ」
ずびっ、と、人差し指を鼻頭に突きつけられ、俺はむぐっと唸った。
「零宮、アンタは絶対に私をサゲた言い方しないじゃない。昔のアンタと比べたらフラれてメソメソしてる私の悩みや苦しみなんか本当になんでもないことなのに。そんなこと気にすんなって、俺が経験したことに比べたら小さいこと、取るに足らないようなことだよって、アンタなら簡単にそう言えるはずなのにさ。デキた男よ、アンタは――」
三津島クロエの不思議な色の瞳に数秒間、じっと見つめられたままになっていると。
あはは……と寂しそうに笑って、三津島クロエが遠くの景色に視線を移した。
「――私、なんでアンタの方を先に好きにならなかったんだろうな」
その一言には、正直、ドキッとした。
そしてそれ以上に、膝を抱え、遠くの景色を一心に見つめる三津島クロエの横顔は――何故なのか、本誌でも単行本でも見たことがないぐらい、とても美しく見えたし、俺などが気易く触れられない、ある種の神聖さのようなものが満ちていたように見えた。
「あんな鈍感難聴優柔不断男なんかよりも、アンタの方がよっぽど優しいし気遣いも上手い。アンタと付き合ってたらきっと私たち、誰でも羨むぐらいのバカップルになれたと思うよ? これはお世辞じゃない、本当にそう思う」
三津島クロエはぼんやりとした表情と目つきのまま、そこで少しだけ、言葉を区切った。
「自慢じゃないけど私、結構モテるんだよ? 男と付き合ったことはないけどさ、今まで告白された回数だったら一葉さんにも負けないと思う。そりゃこんないい女なんだもん、周りがほっとかないよ。それに彼氏になったら堂々とこのチチ揉めるんだもん、そりゃ男の子だったらワンチャン夢見るよねぇ――」
まるで俺が何かを言い出すのを待っているかのように、三津島クロエは口を閉じなかった。
「しかも今は一年間沼ってた男にフラれてボロボロのヨボヨボだからね。人の思いやりとか優しさとか、今ならいつもの倍ぐらい強く感じちゃうと思うなぁ。あーあ、誰かいないかなぁ。この際見てくれはどうでもいいから、優しくて気遣いができて、あんな男のことはこの俺が綺麗さっぱり忘れさせてやるよって、私のことアツく口説いてくれるような素敵な男の子がさぁ――」
そこで三津島クロエは、俺に意味深な流し目を寄越した。
ねっとりとしていて酸っぱいような、オスを誘う発情したメスそのものの目。
正直、正直な話、かなりグッと来たけれど。
俺はあらゆる煩悩を頭の中から追い払い、しかめっ面で応戦した。
数秒間、にらめっこをした後――先に降参したのは三津島クロエだった。
「あはは、ダメか。私もまだまだだなぁ」
「……ぶっちゃけ、かなり危なかったよ。でも、死ぬ気で我慢したさ」
「なんで? 零宮なら揉み放題のしゃぶり放題にさせてあげるよ?」
「よ、よしてくれ。それに、なんかそれは違うと思ったからさ――」
俺は憮然とした気持ちのまま三津島クロエに顔を近づけ、気炎を吐いた。
「今ここで俺とお前がそうなったら、きっと八百原那由太はホッとしちゃうだろ? そんなのは許せねぇ。せめて今のお前の半分ぐらいは引きずらせてやるんだ。お前みたいないい女をフッて本当によかったんだろうか、ってさ、毎晩布団の中で悶々とさせてやりたいんだよ」
そうだ、負けたら負けたでこっちにも意地がある。
曲がりなりにもこの世界のキャラに転生したなら、主人公だけがメインヒロインとくっついて、二人だけが幸せになって終了、それがラブコメというものだとしても。
いざ自分が曲がりなりにも当事者の一人となったら、そんな勝ち逃げは許せないし、この人なら許したはずがないとも思う。
俺は決然と言った。
「ここまでお前と深く関わり合いになったなら、白旗振って大人しく投降なんかしてやらないぞ、俺は。クロエ、俺ら二人で一緒に山に逃げ込んでアイツ相手に泥沼のゲリラ戦を展開してやろうぜ」
鼻息を荒くしながらの俺の提案に、三津島クロエが手を叩いて喜んだ。
「いいねぇ、ゲリラ戦! その表現好き! たまに山から降りてきて大暴れして引っ掻き回すわけだ。最高じゃないの!」
「ああそうさ。八百原がスヤスヤ寝てるところに夜襲かけて不眠に悩まさせてやるんだよ。それが惨めに生き残った敗残兵の意地ってもんだ、そうだろ?」
「零宮、アンタ本当にナイス。あーあ、八百原にフラれたのは悔しいけど、アンタとこういう会話が出来るようになれたのはよかった、本当にさぁ……」
フゥ、と、またひとつ何かが吹っ切れた表情の三津島クロエが一息ついたところで――朝のHRの開始を告げる鐘が鳴った。
あ、いっけね、急いで帰らないと……と腰を浮かせたところで、ぐい、と襟首を掴まれた。
ワイシャツで首が絞まり、ゲェ、と潰れた声が出たところで、三津島クロエがニヤリと笑った。
「いいじゃん、急がなくっても。この際だからもうふたりで堂々と遅刻していこうよ」
「えっ、えぇ……? でっ、でも……」
「アンタ、いまいま自分が言ったこと忘れたの? 私たち、一緒に山に逃げてゲリラ戦するんでしょ?」
そこで三津島クロエは、これぞお色気枠ヒロインの笑みという感じで、何かを企んだ笑みのまま小首を傾げた。
「意味深に遅刻していった方が、ふたりで何をシてたのかみんな気になるじゃん?」
物凄く意味深な一言を間近で言われて、俺の心臓が強く収縮した。
……ウオォ、これが、これがお色気枠ヒロインか。
こういうことをサラッと、そしてこんなにもグッと来る表情で言えるのか。
それと同時に、三津島クロエの手が素早く動き、俺の左腕を両手で取って、お色気枠ヒロインのお色気枠たる部分をぎゅうぎゅうと押しつけてきて。
当然、俺は猛烈に慌てたし赤面した。
「ちょちょ、クロエ……! あ、あの、あたってるんだけど……!」
「何を平成一桁みたいなこと言ってんのよ。あててるんですけど?」
クソ、やっぱこの人、負けヒロインだけどめっちゃ可愛いし柔らかい――!
ふぐっ、と唸って、俺は顔を背けた。
「……ひとつ、アイツを尊敬するわ。八百原のヤツ、よくこんな攻撃に一年も耐えたな。俺なら三日と持たないぞ……」
「んふふ、可愛いなぁ零宮は。あの鈍感バカと違って素直で大変よろしい。さぁ、我々の戦場に戻ろうぜ、戦友」
既に物凄い逸物に挟まれている左腕に頬ずりまでされて、俺は考えられないぐらい挙動不審になりながら歩き始めた。
「――やっぱり私、自分で思ってたよりビッチなのかも」
途中、三津島クロエがぽつりと呟いたその一言を。
その一言を呟いた瞬間、三津島クロエから感じた、強い強い腥さも――俺は全て、気づかないフリをしてやりすごした。
「続きが気になる」と思ったら
お気に入り登録、「★」での評価、
もしくはコメントにて
「( ゜∀゜)o彡°」
とコメントの投稿をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。




