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第48話 決着と呪いの解放



闘技場『パンデモニウム』に、重苦しい静寂が支配していた。

鈴木ケンの捨てた一枚の牌。そのたった一枚が、シリウスの幻影魔法、リアンの精霊視、そしてサトウの狂気的な呪いという、四国のトッププレイヤーたちが積み上げた計算と欲望のすべてを粉砕した。


「……あり得ない。私の、私が用意した最高の盤面が……こんな、ただの『在庫管理』ごときに……ッ!!」


サトウの声が、マチの喉から引きつったように漏れる。

彼女はマチの肉体を動かそうと試みたが、マチ自身の魂が内側からサトウの魔力回路を物理的に寸断し、拘束していた。


「……マチ。今だッ!!」

ケンが咆哮する。その合図と共に、シリウスとリアンが沈黙を破った。


「……フン。これ以上、この卓でその汚物を見るのは耐え難い。……消えろ」

シリウスが、最高位の浄化魔法を卓全体に展開する。

「僕も乗るよ。この不純な波長、森の守り手として看過できないね」

リアンがエルフの秘術を放ち、サトウの呪いを物理的に削り取る。


青、緑、そして赤。三国の頂点が一時的に同調シンクロした。

サトウの呪力は、彼ら三人によって完璧なまでに封じ込められ、マチの肉体から強制的に排出されようとしていた。


「いや、いやよ!! 私は、私は選ばれたのよ!! ヴェイル議長! サトシ王! 誰か助けてッ!!」

モニターの向こうでヴェイルが冷たく背を向けたのを悟ったのか、サトウは断末魔のような叫びを上げた。


そして。

マチの肉体から、ドス黒い粘液のような瘴気が蒸気となって噴き出した。それがサトウの真の姿であり、彼女はマチの身体から物理的に弾き出されようとしていた。


「……さらばだ、サキュバス」

ケンは、手元に残していた『魔王牌』を卓の深淵へと放り投げた。

魔王の力が、呪いの核を完全に破壊する。


ドォォォォォォォォンッ!!


閃光が闘技場を真っ白に染め上げた。

サトウの悲鳴が空間を歪ませ、瘴気は跡形もなく消滅した。

そして。


霧が晴れた後の卓の上には、力尽きてうなだれるタナカ・マチの姿があった。

呪いは解けたはずだ。だが、マチはピクリとも動かない。瞳にはかつての熱い輝きがなく、ただ虚空を見つめている。


「マチ……ッ!!」

ケンは卓を飛び越え、倒れ込むマチの身体を抱きとめた。

冷たい。あんなに熱く、誰よりも情に厚い戦乙女だった彼女の身体が、まるで氷のように冷え切っている。


「……なんでだ。呪いは解けたはずなのに、なんで目を開けないんだ……ッ!!」

ケンの震える手が、マチの頬に触れる。

シリウスやリアンさえも、この結末には言葉を失っていた。呪いを解くことと、マチが意識を取り戻すことは別問題だったのか。サトウが去り際に、マチの魂の一部を深淵の奥底へ引きずり込んでしまったのか。


「……私の、一番の、パートナー……ッ!!」

ケンはマチを抱きしめ、迷いをすべて捨て去った。

ここが闘技場であることも、四国が見守っていることも、勝負の決着もどうでもよかった。ただ、マチに再び、その熱い魂を取り戻してほしかった。


ケンは、マチの顔をそっと自分の手で包み込んだ。

そして、祈るように、彼女の唇に自らの唇を重ねた。


それは、ただの口づけではなかった。

この転生生活で、ケンがこの世界で培ってきたすべての想い。

マチと共に笑い、共に戦い、時に突き放されながらも、誰よりも自分を信じてくれた彼女への感謝と愛情。

そのすべてを、ケンは己の命の熱量と共に、マチの身体へと注ぎ込んだ。


――鼓動。


ケンの身体から、眩い白銀の光が溢れ出す。それは、先代裁定者・田中勇から継承されたものではなく、ケン自身がこの生活で築き上げた『裁定者としての魂の輝き』だった。


その光が、マチの冷え切った心臓を叩く。

カチリ、という音と共に、マチの瞳がゆっくりと見開かれた。


「……ぁ……」


マチの瞳に、宿っていた虚無が消え去る。

代わりに、あの見慣れた、黄金色に燃える強烈な闘志が戻ってきた。


「……ケン……?」

「……マチ!!」


マチは、自分の唇に残る温度と、抱きしめられているケンの腕の感触に、一瞬だけ呆然とした。しかし、次の瞬間、彼女は信じられないほどの力でケンを抱き返した。


「バカ……ッ!! 誰が、こんな……ッ! ……でも、あんたの唇の味、大したもんじゃないか……ッ!!」


マチが、涙を流しながら豪快に笑う。

その姿を見た闘技場の観客たちは、しばらくの沈黙の後、天をも揺るがす大歓声へと変わった。


勝負は決した。

模擬・天律戦。赤の国と緑の国の同盟勝利。

だが、ケンたちにとっての真の勝利は、この盤面セカイの中にあった、失われかけた『絆』を取り戻したことだった。


「さて……」

ケンは立ち上がり、残されたシリウス、リアン、そして呆然とするヴェイルの方を見つめた。

「勝負はついた。……ルールを制定する権利、そして俺がこの世界で選ぶべき答え……。そろそろ、田中勇が遺した『本当の遺産』と向き合う時が来たようだな」


闘技場を包む熱狂の中で、ケンの瞳は、五百年前の裁定者が恐れ、そして願った『未来』を見据えていた。

戦いは終わった。だが、裁定者としてのケンの本当の旅は、ここから始まる。

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