第51話 女王たちの酒宴と消えた残影 後編
離宮のテラスにまで届く、サミーとティアの罵り合い。ケンは頭痛を覚えながらも、その二人の背後にある「因縁」に思いを馳せていた。
二人は決して仲が良いわけではない。だが、アルカナム王国(青)とエバーグリーン王国(緑)という、かつてのアルカナ王国の叡智と自然を継承する二大勢力として、この世界を支えてきたという自負と責任感だけは、奇妙なほどに一致していた。
「……二人とも、そこまでにしておけ。騒ぎすぎだ」
ケンがテラスから戻り、氷と根で荒れ果てた部屋の入り口に立つと、泥酔した二人の女王が一斉にケンへ視線を向けた。
「ケン! 貴方、いまどっちの味方をしたの? 私の青い髪とこの洗練されたマナーを見てよ、こっちの方が王女に相応しいでしょう?」
サミーが千鳥足でケンに抱き着こうとするのを、ティアがエルフの根で軽やかに突き放す。
「いいえ、ケン。貴方が選ぶべきは、八百年もの間、世界樹の根元で歴史を見守ってきたこの私よ。……おばさんじゃなくて、おねえさんと呼びなさい」
ケンは深く溜息をつき、テーブルの上に置かれたドンジャラの牌を無造作に指で弾いた。
「どっちが上とかどうでもいい。俺が聞きたいのは、サキュバス――佐藤栞の行方だ」
その一言で、部屋の空気が張り詰めた。酔っていたはずのサミーの瞳から、一瞬にして昏い光が宿る。
「……サキュバスね。ヴェイルの共和国に逃げ込まれた以上、通常の諜報網では追えないわ」
サミーが冷めた声で呟く。女王の顔に戻った彼女の理知的な横顔は、やはり青の国を実質支配する当主のそれだった。
「あの子は、紫の国の『魔王の血脈』を媒介にして、複数の器を渡り歩いている可能性がある。……今回、マチの身体から弾き出されたのも、あくまで『本命の器』に移るための手順に過ぎないかもしれないわ」
「……ええ。私の森の精霊も、彼女の放つ不快な魔力を、ノクターンの地下深くに追跡したところで途絶えたと言っているわ」
ティアもまた、普段の飄々とした態度を消し去り、緑の国の巫女としての冷徹な顔を覗かせた。
「ヴェイル・ノクスは、五百年前の魔王の直系。彼らが何を隠しているのか……田中勇様の日記の原本を青が、城跡の秘密を緑が守り続けてきたけれど、今こそその情報を合わせるべき時が来たのかもしれないわね」
ケンは驚いた。女王たちが、これほどまでに自身の国家機密である情報を開示しようとするとは。
「いいのか? お前たちがずっと隠してきた情報を、俺なんかに教えて」
「……ケン。貴方は、かつての田中勇が帰らなかった本当の理由を知る権利があるわ」
ティアが琥珀色の瞳でケンを射抜く。
「それに、あのサキュバス……佐藤栞という少女が、ただの魔物のなり損ないなら、五百年の因縁がこれほどまでに彼女に執着するはずがないのよ」
サミーもまた、沈痛な面持ちで頷いた。
「ええ。彼女は、田中勇の時代の『謎の10人目』に関わる、何か鍵を握っている……。そう思わない?」
ケンは、膝元で丸くなっている子犬――ケルベロスを見下ろした。その体内に眠るシオリの魂が、何かを求めて小さく鼻を鳴らす。
「……ああ。俺がこの世界で戦ってきた理由は、それを見つけるためだ」
ケンは決意を込めて宣言した。
「ヴェイルが何を隠そうと、俺は必ず奴らの盤面を書き換える。二年後の天律戦で、佐藤栞の正体を暴き、サキュバスという因縁を完全に断ち切ってみせる」
部屋の中に漂っていたお酒の匂いが、ケンの闘志によって消し飛んだ。
二人の女王は、互いに顔を見合わせ、珍しく声を揃えて小さく微笑んだ。
「……まあ、ケン殿がそこまで言うなら、協力してあげなくもないわ」
「ええ。おばさん二人組に、若者の火遊びに付き合うだけの余裕はあるものよ」
「だからおばさんじゃないって言ってるでしょ!!」
「貴女のことよ、このババア!」
再び始まった二人の喧嘩に、ケンは再び遠い目をする。
だが、その心は軽かった。盤外の協力者は得た。残るは、深淵に消えたサキュバスの正体と、田中勇が遺した最後のピースだ。
アルカナ・ドンジャラの戦いは、ここから新たなフェーズへと加速していく。
(……待ってろ佐藤栞。次は、俺が必ずその正体を暴いてやる)
ケンは窓の外、ノクターンの闇が広がる方角を睨みつけた。
五百年の歴史が折り重なるこの世界で、一人の高校生裁定者が、静かに次なる手の一手を指そうとしていた。




