第71話 世界樹の深淵と亡霊
天律戦の決勝まで、残された期間は半年。
ケンは緑の国(エバーグリーン王国)の神殿にて、世界樹『イグドラ』を見上げていた。その圧倒的な生命力と、永遠に近い歴史を内包する巨木。だが、ケンの肩には、小さな炎の鳥が止まっていた。不死鳥・フェニクスだ。
「ケン。貴様、まさか世界樹をただの『守護樹』か何かだと思っているのではあるまいな?」
フェニクスが毒々しくも鋭い声で言い放つ。「説明してやろう。あの樹こそが、この世界で我ら不死鳥族ですら及ばぬ、数千年の時を刻む唯一の生命体よ。我らが『数千年』を生きていると自負していても、あの樹の根の深さには遠く及ばぬ。イグドラは、この世界そのものの記録媒体なのだ」
その事実にケンは戦慄した。八百年の孤独を抱える巫女・ティアが必死に守り続けてきたのは、ただの木ではない。世界というシステムを観測し続けてきた、生きとし生けるものの歴史そのものだったのだ。
「ティア。俺に、何かさらなる修行はないか」
ケンは、不死鳥が告げた真実を噛み締め、改めてティアに向き直った。「今の俺のC6Pでは、シオンという破壊者にも、シズクという王の盤面にも勝てない。……俺という裁定者の器を、限界突破させる方法は」
ティアは、深緑の瞳でケンをじっと見つめ、神殿の裏手にある禁足地へと誘った。
「……貴方がそこまで言うのなら、見せましょう。勇が最後まで踏み込むことができなかった、世界樹の『最深層』を」
洞窟の奥、そこには広大な異空間が広がっていた。何もない虚空の中に、ただ一つ、古びた『ドンジャラ卓』だけが鎮座している。
そして、その卓を囲むようにして、二人の人物が待ち受けていた。
十四歳の田中勇、そして漆黒の衣を纏った魔王。
「……っ!? まさか……」
「やあ、ケン。ティアから聞いたよ。僕が果たせなかった、全員を救うための『最後のルール』を作るためにやってきたんだってね」
田中勇は、ケンが中学二年生の夏に見た、あの同級生の顔そのもので笑っていた。
「さあ、まずはティアと僕と、魔王君。この四人で特訓といこうか」
魔王は一言も発さない。しかし、その圧倒的な存在感だけでケンのC6Pは赤色警告を鳴らしていた。
これこそが、ティアが守り続けてきた『究極の修行』だった。
記憶と魔力が凝縮された空間で、伝説の選手たちと共に牌を打つ。ケンが持っている現在のロジックなど、この卓の上では赤子同然だ。
「行くぞ……!」
ケンが牌に手を伸ばす。
田中が、魔王が、ティアが、同時に牌を弾いた。凄まじい衝撃波が異空間を揺らす。ケンは、己のロジックが粉々に砕け散り、再構築される激痛の中で、ニヤリと笑った。
(シオンの破壊も、サトウの毒も……。この卓で戦えるなら、俺は必ずその上を行く!)
神殿の入り口で、ティアは静かに扉を閉めた。
外の世界では、決勝に向けて各国の思惑が渦巻き、戦雲が立ち込めている。しかし、この隔離された異空間の中で、五百年の時を超えた裁定者たちのドンジャラが、音を立てて始まりを告げた。
半年後、天律の頂に立つための真の力が、今、世界樹の根元で磨かれていく。
田中勇が残した『恨まないでくれ』という言葉の先にある答えを求めて、ケンは伝説の英雄たちとの死闘に身を投じるのであった。




