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第80話 神の領域


天律戦の開催まで、残すところ一ヶ月を切った。

緑の国の神殿、その最深部にある世界樹『イグドラ』が、五百年の沈黙を破り、ついにその頂に『天律の華』を咲かせた。


その花弁は、見る者の精神を眩惑するような七色の光を放っている。可憐でありながら、どこかおぞましいまでの生命力を秘めた花。それを見上げたティアの琥珀色の瞳が、かつてないほど激しく揺れる。

「……ついに、咲いたのね。五百年前の、あの時と同じように」


不死鳥フェニクスが、その光を忌々しげに見つめて羽を逆立てる。

「説明してやろう。あの花が実を結んだとき、それを食した者が『次の五百年の理』を決定する。五百年前、田中勇は魔王を倒した後、この実を食し、自らの手でこの世界に『ドンジャラ』というルールを制定したのだ」


ケンは息を呑んだ。

「……田中勇が、この実を?」


「そうだ。田中は、魔王の力による暴力支配を終わらせるために、世界樹の果実が持つ『世界の法則を書き換える力』を自らの魂に融合させた。あの時、田中がドンジャラのルールを制定しなければ、この世界は五百年前の惨劇を繰り返し、とっくに滅びていただろう」


それは、ただのゲームなどではなかった。先代裁定者が自らの命と引き換えに刻み込んだ、この世界を縛るための「絶対的な檻」。田中勇が帰国せず、この異世界で老いて死んだ真の理由は、この果実の力を永続的に維持し、ルールを護り続けるためだったのだ。


ケンは、その重すぎる事実に呆然とするマチの傍らで、静かに世界樹の幹に触れた。

「俺たちがこれから戦うのは、単なる勝負じゃない。田中様が命を懸けて守り抜いた、五百年の歴史そのものを上書きするための儀式なんだ」

ケンは、マチの手を強く握りしめる。


「マチ。俺は、田中が制定したドンジャラのルールを、さらにその先へ進める。……魔王の力も、神の理も、誰もが苦しまずに共存できる新しい世界を作る。そのためには、あの実を食し、世界樹の力を自分のものにするしかない」

マチはケンの瞳から、かつてないほどの決意を感じ取った。彼女はケンの胸にそっと額を預ける。


「あんたなら、できるわ。勇様が見つけられなかった答えを、あんたならきっと……」


ケンは、頭上に揺れる幻想的な花を見つめた。

田中勇が五百年前、血と泥にまみれて魔王を倒し、たった一人で世界樹の根元で実を食らった瞬間の情景が、幻視のように脳裏をよぎる。なぜ彼は帰らなかったのか。その問いの答えが、今、ケンの目の前で花開こうとしている。


「見ていてくれ、田中。……あんたが創った世界を、俺が守り、そして超えてみせる」


世界樹の花弁が、まるでケンの決意に応えるかのように、黄金の火花を散らした。

天律戦の決戦の地、旧白の国の廃墟。そこで待つのは、五百年の因果を清算するための、最後のドンジャラ。

ケンは、裁定者としての重圧をその背に受け、ただ前を見つめる。

招待状の刻印が、熱を帯びてケンの胸元で脈打つ。

残り一ヶ月。

伝説の英雄が食した果実を、鈴木ケンという一人のおじさんが再びその手で掴み取るために。

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