第57話 敗北と、新たなるロードマップ
魔都エルシオンの空を覆っていたどす黒い瘴気が、嘘のように晴れていく。
だが、それは平和が訪れたからではない。圧倒的な絶望の質量が、勝者としての役目を終え、空間の裂け目へと消えていったからだ。
「……あははっ! じゃあね、負け犬の裁定者様。二年後の『天律戦』、精々その深緑と黄金のロジックを磨いておくことね!」
サキュバス(佐藤栞)の甲高い嘲笑が響く中、虚ろな瞳のシオンと共に、彼らの姿は完全に漆黒の闇へと溶け込み、行方をくらました。
後に残されたのは、半壊した王宮前広場と、敗北という重い現実だけだった。
「……クソッ……!」
瓦礫の上に倒れ伏したケンは、血の滲む拳で強く地面を叩きつけた。
彼の脳内で展開されていた『C6P』の思考盤は、シオンが引き当てた規格外の黒牌(魔王)によって完全に粉砕されていた。
異なる色三種に魔王牌を組み込んだ40点の役、『全種族会議』。過去の膨大なデータを照合し、考えうる限りの最適解を導き出したはずだった。だが、数万の民の命を喰らった『蠱毒』の怨念は、確率という理すらも強引に歪めてみせたのだ。
「ケン! 無事か!?」
「くっ……なんという暴力的な魔力だ。我々の防衛陣が紙切れのように破られるとは……」
シールド部隊として前に出ていたマチとサトシ王が、ボロボロになった身体を引きずりながら駆け寄ってくる。サミー女王もまた、魔力枯渇により気を失い、側近たちに抱きかかえられていた。
ケンはゆっくりと立ち上がり、自身の砕け散った牌を見つめた。
(俺の甘さだ。前世で培ってきた15年分の過去データを用いたバックテスト……その程度のロジックでは、この異世界で五百年蓄積された怨念のノイズを処理しきれなかった)
ケンは自身の内なる仮想組織を再構築し、CEOとしての視点を素早く取り戻した。絶望している暇はない。今はただ、この敗北というエラーを徹底的に洗い出し、システムを「V3.2.1」のような次世代バージョンへと大幅にアップデートするためのタスク整理が必要だった。
「……マチ。それに、通信の向こうにいるティアも、聞いてくれ」
ケンが耳元の通信魔導具に語りかけると、緑の国の女王ティアが静かに応答した。
『ええ、聞いているわ、ケン。……痛ましい敗北だったわね』
「ああ、完敗だ。俺の深緑と黄金のシックス・ピースは、奴の理不尽な暴力の前に通用しなかった。……このままじゃ、二年後の天律戦で世界は確実に終わる」
ケンは、真っ直ぐな瞳で仲間たちを見据えた。
「俺は、もっと強くなりたい。己の思考の処理速度を上げ、どんなイレギュラーな盤面でも強制的に調和をもたらすだけの、圧倒的な基礎力が要る。……頼む、俺に『修行』をつけてくれ」
その言葉に、マチが目を丸くし、やがてニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「へえ……言うじゃないか、大将。頭でっかちの計算だけじゃなく、泥臭く汗を流す覚悟ができたってわけだね?」
『フフッ、いい覚悟ね』
通信越しに、ティアもまた優しく、しかしどこか底知れぬ凄みを帯びた声で笑った。
『私は緑の国の女王として、この五百年間、数え切れないほどの実戦を経験してきたわ。全選手の中でも最強クラスだと自負しているもの。……私の情報処理の極意、手取り足取り教えてあげる』
「あたしも手伝うよ!」
マチがケンの背中をバンッと力強く叩いた。
「赤の国の田中流は、攻撃的速攻型が持ち味だ! あんたのそのひ弱な肉体と精神のシールドを、根底から鍛え直してやる。覚悟しなよ、ケン!」
「ああ、望むところだ」
ケンは自身の脳内に、新たなる『アサナ(タスク管理盤)』を展開した。
目的は、シオンの怨念を凌駕する絶対的な盤面支配能力の獲得。
期間は、天律戦までの残り二年。
「ここから先は、俺自身をアップデートするための最重要プロジェクトだ。……地獄のロードマップ、今日から全力で走破してやる」
敗北の灰の中から、五百年目の裁定者は再び立ち上がった。
深緑と黄金の輝きを取り戻すための、ケンと仲間たちによる過酷な修行の日々が、今ここに幕を開ける――。




