第75話 闇の王と光の裁定者
魔道列車を降りたケンは、紫の国の属国の一つ、国境の街に降り立った。
空を覆う紫黒の瘴気は、ここがすでにヴェイル・ノクスの支配圏にあることを示している。情報を集めるまでもなく、街の広場にはヴェイルの私兵団が集結し、シオン討伐の準備を進めていた。
(……シオンは、この近くに隠れているはずだ。ヴェイル、貴様の独走はここで止める)
ケンは迷うことなく、私兵団の本陣となっている屋敷へと向かった。門番が不審げに声をかけるが、ケンの纏う気配に圧倒されたのか、剣を抜くことすらままならない。ケンは静かな足取りで、ヴェイルの待つ執務室へと踏み込んだ。
そこには、デスクに向かい、冷徹な表情で地図を見つめるヴェイル・ノクスの姿があった。
「……鈴木ケン。予選で負けた私に、何の用だ」
ヴェイルは顔を上げることさえせず、冷淡に言い放つ。
「シオン討伐を止めに来た。貴様が考えていることは分かっている。シオンというイレギュラーを排除し、強引に決勝の枠を奪い取るつもりだろう」
「……賢いな。そうだ。あの蠱毒のバケモノは、この世界の論理を食い荒らす癌だ。排除し、私が決勝に出る。それこそが、この世界を『仕組み』で救うための唯一の正解だ」
ケンは一歩前へ出た。
「その正解は、俺が認めない。ヴェイル、お前と一対一でドンジャラをする。俺が勝ったら、シオン討伐作戦を即時中止しろ」
「ふん。……いいだろう。お前のその傲慢な裁定者の自信、私が叩き折ってやる」
二人は無言で卓を囲んだ。
ヴェイルの打牌は、予選の時と変わらず感情が完全に排除されている。一打一打が、数学的な確率に基づいた「完璧な最適解」だった。しかし、今のケンにとって、その最適解さえも「予定調和」に過ぎない。
序盤からケンは、ヴェイルの計算を逆手に取り、盤面を支配していく。
「なぜだ……! 私の計算が、なぜ読み切られる!?」
「ヴェイル、お前は世界を救いたいと言ったな。だが、お前が救おうとしているのは『世界』ではなく、お前が定義した『仕組み』だけだ」
ケンが牌を切りながら語りかける。
「魔王一族が、元々何を目的として創られたか知っているか? 彼らは元々、人間をサポートし、世界の秩序を守るための管理者だったんだ。……だが、支配という毒に蝕まれ、彼らの思想は歪んだ」
ヴェイルの指が、ピクリと震えた。
「何を……戯言を」
「魔王とは、人類が創り出したシステムの残滓だ。お前が目指している支配も、結局は同じ悲劇を繰り返すだけだ。田中勇はそれを知り、支配を否定するために、ドンジャラのルールを制定したんだ」
ケンは、世界樹の異空間で魔王の幻影から聞いた真実を、淡々と、しかし情熱を持ってぶつけた。ヴェイルの表情が初めて動揺に揺れる。彼はこれまで、魔王の直系子孫として、先祖が何を守ろうとしていたのかさえ忘れて、ただ「支配」という手段だけを正当化していたのだ。
対決は、ケンの圧勝だった。
ヴェイルの心理戦も、彼の冷徹な計算も、ケンの「因果を導く打牌」の前では、脆くも崩れ去った。ケンが『天律の完成』を完成させ、盤面が黄金の光に包まれる。
「……チェックメイトだ、ヴェイル」
ヴェイルは、静かに牌から手を離した。盤面に残された役を見つめ、彼は深い溜息をついた。
「……負けだ。お前の強さは、計算の先にある。……田中勇も、このような眼をしていたのか?」
ヴェイルは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「シオンを排除する作戦は中止する。……お前の言う通りだ。私は、魔王というシステムの矛盾を、支配という手段で解決しようとしていた。それが、先祖が最も恐れた愚行だったとはな」
ヴェイルは、ケンに背を向けたまま、静かに言葉を継いだ。
「鈴木ケン。天律戦、お前が勝て。支配ではなく、お前が制定する新しいルールが、この歪んだ世界を救うのか……見届けてやろう」
そう言い残すと、ヴェイルは私兵団に向かって作戦中止を命じる合図を送った。
屋敷を出ると、冷たい夜風がケンの頬を撫でた。
ヴェイルの思惑は消えた。しかし、シオンという蠱毒の皇子は、今も世界のどこかで彷徨っている。
(半年後の決勝、シオン。お前の呪いも、俺が必ず解いてみせる)
ケンは空を見上げた。夜空には、半年後に控える決戦の星が、冷ややかに輝いている。裁定者として、ケンは次のステージへと足を踏み出した。




