第74話 英雄の凱旋
鋼都バルガンの駅舎に、魔道列車の汽笛が力強く響き渡った。
重厚な石造りの駅ホームに降り立ったケンの姿に、出迎えに駆けつけていた人々が息を呑む。わずか数日前までの、どこかあどけなさの残る裁定者の面影はなかった。その眼差しには、五千年の記録を飲み込み、魔王と英雄の牌を幾度となく重ねた者だけが持つ、静かなる覇気が宿っている。
「……ケン、おかえりなさい」
出迎えたのは、カルディア王国の国王・タナカ・サトシその人であった。その隣には、赤の国の誇る特攻隊長であり、王女であるタナカ・サクラ、そして冷静沈着な戦術参謀のコアラが控えている。
「随分と……雰囲気が変わったな。俺の直感だが、まるで別人のようだ」
サトシが豪快に笑いながら、ケンの肩を強く叩いた。「田中の血がそう言っている。今のお前となら、最高のドンジャラができるとな」
サクラもまた、ケンを見つめながら驚きを隠せない。「……嘘でしょう。予選のときとは比べ物にならない……。このプレッシャー、まるで神殿の結界そのものじゃない」
ケンは一礼し、穏やかに微笑む。
「ただいま戻りました、サトシ国王。……半年後の天律戦に向け、少しばかり、牌の打ち方を学んできました」
サトシはケンの言葉を聞き逃さなかった。彼の鋭い目が、ケンの全身から放たれる目に見えない「魔力の残り香」を捉える。
「面白い。言葉よりも、牌で語り合おうじゃないか。明日の朝、道場にて俺とサクラ、そしてマチを交えて四人で卓を囲むぞ。……お前の成長、この身で確かめさせてもらう」
翌朝、カルディア王国が誇る『田中流道場』に、四人の精鋭が集った。
卓を囲むのは、タナカ・サトシ、タナカ・サクラ、マチ、そしてケン。
「怖い時こそ牌を信じろ、か。……サトシ国王、その教えを、今の俺なりに体現してみせます」
ケンが静かに牌を並べる。ドンジャラが始まると同時に、道場内の空気が一変した。
サトシの戦術は相変わらず攻撃的速攻型だ。相手の完成を許さぬ圧倒的な直感打ちで次々と牌を積み上げていく。サクラもまた、桃色の牌を駆使した幻惑戦法でケンの思考を乱そうと試みる。
しかし――。
(……見える。サトシさんの次の一手、そしてサクラの仕掛け。俺のC6Pは、もはや予測する段階じゃない。……盤面そのものを、『俺の役』へと収束させる)
ケンが牌を切る。それは、ただの捨牌ではない。盤面全体が、ケンの思い描く「アルカナの調和」へと導かれていく。
「なっ……!?」
サトシが驚愕に目を見開く。彼が打とうとしていた『大剣・炎剣・剣聖』のセットが、ケンの打牌によって、完成の寸前でことごとく「別の役」へと書き換えられていくのだ。
「……そんなバカな。盤面が、お前の意のままに動いている……!」
サクラの幻惑も、ケンの放つ圧倒的な「情報の洪水」の前では、霧のように晴れて消えていく。
「ドンジャラ!!」
ケンが叩きつけたのは、勇者と魔王を内包した、理論上最強の役だった。道場全体が、ケンの放つ光に包まれる。サトシもサクラも、ただ唖然として、目の前の裁定者を見つめることしかできなかった。
「……完敗だ。田中勇の流派を受け継いできたつもりだったが……お前は、田中様を超えたな」
サトシは乾いた笑いを漏らすと、心底嬉しそうに頷いた。
しかし、その翌日、平穏な帰還に水を差す情報がもたらされた。
参謀のコアラが、険しい表情でケンの元へ駆け込んでくる。
「ケン様、紫の国(ヴェイル共和国)からの報告です。どうやら、ヴェイル・ノクスが動き出しました」
「何だと? 決勝の権利がない彼が?」
「ええ。……奴は、予選を勝ち抜いたシオンを討伐し、強引にその『決勝進出権』を奪い取るつもりです。紫の国の過激派を率いて、シオンの潜伏先へと大軍を動かしています!」
ケンは、シオンの顔を思い浮かべた。
蠱毒によって造られた、哀れで凶悪な皇子。彼がヴェイルの毒牙にかけられれば、シオンの持つ「破壊の力」が暴走し、決勝どころか世界そのものが崩壊しかねない。
「……シオンは、俺が決勝で叩きのめすべき相手だ。ヴェイルの横やりなど、断じて許さない」
ケンの瞳に、鋭い意志の火が灯る。
サトシが深く頷く。「ケン、行け。赤の国の使節団として、ヴェイルを止める力は貸してやる」
天律戦の決勝に向け、盤面は再び混沌へと向かおうとしていた。
裁定者としての真の力が試される、最初の戦いが始まろうとしていた。




