第84話 屍の玉座
紫の国、闇都ノクターン。その中心に位置するかつての評議会議事堂は、今や見る影もなく荒廃していた。
かつてヴェイル・ノクスが知略を尽くし、仕組みによる支配を論じたその場所は、現在、血と魔力と、そして底知れぬ狂気が渦巻く『死の遊戯場』と化している。
中央に鎮座する重厚なドンジャラ卓。その周囲には、無数の魔物たちの屍が山を成していた。
彼らの顔は、死の瞬間に見たであろう言いようのない恐怖と、耐え難い苦痛によって無残に歪んでいる。この場所で行われていたのは、単なる勝負ではない。負ければ命を奪われるという、究極の「命の選別」であった。
卓の向かい側で、サキュバスの憑依体である佐藤栞と、蠱毒の皇子シオンが対峙していた。
両脇に座らされた魔物たちは、自分たちの番が回ってくることへの恐怖から、全身を激しく震わせている。彼らにとって、目の前の二人は神や魔王よりも遥かに恐ろしい「死の化身」であった。
「……シオン、貴方のその打ち方、随分と粗暴になったわね。世界への恨みが、牌にまで滲み出ているわ」
サトウが妖艶な笑みを浮かべ、盤面に『幻惑の宴』を並べる。その牌の一つひとつが、まるで生きているかのように紫色の禍々しいオーラを放っていた。
シオンは答えない。ただ、虚ろな瞳で牌を弄びながら、冷笑を浮かべるだけだった。
「……うるさい。ケンに届くまでの……ただの通過点だ。邪魔をするなら、貴女もこの屍の山に加えてあげる」
シオンの打牌は速く、重い。それはもはやドンジャラの技術などではなく、周囲の空間を物理的に破壊するほどの「破壊の理」そのものだった。
サトウもまた、それに負けじとサキュバスの能力を解放し、魔物たちの生気を牌へと注ぎ込む。屍の山の上で繰り広げられる二人の対局は、ドンジャラの常識を超越し、世界そのものを蝕むような不浄な力を生み出していた。
対局は、極限の接戦であった。
サトウが『魔王の影』を完成させれば、シオンが『天地の龍』でそれを受け流す。牌が交錯するたびに、評議会議事堂の石柱が音を立てて砕け、天井が崩落する。
両脇に座らされた魔物たちは、勝負が決するたびに、三位、四位となった者が次々とその場で肉体を霧散させ、サトウとシオンの「糧」として吸収されていく。
屍の上で踊るように牌を操る二人の姿は、もはやこの世の者とは思えぬほどに禍々しく、そして美しかった。
サトウが纏うサキュバスの妖気と、シオンが背負う蠱毒の呪いが融合し、二人は決勝戦を待たずして、既に「魔王に近い存在」へと変貌を遂げつつあった。
「……ふふ、これで終わりね」
サトウが最後の一手を打ち込み、盤面を制圧する。
「……私の勝ちよ、シオン」
魔物が悲鳴を上げる暇もなく消滅する。シオンは、悔しげに唇を噛みながらも、その瞳に異様なまでの興奮を宿していた。
「いいわ。……次は、ケンを食らう。私の、この呪いを解くために」
そして、運命の刻が訪れる。
神殿の鐘が、世界中に響き渡った。天律戦の開幕を告げる、重く冷たい鐘の音。
二人は屍の山を後にし、瓦礫と化した議事堂の外へと出た。
遥か遠くの地平線には、かつての白の国の廃墟が、薄く光を放ち始めている。そここそが、世界のルールを書き換えるための最後の決戦地――天律戦の舞台である。
「行くわよ、シオン。田中勇が残した五百年の歴史、そして鈴木ケンという特異点を、あそこで終わらせるの」
「ええ。……ケン。貴方を殺し、私はこの地獄から解放される」
サトウとシオンの背後に、紫の国の残党が集結する。彼女たちが歩む先には、何千、何万という魔物たちの亡骸が転がっていた。
天律戦は、今まさに始まろうとしている。
裁定者として挑む鈴木ケン、そして魔王の影を継ぐ者たち。五百年の歴史が、この天律戦という名の巨大な盤上で、終わりと始まりの幕を上げる。
死の淵から這い上がった二人の皇子と魔女が、冷酷な眼差しで、決戦の地を見据えていた。




