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第6話 洗礼と、赤き国の使節団


召喚から一週間。

鈴木ケンは、文字通り血反吐を吐くような思いで毎日を過ごしていた。

「ロン。単色陣、剣聖揃い」

「ツモ。連撃と三色同盟、複合役です」

「おじさん、また振り込んだー!」

朝から晩まで、緑の国のFランクの子供たちを相手に卓を囲み続ける日々。

物流倉庫での夜勤で鍛えた忍耐力には自信があったが、大の大人(しかも39歳)が、一回りも二回りも年下の子供たちに毎日ボコボコにされ、持ち点をゼロにされ続けるというのは、精神的な拷問に近いものがあった。

ドンジャラのルールと八十三枚の牌、そして役の組み合わせは、スパルタ教育のおかげでなんとか頭に入った。

しかし、知識と実戦は全く別物だ。相手の捨て牌から「今、何を集めているのか」を推測し、危険な牌を抱え込み、安全な牌を切る。その高度な心理戦において、ケンは完全にカモにされていた。

「だめだ……全然勝てない。ババ抜きの直感が、ドンジャラでは全く通用しない」

夜の客間。牌を片付けたテーブルに突っ伏して、ケンは深くため息をついた。

「当たり前だ」

ランプの横で羽繕いをしていたフェニクスが、呆れたように言った。

「ババ抜きは『一枚の危険なカード』を避けるだけの単純なゲームだ。だがドンジャラは違う。相手が引いた牌、捨てた牌の順番、視線の動き、指の震え。すべてから相手の『手牌(陣形)』を読み切らなければならない。お前の目は節穴か?」

「言い過ぎじゃないですか、フェニクス様。鈴木殿は、少なくとも投げ出さずに卓に座り続けている。その『耐える力』だけは評価に値します」

扉が開き、副団長のルークが入ってきた。彼の言葉はフォローになっているようで、全くなっていない。

「ルーク……慰めならいらないぞ」

「慰めている暇などありません。鈴木殿、お着替えを。ティア様が謁見の間でお待ちです」

「謁見? 俺が?」

「ええ。赤の国『カルディア』から、使節団が表敬訪問にやってきました」

ルークの切れ長の目が、鋭く細められた。

「表向きは緑の国への友好的な訪問ですが……狙いは間違いなく、召喚されたばかりの貴方です」

     * * *

大樹の中核に位置する、緑の国の謁見の間。

王座に腰掛けるティアの前に、三人の人影が静かに立っていた。

ケンはルークに促され、王座の少し後ろの物陰からその様子を窺った。

赤の国というからには、さぞ血の気の多い屈強な戦士たちが来ているのだろうと身構えていたが――そこにいたのは、三人の女性だった。

「……女の人?」

ケンが小声で呟くと、ルークが微かに頷いた。

後方に控える二人は、長身で、スリットの入ったタイトな赤い軍服を着こなしている。顔には冷たい光を反射する銀縁の眼鏡をかけ、いかにも知性的で理詰めな雰囲気を漂わせていた。だが、その瞳の奥には、獲物を前にして舌舐めずりをするような、ギラギラとした好戦的な光が隠しきれずに漏れ出ている。

そして、その二人を従えるように中央に立つのは、燃えるような赤い長髪の女性だった。彼女もまた洗練された軍服に身を包み、優雅な立ち振る舞いを見せている。

しかし、ケンはどうしても一つの点に目がいってしまった。

彼女たち三人に共通している絶対的な特徴。それは――タイトな軍服を着ているにもかかわらず、見事なまでに起伏のない、平坦な胸部(貧乳)であることだ。

「ルーク……あの人たち、なんか異様に殺気立ってないか? あと、その……胸が……」

「どこを見ているんですか。あの殺気こそが、赤のカルディアのドンジャラです」

ルークが呆れたように小声で解説する。

「彼らはドンジャラを神聖な『武道』として尊んでいます。無駄な肉(脂肪)を極限まで削ぎ落とし、思考と闘争心のみを研ぎ澄ませた結果が、あの洗練された(平坦な)肉体と、理知的な顔の下に隠された狂暴なまでの好戦性なのです」

(いや、胸の脂肪まで削ぎ落とすって、どんな修業だよ……)

シュールだ。シュールすぎる。だが、彼女たちが放つプレッシャーが本物であることは、素人のケンにも痛いほど伝わってきた。

「緑の王女、ティア・エバーグリーン殿。本日は突然の訪問、平にご容赦願いたい」

中央の長髪の女性が、恭しく頭を下げた。声は冷たく澄んでいるが、その唇の端には好戦的な笑みが張り付いている。

「本日は我が王より、王女殿下への親書をお持ちしました」

女性が差し出した羊皮紙の巻物を、ティアが静かに受け取る。

封蝋を切り、中を一読したティアの琥珀色の瞳が、微かに揺れた。

「……なるほど。赤の国王は、随分と耳が早いのね」

ティアは静かな、しかし威厳のある声で言った。

「『五百年ぶりの星の瞬きを観測した。新たな裁定者の召喚を、我が赤の国は歓迎する。つきましては、天律戦までの五年間、裁定者の後見人スポンサーとして、我が国がその任を引き受けたい』……と」

「いかにも」

長髪の女性が、眼鏡の二人と顔を見合わせてクスリと笑った。

「我が王は、新たな裁定者様を最高の環境で『武』の道に導く用意がございます。緑の国の温い環境では、真の闘争本能は目覚めませんから」

「断るわ。裁定者はアルカナの導きにより、この緑の国に降り立った。彼の育成は、私たちエバーグリーンが責任を持って行う」

ティアのキッパリとした拒絶に、長髪の女性は眼鏡のブリッジを中指で押し上げるような仕草をした(彼女自身は眼鏡をかけていないのに、だ)。

「それは残念です。ですが、遠からず我々がお預かりすることになるでしょう。公式戦の卓で、お会いできる日を楽しみにしております」

三人の貧乳の女性たちは、一糸乱れぬ動きで踵を返し、謁見の間を去っていった。

「赤の国王……」

物陰で聞いていたケンが呟く。「どんな奴なんだ?」

「鈴木殿の故郷の言葉で言えば、戦闘狂のドンジャラ馬鹿、といったところでしょうか。あのような部下を束ねる頂点です」

ルークが冷たく吐き捨てた。

「しかし、彼がこの世界において特別な意味を持つ王であることは間違いありません。何せ、彼のフルネームは『タナカ・サトシ』ですから」

「……タナカ?」

ケンは耳を疑った。

「そうです。五百年前の裁定者、タナカ・イサム。英雄がこの世界に残した直系の血筋。それが、現在の赤の国を統べる王、タナカ・サトシです」

タナカ・サトシ。

14歳で世界を救った少年・田中勇の子孫が、今、あの異常なまでの好戦性を持った者たちを統べる王として君臨している。

そしてその王が、自分という新しい「裁定者」を狙って動き出したのだ。

「鈴木殿、わかりましたか」

ルークがケンの肩に手を置いた。その手は、氷のように冷たかった。

「貴方はただの異世界人ではない。世界の命運ルールを決める『裁定者』という最強のカードです。赤の国だけではありません。これから先、他国からの接触や妨害……最悪の場合、『死闘ドンジャラ』を挑まれることも覚悟してください」

ドンジャラで負け続ける屈辱の奥底に、得体の知れない恐怖が混ざり合い始めた。

39歳の冴えない男の胃が、ストレスでキリキリと痛み出していた。

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