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第83話 白き王の盤面 継承されし悲願


かつての栄華を失い、今は『白の国』としてひっそりと再興を果たすアルカナ城跡の地下深く。

そこは、五百年前のアルカナ王国が抱いていた「法と知恵による統治」という理想が、今も冷たく息づいている聖域であった。

磨き上げられた白大理石の部屋で、一人の少女がドンジャラ卓を囲んでいた。

白の国の真王、シズク・フォン・アルカナ。彼女の向かいには、青の国元女王であり、側近であるサミーが、冷や汗を流しながら対峙している。

二人の間には、牌が打ち出されるたびに火花が散っていた。いや、それは物理的な火花ではない。シズクから放たれる圧倒的な魔力が、空間そのものを歪ませ、重力さえも変質させているのだ。


「サミー、集中が足りないわ」


シズクの声は静かだった。だが、彼女が牌を卓に置くたびに、部屋中の空気が悲鳴を上げる。


「……っ! シズク様、今日の魔力は……これほどまでとは!」

サミーは、シズクの放つ重圧に膝をつきそうになっていた。かつて青の国の頂点に君臨していた魔力でさえ、今のシズクが纏う『白の一族』の古代魔術の前では、ろうそくの火のようにか弱く見える。


白の一族にのみ継承される古代魔術は、もはや人智を越えていた。

もし、シズクの手に『ケルベロス』の使役権が委ねられていたら――。冥界の門番を従えた彼女が天律戦の卓に着いたなら、その結末は、ルールの改定などという生易しいものではない。この世界の理そのものが、彼女の意志によって無へと帰したであろうことは、疑いようのない事実であった。


盤面では、シズクが淀みない動作で牌を揃えていく。彼女の戦術は『完全なる情報戦』。相手の手牌、思考の癖、そしてその背後にある国境の論理までもを、すべて数式化して掌握している。

(……ああ。佐藤の直感打ちに対抗できるのは、私だけ。ケンは興味深い存在だけど、田中勇の再来などという神話に頼るようでは、私の『白の一族』が背負う悲願には届かない)

シズクの胸の奥には、五百年間、途切れることなく受け継がれてきた重圧があった。

白の血族として、アルカナ王族の正統な末裔として、この世界を再び『法』の下に統べること。それこそが、一族の悲願であり、彼女が生まれる前から課せられた逃れられぬ宿命であった。


元来、今回の天律戦には、彼女の父親であるシズヤが参戦する予定だった。

長年、王としての教育を受け、アルカナ城跡の復興を託されてきたシズヤ。しかし、シズクの魔力が覚醒したその日、すべての計画は白紙に戻された。彼女の内に宿る膨大な魔法の奔流は、もはや一国の王の器を遥かに超えていたからである。

(失敗は許されない。……私の双肩には、五百年の歴史と、裏切られたアルカナ家の矜持が乗っている)

シズクはふと、窓の外に広がる荒れ果てた白の国の廃墟を見つめた。


かつて田中勇と仲間たちが理想の国を築こうとした場所。しかし、田中の死後、三つの勢力に分裂し、争いの中に消えた理想の残滓。シズクにとって、この戦いは単なるドンジャラの勝負ではない。かつて謀反という汚名を着せられたアルカナ家の血を、正当な支配者として書き換えるための歴史の裁定なのだ。


「……シズク様、私では……もはや牌を弾くことさえできません」

サミーが苦悶の表情で牌から手を離した。シズクの魔力に当てられた盤面は、物理的に歪み、牌の色彩すらも白く輝いて見えていた。

「そう。なら、今日の訓練は終わりね」

シズクが立ち上がると、部屋に漂っていたとてつもない重圧が、嘘のように消え去った。彼女は優雅な所作で牌をケースに収め、冷徹な青い瞳で一点を見つめた。

「父上は、私に期待しすぎている。だからこそ、その期待を裏切るわけにはいかない」

シズクの指先が、白牌に触れる。それは田中勇を象った、この世界で最も重い意味を持つ牌であった。


「ケン……。貴方が何を望み、どんなルールを制定しようとしているのか、その目で見定めてあげる。でも、最後にこの世界の王座に座るのは、佐藤でもシオンない。……私たち、白の血族よ」

彼女の背後で、かつてあったアルカナ王国の魔法塔が幻影となって揺らめく。

五百年の静寂を破り、シズクの冷酷なる野望が、天律戦という名の火種の中で、静かに、しかし確実に牙を剥こうとしていた。


天律戦まで、あと二週間。

白の王は、誰にも気取られることなく、着々と盤上の勝利を確定させようとしている。彼女が最後に放つその一手は、果たしてこの世界を救う希望となるのか、あるいは、全てを白紙に戻す絶望の宣告となるのか。

シズクは静かに微笑んだ。その笑顔は、氷のように美しく、そして誰の心も寄せ付けないほどに、孤独な輝きを放っていた。

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