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第78話 偽りの英雄と宣戦


ヴェイル・ノクスの訃報は、電光石火の速さで四国を駆け巡った。それは単なる独裁者の死ではなかった。天律戦という世界の根幹を揺るがす戦いを前にして、最強の論客の一人が脱落したという事実は、各国の政治的均衡を根底から覆す破壊力を持っていた。

しかし、人々の耳に届いたのは「真実」ではなかった。

闇都ノクターンから発せられた情報は、あまりに歪んでいた。

『ヴェイル・ノクス、裁定者鈴木ケンとの密談の末に殺害さる』

その噂は、またたく間に「鈴木ケンこそがヴェイルを殺害し、その決勝進出権を強奪した」という卑劣な犯罪者の物語へと変貌を遂げていた。


赤の国の鋼都バルガン。タナカ・サトシの執務室は、重苦しい空気に支配されていた。

「ふざけるなッ! ケンがそんな卑怯な真似をするはずがない!」

サトシがデスクを叩き割らんばかりの勢いで怒声を上げる。隣で控える参謀のコアラも、深刻な表情で書類を指差した。

「……国王。噂の出所を突き止めました。情報の発生源は紫の国内部、それもヴェイルの死を知ったはずの軍上層部から流れています。誰かが、意図的にケン様を『悪の裁定者』に仕立て上げようとしている……」

その頃、ケンの元へは非難と疑念の視線が集中していた。かつて英雄として持て囃された若き裁定者は、今や「強者の座を力ずくで奪う外道」というレッテルを貼られ、世論の猛烈なバッシングを受けていた。

「ケン……、あんた、何を言われても黙ってるつもり?」

マチが悔しげに拳を震わせる。ケンは窓の外を眺め、静かに答えた。

「……噂は、訂正するものではない。証明するものでもない。俺が決勝で勝てば、すべては沈静化する。だが……マチ、今回の件は『ただの噂』じゃないな」

ケンの直感は、鋭く警鐘を鳴らしていた。ヴェイルを殺害したのはシオンたちであり、自分はむしろ被害者であるはずだ。にもかかわらず、これほど精巧なプロパガンダが撒かれる背景には、紫の国の「主」の座を狙う、強大な野心家の存在がある。

ヴェイル共和国、闇都ノクターンの地下深淵。

漆黒の鎧に身を包んだ男が、骸骨の玉座に腰掛けていた。暗黒騎士――ヴェイルの影として軍の武力を一手に担ってきた男だ。

彼は血に濡れたヴェイルの紋章を足元で踏みつけると、歪んだ笑みを浮かべた。

「ヴェイル殿……。貴方はあまりに『理屈』にこだわりすぎた。この世界は、ドンジャラなどという柔な遊びで変えられるものではない。力だ。武力と、恐怖だ」

暗黒騎士の背後には、ヴェイルですら制御しきれなかった狂暴な魔獣たちの群れと、主を失い暴徒と化した魔族の兵士たちが、飢えた獣のような眼光で控えている。

「裁定者鈴木ケン。貴様がヴェイルの首を取ったのなら、その首を赤の国ごと引きずり下ろしてやる。この暗黒騎士が、魔王の座に相応しい『新秩序』を打ち立ててな」

翌日、鋼都バルガンの境界線。

赤の国を囲む大平原に、地鳴りのような音が響き渡った。

視界を覆うほどの魔族の軍勢、そして空を黒く染める魔獣の群れ。先頭には、黒い軍馬に跨った暗黒騎士が、巨大な戦斧を掲げて進軍してくる。

「カルディア王国、タナカ・サトシに告ぐ! 貴国が匿う卑劣な裁定者、鈴木ケンを差し出せ! そうすれば、貴国は『新魔王軍』の最初の植民地として慈悲を持って統治してやろう!」

城壁の上に立つケンとサトシの視線が交差する。

「来たか……。紫の国の内紛かと思ったが、これはただの侵略だ」

サトシが愛用の牌ケースを腰に帯びる。その瞳には、かつての英雄・田中勇を彷彿とさせる、揺るぎない闘志が灯っていた。

「ケン。お前は何も言うな。お前は天律戦までその力を温存しろ。……このバルガンには、田中の血を引く者たちが五百年間磨き上げてきた『田中流の防壁』がある」

サトシはケンの肩をポンと叩くと、剣を引き抜く代わりに、道場から持ち出した「王家の牌」を空に投げた。

「おい、暗黒騎士! 俺の王国に土足で踏み込むとは、田中様の遺産をゴミとでも思っているのか?」

サトシの咆哮と共に、赤の国のドワーフたちが巨大な防壁を起動させる。それは単なる石の壁ではない。無数の牌が組み込まれ、魔力をドンジャラ盤面のように循環させる「究極の防衛陣形」だった。


暗黒騎士は嘲笑う。

「防壁など、我ら軍勢の数で叩き割ればよい! 殺せ! 裁定者の首を取った者に、魔界の富を分け与えてやる!」

轟音と共に、魔族と魔獣がバルガンの城壁へとなだれ込む。

ケンは眼下の光景を見つめながら、静かに牌を握りしめた。

(……ドンジャラで決着をつけない、だと? それなら、俺が教えよう。田中勇がこの世界に遺した『本当の強さ』というやつを)

天律戦を目前にして、世界は再び戦火に包まれる。

暗黒騎士が振り下ろした戦斧が、赤の国の防壁に火花を散らす。ケンと赤の国、そして野望に狂った騎士団による、天律戦を揺るがす大戦が、今まさに始まろうとしていた。

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