第70話 天律の頂と焦燥
予選グループBの戦いが終わり、最終決戦へと進む四名が決定した。
裁定者・鈴木ケン、蠱毒の皇子シオン、白の国の真王・シズク、そしてサキュバスに魂を蝕まれた佐藤栞。
静まり返る闇都の迷宮に、パサリと小さな羽音が響く。不死鳥・フェニクスだ。その小さな体からは、五百年前の裁定者・田中勇の時代から続く、歴史の重みそのものが放たれていた。
「……勝者たちよ。これより最終決戦の場所と日時を告げる」
フェニクスが嘴を鳴らすと、盤面の空が割れ、かつてアルカナ王国が滅びた際に廃墟と化した『旧白の国』の城跡が映し出された。
「天律戦の決勝は、半年後。かつてアルカナ王国が崩落し、ティアが五百年間その深淵を守り続けてきたあの廃墟で行う」
その場所は、かつて田中勇が最後の対決を行い、アルカナ王国の運命を決定づけた場所だ。新月の夜だけ淡く光るという、五百年間原因不明の禁足地である。
「半年か……」
ケンは拳を握りしめた。半年前の自分なら、この期間にC6Pを調整すれば勝てると確信していただろう。だが、今のケンにはそれがどうしても「甘い読み」に思えてならない。
神殿の片隅で、ヴェイル・ノクスが一人、悔しげに爪を噛んでいた。
彼は予選で敗北し、優勝者であるシズクとサトウにその座を奪われた。彼の目的である「ドンジャラの廃止」と「仕組みによる支配」を成し遂げるためには、天律戦で勝つ以外に道はない。
(あり得ない……。私の完璧な計算が、シズクの権威と、あのサキュバスの毒に阻まれるなど……!)
ヴェイルの瞳に、禍々しい光が宿る。彼はシオンという「破壊兵器」の存在を逆手に取ることを画策していた。
「シオン……。蠱毒によって理性を奪われた哀れな皇子よ。貴方さえ上手く誘導すれば、決勝の席に座る権利など、いくらでも奪い取れる……そのための『駒』は、すでに紫の国の闇にいくらでも転がっている」
ヴェイルの影では、紫の国の過激派たちが不穏な動きを見せていた。彼らにとって、シオンの存在は制御不能なリスクだが、それを排除、あるいは利用してヴェイルが決勝に滑り込むことは、彼らの悲願でもある。
一方、ケンは緑の国の深い森に引きこもり、焦燥感に駆られていた。
神殿の裏で牌を並べ、グループAで見せたシオンの瘴気の音を反芻する。
「……勝てない。このままのC6Pでは」
ケンが呟くと、ケルベロス(仔犬)が心配そうに三つの頭でケンを見上げた。
「ケンよ。貴様は考えすぎだ。あのシオンの打牌は『論理』ではない。彼はかつて桜の国の王子として、数多の怨念を注ぎ込まれた蠱毒の器だ。あれは、ただの死の連鎖なのだよ」
それはケンも分かっていた。これまでのドンジャラは、相手の手牌を読み、確率を計算すれば勝てた。だが、今の四名に残っている者たちは、その「予測」そのものを踏み越えてくる化け物たちだ。
(シズクの『運命の導き』、サトウの『深淵の毒』、そしてシオンという『純粋な破壊』。今の俺に足りないのは、相手のロジックを読み解く能力ではない。相手のロジックを破壊し、俺自身の『新しい理』を盤面に強制適用する力だ)
ケンは、手元の牌を強く握りしめた。
田中勇は、黒牌を使わなかった。彼は、自分が勝つことよりも、佐藤栞の魂を救うことを優先した。
だが、ケンは違う。自分は、佐藤栞を救い出し、シオンの呪いを解き放ち、かつ五百年前の英雄たちが果たせなかった「全員を救うためのルール」を制定しなければならない。
「……修行が必要だ。だが、ドンジャラを打つだけの修行じゃ足りない」
ケンは、遠くにそびえる世界樹『イグドラ』を見上げた。
「ティア。あんたがこの五百年間、白の国の廃墟の奥に隠して守り続けてきたもの……あれを、俺に見せてくれ。田中勇が最後に辿り着き、そして踏み込むことができなかった領域に、俺が行く」
ケンは、己の脳内のC6Pを全開放し、これまでにない極限のシミュレーションを開始した。
半年後、自分たちの運命は、廃墟の城で完結する。
勝つために必要なのは、牌の技量ではない。この世界の法則を書き換えるための、裁定者としての真の覚醒である。
ケンの眼差しは、迷いを捨て、半年後の決戦へと向けて、鋭く研ぎ澄まされていった。




