表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
51/86

第50話 女王たちの酒宴と消えた残影 前半



闘技場『パンデモニウム』を包み込んでいた数万の観衆の絶叫は、模擬・天律戦の閉幕と共に、名残惜しげな安堵へと変わっていった。

鈴木ケンが身を挺して守り抜いた盤面。タナカ・マチを救い出し、サキュバスの狂気を退けたその戦いは、間違いなく五百年後の歴史に「伝説の模擬天律戦」として刻まれることだろう。


しかし、そんな歴史的偉業の影で、赤の国の離宮の一室では、世界の命運を左右する四国のトップたちが、極めて情けない姿で酒を酌み交わしていた。


テーブルの上には、赤の国名産の蒸留酒のボトルが数本、空になって転がっている。

優雅にグラスを傾けるエルフの女王ティア・エバーグリーンと、その対面に座り、顔を真っ赤にして絡んでいる青の国の女王サミー。


「ねえ、ティア。貴女、またその樹皮みたいな肌に、不自然な光沢剤を塗ったでしょう? 昔と何も変わらない、相変わらずの厚化粧ねぇ」

サミーが千鳥足でグラスを突きつける。彼女の背後には、青の魔法使いの血族たちが冷や冷やとした表情で控えていたが、女王の酒乱を止める勇気を持つ者は誰もいなかった。

「あら、サミー。貴女こそ、その目の下のクマ……いえ、魔法塔の煤煙を隠すための必死の厚塗り、崩れかけてるわよ? お・ば・さ・ん」

ティアは琥珀色の瞳を細め、涼しい顔で毒を吐く。500年の孤独を抱えるエルフの巫女としての威厳は、いまや酒の肴となって消え失せていた。


「誰がおばさんよ! 私はまだ、この世界の若手よ! エルミアの血筋は、いつだって鮮度抜群なの!」

サミーが叫ぶ。彼女の口からは青い光の火花が散った。

「六十年生きておいて若手とは、随分と頭がお花畑になったものね。……ババア」

ティアの容赦ない一撃に、サミーがテーブルを勢いよく叩く。

「誰がババアよ! もう一度言ってみなさい! その尖った耳を、世界樹の肥料にしてやるわ!!」


模擬戦の緊迫感はどこへ行ったのか。ケンは離宮の壁際に立ち、ただただ遠い目をしてその光景を眺めていた。

(これが……この世界を統治してきた女王たちの姿か。……正直、ドンジャラの対戦相手よりも質が悪い)

ケンは肩に止まるフェニクスに助けを求めるように視線を送ったが、フェニクスは「そんなことも知らないのか」と言わんばかりに背中を向けて毛繕いをしている。


「ケン殿、見ていないで止めてください!」

コアラがパニック気味に駆け寄ってくる。

「サミー様とティア様が本気で喧嘩を始めたら、この離宮が吹き飛びます! 魔法とエルフの根が混ざり合って、カオスなことになってます!」


案の定、サミーが手にしたグラスから吹き出した冷気でテーブルが凍りつき、それに呼応するようにティアの足元からエルフの根が鋭い槍のように伸びて床を突き破っていた。

この国の支配者たちが酒に酔って暴れることの恐ろしさを、ケンは身をもって学んでいた。


「……おい、リアン、シリウス。お前らの国の大将をどうにかしろよ」

ケンがため息をつきながら隣を見ると、緑の国のリアンはすでにテーブルの下で泥酔して丸くなっており、青のシリウスは「……今の私には、女王の狂気を分析するアルゴリズムが足りない」と遠い目をして呟いている。


まさに、模擬天律戦の後の「緩急」と呼ぶにはあまりに激しすぎる酒宴。

ケンは頭を抱えながら、自分がこの世界で救おうとしているのは、一体何だったのかを自問自答せざるを得なかった。


サキュバスの残滓は消え、マチは救われた。しかし、ヴェイル・ノクスが裏で糸を引く「紫の国」の脅威は消えていない。

ケンは静かに離宮のテラスへと出た。冷たい夜風が、火照った頭を冷やしてくれる。

テラスでは、子犬の姿になったケルベロスが、不満げに地面をカリカリと掻いていた。


「おいケン。あの二人のババア共、放っておいていいのか? あの喧嘩、五百年前の『魔王城攻略失敗事件』の時より酷いぞ」

ケルベロスが、生意気な俺様口調で吠える。

「……喋れるならもう少し協力的になれよ、お前」

ケンは子犬を抱き上げ、その温もりに触れる。

「ケン、今のうちに告げておこう。あの二人の痴話喧嘩は、五十前から続いている儀式のようなものだ。彼女たちが仲良くしている姿を見た者は、この五十年で一人もいない」

フェニクスが肩に降り立ち、炎の翼を揺らした。

「……問題は、彼女たちの喧嘩の内容ではなく、ヴェイルの動向だ」


ケンの表情が引き締まる。

「ああ。サキュバス(佐藤栞)の魂は消えた。だが、ヴェイルの表情には『計画通り』という色が混ざっていた。今回の模擬戦、彼らにとってはあくまでデータ収集だったに過ぎない」


夜空を見上げるケンの瞳に、二本の星が交差する未来が映る。

二年後の天律戦。その時、ケンはこの世界にどんなルールを制定するのか。

田中勇が遺した日記の言葉――「救われなかった者たちを、あなたはどう思いますか」という問いへの答えを、ケンはまだ見つけられていない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ